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第四章 クラウディアを得んと暗躍する者達。
疑惑が確信に。
しおりを挟むミシェンとハーリスが深々と頭を下げ、静かに執務室を後にする。
扉が閉まる鈍い音を確認し、シュヴァリエは椅子に深く身を沈めた。
この室内には叔父であるアレスと自分だけしか居ないという安心感もあって、いつもの冷静沈着な皇帝の顔ではない。
その表情はまるで内なる嵐に苛まれているかのように苦悩に歪んでいた。
「まさか、報告書が改竄されていたとは」
シュヴァリエが重い口を開いた。
その声には、怒りというよりも、深い戸惑いが含まれていた。
いや、戸惑いではない。その奥には、これまで押し殺してきたある懸念が、ついに現実のものとなるかもしれないという、肌を刺すような恐怖が揺らめいていた。
シュヴァリエは荒れ狂う嵐から己を守る命綱のように椅子の肘掛けを指の関節が白くなるほど握りしめる。
今回の件で、ずっと蓋をしてきた疑念が、明確な確信へと変わってしまった。
――――クラウディアと自分たちの間に、血の繋がりがないという確信に。
精神的に不安定な甥の様子を見つめながら、アレスも口を開く。
「ああ、驚いた。彼らの証言はどれひとつとっても私が確認した報告書には一切記されていなかった。……しかし、おかげで重要な情報が得られたのは事実」
シュヴァリエとクラウディアの叔父であり先代皇帝の弟であるアレス。
そして、ヴァイデンライヒ帝国宰相でもあるアレスは、シュヴァリエと同じように心中は穏やかではなかったが、甥の手前でもあり仕えるべき皇帝への前でもあることもあり、内心を悟らせない普段どおりと変わらぬ冷静な声で答えた。
手元の書類を一枚取り出し、そこに書かれた文字を指でなぞる。
彼の視線は書類の上にあったが、その意識は全て、甥であるシュヴァリエの微かな表情の変化に向けられていた。
アレスにとって、シュヴァリエは帝国を統べる皇帝であると同時に、子を駒としてしか認識せず一切の愛も与えなかった愚かな兄の代わりに、幼い頃から慈しんで守ってきた甥である。
叔父からの愛では満たされず、感情の起伏が薄かった甥が執着し心から大切にしていた姪は血の繋がりが無かったが、血の繋がりはなくともアレスの中ではそんなものを些末なことだと思える。
このことを知る前と変わらずクラウディアが大切だと感じていた。
クラウディアが側妃の不貞の末の皇女であったとしても、その罪と側妃と灰になった男の罪でしかない。
先代皇帝と皇后の間に生まれたシュヴァリエとは異なり、側妃と「灰になった男」の不貞の子であるという疑惑が生まれ噂された事は、クラウディアを側妃が妊娠した際にあったことがある。
その噂のせいで側妃が寵愛を失ったということも無きにしもあらず。
だが生まれたクラウディアはシュヴァリエと同じ髪色で魔力が莫大だと判明したこともあり、不貞の確たる証拠もなかったため、疑惑はそのままに噂は嫉妬した皇后のせいではないかと思われ、ゆっくりと静かに沈静化していった。
今まで腹違いの兄妹として扱われてきたが、今回の証言で解消されなかった疑惑は確信へと変わったのだ。
宰相として帝国の安定を何よりも優先する立場でありながら、その疑惑は常にアレスの私情と公務の間で葛藤を生んでいた。
「『種族』、か。そして『私のものだ』……枢機卿がそのような言葉を叫んでいたとは」
アレスの思考を遮るようにシュヴァリエが呟く。
シュヴァリエは顎に手を当て深く考え込む。
ミシェンが語った「種族」という言葉が、シュヴァリエの頭の中で、愛しい妹クラウディア――血の繋がりはないものの、掛け替えのないシュヴァリエの家族であるクラウディアの姿と重なった。
植物が異常な育ち方をするクラウディアの特別な魔力。
あの枢機卿が異常に執着する様子からも、あの種族の血を引くクラウディアは他にも色々厄介な能力がありそうだが――――
それはこれから検証していくしかないだろう。
ただシュヴァリエとしては、まだクラウディアに真実を話す気はない。
今はまだ血の繋がりのある兄と妹との密接な距離感でクラウディアと触れ合っていたいからだ。
真実を知ったクラウディアから異性としての適切な距離等とられでもしたら、間違いなく暴走の末に発狂する自信がある。
然るべき時が来てクラウディアを妹ではなく、もっと近い距離で触れ合える存在にする時がきたら、その時はシスコンからクラウディア至上主義に鞍替えすればいいのだから。
一瞬たりとも今より遠い距離に等させるものか、と真面目な話をアレスとしている最中であるのに、その中のちょっとした瞬間に禄でもないことを考えるシュヴァリエなのだった。
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