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世話焼き侍従と訳あり王子 第三章
2-1 はじめてのお出かけ
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金曜の午後。
後部座席にエリオットを乗せた黒のレンジローバーがくぐったのは、市街地から二時間ほど走った郊外にあるカントリー・ハウスの門だった。
前日、帰りがけのバッシュを引き留めて交わした、
「あんた、自由になる車って出せる?」
「はい」
「じゃあ明日、出かけるから車持ってきて」
「どちらへ」
「明日のお楽しみ。スーツでいいけど、ベストは無しで」
「承知いたしました」
と言う会話を経て今に至っている。
白手袋でハンドルを握るバッシュは言いつけ通りのスーツ。ベストがない分、少しだけカジュアルに見える。
エリオットはクローゼットから発掘した襟付きのシャツと、薄手のジャケットにアンクル丈のパンツを合わせている。革靴が必要なほどではないから足元はデッキシューズだ。髪にだって、ちゃんとブラシを入れてきた。
すべての外出をジャージですませるタイプではないと評したくせに、外出スタイルで現れたエリオットを、バッシュは上から下まで三回も見返した。
「今どきの若者のようですね」
「あんたよりは確実に若者だよ」
「それは存じ上げませんでした」
軽口をたたき合って車に乗り込んだバッシュだったが、行先を聞いてシートベルトをつけるエリオットを二度見した。
「フォスター? それはまさか『あの』フォスターさまですか?」
「あんたがどんな噂を聞いてるか知らないけど、そのフォスター」
「……立場上、ご忠告申し上げるべきでしょうか」
「いいからさっさと出せ」
だから昨日のうちに言わなかったのだ。
物言いたげなバッシュが操る車は砂利道を抜けて大きな屋敷――とは言ってもヘインズ家の半分もない――の玄関前に滑り込み、かすかな振動だけでエンジンを停止させた。
バッシュが後部座席のドアを開ける間に、屋敷の主人が現れ満面の笑みでエリオットを迎える。
「やあ、ぼくのグランディディエ。会いたかったよ」
小首をかしげるしぐさに合わせ、さらりと肩に流れる亜麻色の長髪。マオカラーのシャツの上から羽織ったカーディガンが、リラックスした雰囲気を演出している。
身長はエリオットとバッシュの間くらい。さらされた首筋がどきりとする色気を醸していて、清楚でありながら濃密な香りをまとう百合の花を思わせた。
「久しぶり、ニール」
「ぼくの情報は役立った?」
「もちろん、感謝してる」
「よかった。いつもの迎えを断るからびっくりしたけど、運転手を雇ったの? ずいぶんな男前」
「臨時で」
「へぇ」
人差し指を唇に当てたニール――ナサニエルが、まるで美術館に展示された彫像を眺めるようにぐるりとバッシュのまわりを一周した。当然、訓練された侍従は眉ひとつ動かさない。
存分に観察して満足したのか、赤い唇に笑みを乗せてエリオットの隣に立つ。
「きみって本当に趣味がいいね」
「それ嫌味?」
「まさか。ぼくがきみをバカにしたことがあった?」
「ないな」
「ほら。きみには本心しか言わないよ、スイート」
バッシュはまだ無表情。しかしエリオットに分かる程度にうっすら不信をにじませている。
まぁ、あんたのお友達にはいないタイプだろうよ。
「彼は、ぼくらのおしゃべりに同席するかな?」
「しないよ。車で待たせる」
「そう? じゃあ、あとでお茶とお菓子を運ばせるよ、ハンサムさん」
あ、鉄壁の眉間に亀裂が入った。
「お邪魔します」
バッシュが口を開くより先に、エリオットは屋敷の中へ足を踏み入れた。
後部座席にエリオットを乗せた黒のレンジローバーがくぐったのは、市街地から二時間ほど走った郊外にあるカントリー・ハウスの門だった。
前日、帰りがけのバッシュを引き留めて交わした、
「あんた、自由になる車って出せる?」
「はい」
「じゃあ明日、出かけるから車持ってきて」
「どちらへ」
「明日のお楽しみ。スーツでいいけど、ベストは無しで」
「承知いたしました」
と言う会話を経て今に至っている。
白手袋でハンドルを握るバッシュは言いつけ通りのスーツ。ベストがない分、少しだけカジュアルに見える。
エリオットはクローゼットから発掘した襟付きのシャツと、薄手のジャケットにアンクル丈のパンツを合わせている。革靴が必要なほどではないから足元はデッキシューズだ。髪にだって、ちゃんとブラシを入れてきた。
すべての外出をジャージですませるタイプではないと評したくせに、外出スタイルで現れたエリオットを、バッシュは上から下まで三回も見返した。
「今どきの若者のようですね」
「あんたよりは確実に若者だよ」
「それは存じ上げませんでした」
軽口をたたき合って車に乗り込んだバッシュだったが、行先を聞いてシートベルトをつけるエリオットを二度見した。
「フォスター? それはまさか『あの』フォスターさまですか?」
「あんたがどんな噂を聞いてるか知らないけど、そのフォスター」
「……立場上、ご忠告申し上げるべきでしょうか」
「いいからさっさと出せ」
だから昨日のうちに言わなかったのだ。
物言いたげなバッシュが操る車は砂利道を抜けて大きな屋敷――とは言ってもヘインズ家の半分もない――の玄関前に滑り込み、かすかな振動だけでエンジンを停止させた。
バッシュが後部座席のドアを開ける間に、屋敷の主人が現れ満面の笑みでエリオットを迎える。
「やあ、ぼくのグランディディエ。会いたかったよ」
小首をかしげるしぐさに合わせ、さらりと肩に流れる亜麻色の長髪。マオカラーのシャツの上から羽織ったカーディガンが、リラックスした雰囲気を演出している。
身長はエリオットとバッシュの間くらい。さらされた首筋がどきりとする色気を醸していて、清楚でありながら濃密な香りをまとう百合の花を思わせた。
「久しぶり、ニール」
「ぼくの情報は役立った?」
「もちろん、感謝してる」
「よかった。いつもの迎えを断るからびっくりしたけど、運転手を雇ったの? ずいぶんな男前」
「臨時で」
「へぇ」
人差し指を唇に当てたニール――ナサニエルが、まるで美術館に展示された彫像を眺めるようにぐるりとバッシュのまわりを一周した。当然、訓練された侍従は眉ひとつ動かさない。
存分に観察して満足したのか、赤い唇に笑みを乗せてエリオットの隣に立つ。
「きみって本当に趣味がいいね」
「それ嫌味?」
「まさか。ぼくがきみをバカにしたことがあった?」
「ないな」
「ほら。きみには本心しか言わないよ、スイート」
バッシュはまだ無表情。しかしエリオットに分かる程度にうっすら不信をにじませている。
まぁ、あんたのお友達にはいないタイプだろうよ。
「彼は、ぼくらのおしゃべりに同席するかな?」
「しないよ。車で待たせる」
「そう? じゃあ、あとでお茶とお菓子を運ばせるよ、ハンサムさん」
あ、鉄壁の眉間に亀裂が入った。
「お邪魔します」
バッシュが口を開くより先に、エリオットは屋敷の中へ足を踏み入れた。
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