106 / 110
第四章 クラウディアを得んと暗躍する者達。
疑惑が確信に。
しおりを挟むミシェンとハーリスが深々と頭を下げ、静かに執務室を後にする。
扉が閉まる鈍い音を確認し、シュヴァリエは椅子に深く身を沈めた。
この室内には叔父であるアレスと自分だけしか居ないという安心感もあって、いつもの冷静沈着な皇帝の顔ではない。
その表情はまるで内なる嵐に苛まれているかのように苦悩に歪んでいた。
「まさか、報告書が改竄されていたとは」
シュヴァリエが重い口を開いた。
その声には、怒りというよりも、深い戸惑いが含まれていた。
いや、戸惑いではない。その奥には、これまで押し殺してきたある懸念が、ついに現実のものとなるかもしれないという、肌を刺すような恐怖が揺らめいていた。
シュヴァリエは荒れ狂う嵐から己を守る命綱のように椅子の肘掛けを指の関節が白くなるほど握りしめる。
今回の件で、ずっと蓋をしてきた疑念が、明確な確信へと変わってしまった。
――――クラウディアと自分たちの間に、血の繋がりがないという確信に。
精神的に不安定な甥の様子を見つめながら、アレスも口を開く。
「ああ、驚いた。彼らの証言はどれひとつとっても私が確認した報告書には一切記されていなかった。……しかし、おかげで重要な情報が得られたのは事実」
シュヴァリエとクラウディアの叔父であり先代皇帝の弟であるアレス。
そして、ヴァイデンライヒ帝国宰相でもあるアレスは、シュヴァリエと同じように心中は穏やかではなかったが、甥の手前でもあり仕えるべき皇帝への前でもあることもあり、内心を悟らせない普段どおりと変わらぬ冷静な声で答えた。
手元の書類を一枚取り出し、そこに書かれた文字を指でなぞる。
彼の視線は書類の上にあったが、その意識は全て、甥であるシュヴァリエの微かな表情の変化に向けられていた。
アレスにとって、シュヴァリエは帝国を統べる皇帝であると同時に、子を駒としてしか認識せず一切の愛も与えなかった愚かな兄の代わりに、幼い頃から慈しんで守ってきた甥である。
叔父からの愛では満たされず、感情の起伏が薄かった甥が執着し心から大切にしていた姪は血の繋がりが無かったが、血の繋がりはなくともアレスの中ではそんなものを些末なことだと思える。
このことを知る前と変わらずクラウディアが大切だと感じていた。
クラウディアが側妃の不貞の末の皇女であったとしても、その罪と側妃と灰になった男の罪でしかない。
先代皇帝と皇后の間に生まれたシュヴァリエとは異なり、側妃と「灰になった男」の不貞の子であるという疑惑が生まれ噂された事は、クラウディアを側妃が妊娠した際にあったことがある。
その噂のせいで側妃が寵愛を失ったということも無きにしもあらず。
だが生まれたクラウディアはシュヴァリエと同じ髪色で魔力が莫大だと判明したこともあり、不貞の確たる証拠もなかったため、疑惑はそのままに噂は嫉妬した皇后のせいではないかと思われ、ゆっくりと静かに沈静化していった。
今まで腹違いの兄妹として扱われてきたが、今回の証言で解消されなかった疑惑は確信へと変わったのだ。
宰相として帝国の安定を何よりも優先する立場でありながら、その疑惑は常にアレスの私情と公務の間で葛藤を生んでいた。
「『種族』、か。そして『私のものだ』……枢機卿がそのような言葉を叫んでいたとは」
アレスの思考を遮るようにシュヴァリエが呟く。
シュヴァリエは顎に手を当て深く考え込む。
ミシェンが語った「種族」という言葉が、シュヴァリエの頭の中で、愛しい妹クラウディア――血の繋がりはないものの、掛け替えのないシュヴァリエの家族であるクラウディアの姿と重なった。
植物が異常な育ち方をするクラウディアの特別な魔力。
あの枢機卿が異常に執着する様子からも、あの種族の血を引くクラウディアは他にも色々厄介な能力がありそうだが――――
それはこれから検証していくしかないだろう。
ただシュヴァリエとしては、まだクラウディアに真実を話す気はない。
今はまだ血の繋がりのある兄と妹との密接な距離感でクラウディアと触れ合っていたいからだ。
真実を知ったクラウディアから異性としての適切な距離等とられでもしたら、間違いなく暴走の末に発狂する自信がある。
然るべき時が来てクラウディアを妹ではなく、もっと近い距離で触れ合える存在にする時がきたら、その時はシスコンからクラウディア至上主義に鞍替えすればいいのだから。
一瞬たりとも今より遠い距離に等させるものか、と真面目な話をアレスとしている最中であるのに、その中のちょっとした瞬間に禄でもないことを考えるシュヴァリエなのだった。
858
あなたにおすすめの小説
モブが乙女ゲームの世界に生まれてどうするの?【完結】
いつき
恋愛
リアラは貧しい男爵家に生まれた容姿も普通の女の子だった。
陰険な意地悪をする義母と義妹が来てから家族仲も悪くなり実の父にも煙たがられる日々
だが、彼女は気にも止めず使用人扱いされても挫ける事は無い
何故なら彼女は前世の記憶が有るからだ
転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?
山下小枝子
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、
飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、
気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、
まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、
推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、
思ってたらなぜか主人公を押し退け、
攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・
ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!
【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!
ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。
※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。
【完結】せっかくモブに転生したのに、まわりが濃すぎて逆に目立つんですけど
monaca
恋愛
前世で目立って嫌だったわたしは、女神に「モブに転生させて」とお願いした。
でも、なんだか周りの人間がおかしい。
どいつもこいつも、妙にキャラの濃いのが揃っている。
これ、普通にしているわたしのほうが、逆に目立ってるんじゃない?
私が美女??美醜逆転世界に転移した私
鍋
恋愛
私の名前は如月美夕。
27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。
私は都内で独り暮らし。
風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。
転移した世界は美醜逆転??
こんな地味な丸顔が絶世の美女。
私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。
このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。
※ゆるゆるな設定です
※ご都合主義
※感想欄はほとんど公開してます。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
妖精隠し
棗
恋愛
誰からも愛される美しい姉のアリエッタと地味で両親からの関心がない妹のアーシェ。
4歳の頃から、屋敷の離れで忘れられた様に過ごすアーシェの側には人間離れした美しさを持つ男性フローが常にいる。
彼が何者で、何処から来ているのかアーシェは知らない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる