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世話焼き侍従と訳あり王子 第七章
4-2 改善傾向
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中背のやせ型で、国王に面会するにはカジュアルなスーツを着ているな、とエリオットは思った。赤みがかったブロンドが、サイラスやエドゥアルド、そしてテレビで見た選帝侯役の人物とかぶる。
もしかして、と思うより早く、男が声をあげた。
「サイラス! 久しぶりだな」
「えぇ、お久しぶりです、ヘクター卿」
「陛下に用か?」
「ええ、帰国の挨拶に」
「そうかそうか」
親し気なハグを交わしたのは、やはり叔父らしい。
「おととし、きみがフランスを訪問したとき以来かな」
「そうですね」
「あぁ、大事なことを言い忘れていた。結婚おめでとう、幼馴染をずいぶん待たせたようじゃないか」
「ありがとうございます。仕事に夢中になりすぎましたね。待っていてくれた彼女には、感謝していますよ」
お手本のような挨拶をして、サイラスの腕を叩いたヘクターが、ようやくエリオットに気付いて首をかしげた。
「そちらは?」
「エリオットです。お忘れですか?」
「エリオット?」
「わたしの弟ですよ、ヘクター卿」
「まさか……」
見開かれたヘクターの双眸が、驚愕に染まる。一瞬、よく見ようとするように首を突き出し、それでも信じられないと言う顔でサイラスを振り返った。
死んだと思ってたのが蘇った、みたいな驚き方だな。
「驚いたな……ずいぶん大人になったものだから……きみ、その髪はどうしたんだ? ああ、それより体のほうはもういいのか? 長いこと静養していると聞いていたが。ニュースでも、きみのことは言わないし」
「ええ」
「見違えたな。大きくなった」
ヘクターが――親戚の子ども相手なら当たり前にそうするように――エリオットの頭をかき混ぜようと手を伸ばす。
女性のようではないのに、では男性的かと聞かれれば首をかしげたくなる、なめらかな皮膚の手だった。
ぞわりと鳥肌が立つ。
慌てて目をそらし、デスクのペーパーウエイトを見る。ガラス製、リンゴの形。ご丁寧にヘタまでしっかり表現されている。上の部分だけがうっすら緑。片手に収まるくらいだけど重そう。
素早く頭の中を置物でいっぱいにするエリオットの前に立ったサイラスが、横からヘクターの手を掴んだ。
「失礼、ヘクター卿。弟はひとに触れられるのが苦手なようで」
「そうなのか。かわいそうに、怖がらせたかな」
行き場を失った手でなにかを掴むようなしぐさをして、ヘクターは小さな子供に言うように眉を下げた。
「……陛下に会うんだったな。足止めして悪かった」
「いえ。弟は選帝侯を務めてくれる予定ですから、ヘクター卿のご経験をお聞かせ願えればと思います」
「そうか。わたしはまたハウスに泊まるから、ゆっくり食事でもしよう」
「はい……」
ぎこちなくではあったが、エリオットはうなずいて、なんとか返事をした。
「平気か?」
ヘクターが扉の向こうに消えると、サイラスは震えを抑えつけようと腕をさするエリオットに問いかけた。
自分は以前、意図的にエリオットを動揺させたことがあるくせに。
「先、行ってて」
「だが……」
「前よりはマシだから、すぐおさまる」
「分かった」
このままふたりで落ち着くのを待って、息子たちが来ないことを不思議に思ったエドゥアルドがそこの扉を開けるのと、先に入って時間を稼ぐのとどちらがいいか、考えるまでもない。
サイラスは一度廊下に顔を出してだれも通さないよう警護官に命じると、エリオットを前室に残して王の執務室をノックした。
エリオットは主のいない机に歩み寄って、窮地を救ったガラスの置物を手に取る。細かな気泡が閉じ込められた、ひんやりした透明のリンゴ。両手で包み込むと、体温と一緒に震えも吸い取られていくように感じて、ゆっくり息を吐いた。
さほどひどいことにならなくて、よかった。
イェオリとの練習で得た、とにかく気を紛らわせると言う対策は、やはりいくらか効果があるらしい。
大丈夫、大丈夫。息を吸って吐く、それができれば、ちょっと動揺したくらいすぐ落ち着く。目を閉じて、指の長い武骨な手を思い出した。ほかのだれかと間違えたりしない。
エリオットの「大丈夫」は、あの手が教えてくれたのだ。
もしかして、と思うより早く、男が声をあげた。
「サイラス! 久しぶりだな」
「えぇ、お久しぶりです、ヘクター卿」
「陛下に用か?」
「ええ、帰国の挨拶に」
「そうかそうか」
親し気なハグを交わしたのは、やはり叔父らしい。
「おととし、きみがフランスを訪問したとき以来かな」
「そうですね」
「あぁ、大事なことを言い忘れていた。結婚おめでとう、幼馴染をずいぶん待たせたようじゃないか」
「ありがとうございます。仕事に夢中になりすぎましたね。待っていてくれた彼女には、感謝していますよ」
お手本のような挨拶をして、サイラスの腕を叩いたヘクターが、ようやくエリオットに気付いて首をかしげた。
「そちらは?」
「エリオットです。お忘れですか?」
「エリオット?」
「わたしの弟ですよ、ヘクター卿」
「まさか……」
見開かれたヘクターの双眸が、驚愕に染まる。一瞬、よく見ようとするように首を突き出し、それでも信じられないと言う顔でサイラスを振り返った。
死んだと思ってたのが蘇った、みたいな驚き方だな。
「驚いたな……ずいぶん大人になったものだから……きみ、その髪はどうしたんだ? ああ、それより体のほうはもういいのか? 長いこと静養していると聞いていたが。ニュースでも、きみのことは言わないし」
「ええ」
「見違えたな。大きくなった」
ヘクターが――親戚の子ども相手なら当たり前にそうするように――エリオットの頭をかき混ぜようと手を伸ばす。
女性のようではないのに、では男性的かと聞かれれば首をかしげたくなる、なめらかな皮膚の手だった。
ぞわりと鳥肌が立つ。
慌てて目をそらし、デスクのペーパーウエイトを見る。ガラス製、リンゴの形。ご丁寧にヘタまでしっかり表現されている。上の部分だけがうっすら緑。片手に収まるくらいだけど重そう。
素早く頭の中を置物でいっぱいにするエリオットの前に立ったサイラスが、横からヘクターの手を掴んだ。
「失礼、ヘクター卿。弟はひとに触れられるのが苦手なようで」
「そうなのか。かわいそうに、怖がらせたかな」
行き場を失った手でなにかを掴むようなしぐさをして、ヘクターは小さな子供に言うように眉を下げた。
「……陛下に会うんだったな。足止めして悪かった」
「いえ。弟は選帝侯を務めてくれる予定ですから、ヘクター卿のご経験をお聞かせ願えればと思います」
「そうか。わたしはまたハウスに泊まるから、ゆっくり食事でもしよう」
「はい……」
ぎこちなくではあったが、エリオットはうなずいて、なんとか返事をした。
「平気か?」
ヘクターが扉の向こうに消えると、サイラスは震えを抑えつけようと腕をさするエリオットに問いかけた。
自分は以前、意図的にエリオットを動揺させたことがあるくせに。
「先、行ってて」
「だが……」
「前よりはマシだから、すぐおさまる」
「分かった」
このままふたりで落ち着くのを待って、息子たちが来ないことを不思議に思ったエドゥアルドがそこの扉を開けるのと、先に入って時間を稼ぐのとどちらがいいか、考えるまでもない。
サイラスは一度廊下に顔を出してだれも通さないよう警護官に命じると、エリオットを前室に残して王の執務室をノックした。
エリオットは主のいない机に歩み寄って、窮地を救ったガラスの置物を手に取る。細かな気泡が閉じ込められた、ひんやりした透明のリンゴ。両手で包み込むと、体温と一緒に震えも吸い取られていくように感じて、ゆっくり息を吐いた。
さほどひどいことにならなくて、よかった。
イェオリとの練習で得た、とにかく気を紛らわせると言う対策は、やはりいくらか効果があるらしい。
大丈夫、大丈夫。息を吸って吐く、それができれば、ちょっと動揺したくらいすぐ落ち着く。目を閉じて、指の長い武骨な手を思い出した。ほかのだれかと間違えたりしない。
エリオットの「大丈夫」は、あの手が教えてくれたのだ。
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