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第四章 クラウディアを得んと暗躍する者達。
アレスは眠らない。
しおりを挟む夜も深まる時間になって解散し、「いろいろと心配だから一度ディアの顔を見てから……」等とごにょごにょ何か言いながら去るシュヴァリエの背を見送るアレスの眉間にシワが寄る。
(血の繋がりがないと確実に確定した夜に最愛の相手に会いにいくなど……大丈夫だろうか? アンナがいるから大丈夫か?)
とりあえず自分からも釘を刺しておくかと、その背に声をかける。
「しつこい男はいやがられるぞ、シュヴァティー?」と声をかけたが届いたかどうか。
足早に去って行く背しか見えなかったので定かではないが、その言葉を受けて甥は一度立ち止まったように見えたがどうか。最後は鼻で笑ってるような仕草を返したように見えたが、まぁいいか。
クラウに嫌がられて泣きついてきても、こちらも鼻で笑ってやろう。
アレスはシュヴァリエとわかれた後、宰相執務室にとんぼ返りした。
これからのことやこれまでのこと、絡み合ったものを頭の中で一度整理したい。
枢機卿に洗脳され飼育されたネズミの炙り出しは後回しだ。
改竄された時期を考えてもその頃は先帝がまだ権力の頂点であったうえ、帝国運営に興味のない愚兄は体のいい傀儡にされていたのだから、アレは言われるままにすべてに玉璽を使用していただろう。
愚兄にそれらを把握する能力もないだろうから、この件には深く関わっていないだろうとは思っている。
問題は兄の周囲にいた兄を操る側のものたちだ。
腐敗しきった奴らの相当数は愚兄を断罪する時に処刑してやった。
だが、それは分かり易く富を貪っていた表側奴らの方が多勢であったろう。
表側の動きを操っていた、もしくは表側の奴らに媚びを売り無能の擬態をしていた者の方が本丸だったのかもしれない。
それらは表の奴らほどに利を享受しておらず、目立った罪もなかった。
権力を持つものに強制されていたか弱き者たちであったから。
せいぜい支払えないほどではない罰金だったり、領地を何パーセントかを帝国に返還など、罪の重さで判断されて処理されるよう指示したし決裁されたはずだ。
それらの中に枢機卿のネズミが居たのならば。
傀儡とされる兄のまわりには帝国の行く末や民の未来より私腹を肥やすこと、己の権威を上げることばかりの者たち。
洗脳されたネズミでなくとも、枢機卿が金銭をチラつかせれば簡単に国を裏切って協力しただろうしな。
皇帝という権力が与える贅沢と、見た目だけは一級品だった兄に執着していると思っていた側妃にすら騙されていた兄。
兄弟愛などとうの昔に消えてしまったが、ほんの少しでも国を思う気持ちも持っていてくれたなら。
国政に関わる何もかも面倒な仕事は弟である私に丸投げで擦りつけてくれても良かった。
権力に大量に群がる者たちのその半分でもいいから声を聞き入れないでくれていたら。
本当に愚かな兄であった。
宰相執務室は照明が落とされており室内は薄暗い。
間接照明の灯りだけが照らす室内はアレスの顔に影を落とす。
♦♢♦♢♦♢
「アレの仕上がりはどうだかな」
いくつかの書類を片付け整理すると、既に目を通し済みではあるが送られてきた報告書を手にアレスは宰相室を足早に出る。
夜も深い時間ではあるが、相手はまだ起きているであろう。
皇宮内のさらに内側の奥。
8時間交代で皇族の護衛チームが入れ替わるため、それらの待機所として独立した建物が建設された。
それは前皇帝の頃からで、建設を実行させるよう根回ししたのはアレスだ。
皇宮内でも皇族の私的空間に近い深部であるため、建設計画が立案されてすぐにかなりの量の批判を受け、差し止めや妨害をされ曰く付きの建物である。
建設計画に先立ってその理由も「すぐにでも皇族の護衛に向かえる」というシンプル過ぎた為、勘ぐりがすごかったのをすべて跳ね除けた。
あとは、前皇帝の命を狙う者が多いと思わせる茶番劇をいくつか仕込んだ。
もちろん裏で手を回しそのような茶番を演じさせたのはアレスだ。
アレスの手の者によって命を狙われたように感じた愚兄は、議会に珍しく参加をし反対意見の大臣らを暴論で黙らせ計画を通させた。
面白いくらい踊ってくれたので助かった記憶があるんだが、命を狙われたと勘違いした兄は喜劇のような行動や態度をとったので、影たちからは今でも思い出しては笑っているようだ。
本当に趣味の悪い奴らだ。仕掛けた私がいうことでもないが。
建物の扉を開け中に入ると、入口すぐで寛いだように座っていた騎士数人が慌てて立ち上がる。
「宰相閣下!?」
と騎士の誰かが叫んだ。
慌てて立ち上がった騎士数人は、アレスに向けて騎士の礼をと手を胸に当てたところで、それを手で制し「夜半までごくろう。ちょっと野暮用でね」さらりと口にして、そのまま足を止めることなく目当ての部屋へと向かうアレス。
向かった先の部屋をノックすると返事を待つことなく「入るぞ」と扉を勝手に開けて中に入る。
「は、はい?」
返事をしようと開けた口をそのままに、アレスを見た人物は目を丸くした。
「さ、宰相閣下!? 今、返事するまえに開けましたね!? 僕が何かしてたらどうするんですか!」
「お前からの報告書は目を通した。ほぼ事実だろうが決定的な何かに欠けていた疑惑が、今日事実になってな」
声の主をスルーして話し始めるアレス。
「えっ、スルーですか?」
「コードネーム翡翠、仕事だ」
目の前の間抜け面の男を冷めた目で見たアレスは仕事だと言い返す。
言われた翡翠は不満そうな顔を引っ込めて、仕事モードのキリッとした表情に変わった。
「了解しました」
「こんな時間にすまないな。少しでも判断材料が欲しいのだ。報告書が上がるまで待ってられなくてな」
翡翠は内心ハッとする。宰相閣下に提出している報告書関係ということは、そのまま姫様のアレである!
(こんなに時間に突撃してくるということは、姫様の一大事なのでは!?)
翡翠の眠気でぼんやりしたまま、つい昔のよしみで宰相閣下に絡んでしまったが、姫様の一大事を受けて明晰な頭脳が強制覚醒しフル回転し始める。
「いえ問題ありません! 宰相閣下への報告書ということであれば、お訊きになりたいことは教育中のアレでしょうか?」
それしかないよなとは思うが一応訊いておく。
「……そうだ。仕上がり云々を待つのはもうやめだ。こちらから仕掛けるぞ」
「ロードヴェイク准将は……」
「陛下によって今頃情報共有されているだろう」
「なるほど! 承知しました」
まだまだペーペーだと本人は思っているが、翡翠は結構な実力者である。
アレスに報告書を提出するということも責任を任されている。
アレスとしては作戦実行部隊の中心は翡翠になるだろうと判断して、作戦の素案をアレスは翡翠に伝えるのだった。
素案を訊いた翡翠は真面目な表情を作りながら内心で「え、これって何か……俺がアレを使った計画実行の責任者っぼい感じになってるんですけど……マジかよ……」と引いていた。
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