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訳あり王子と秘密の恋人 第一部 第一章
10.ヒーロー?ヒロイン?
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目を覚ますと、まずスラックスをはいた足が二本見えた。
ゆっくり視線を上げていけば、そこにいたのは一週間ぶりに見るアレクシア・バッシュ。すまし顔で王子の部屋に侵入した彼は、折り畳み椅子に座って足を組み、のんびりとタブロイド紙を読んでいた。
南国生活で、顔が赤く焼けている。ボタンを二つ開けた襟から見える首元は白いままだから、残念ながらシャツを脱いで海へ飛び込む暇はなかったらしい。
「……おかえり」
「ただいま」
発光しているようなヒスイカズラ色の瞳に捉えられたエリオットは、体を起こしてベッドにもたれ、枕にしていたクッションを抱え込んだ。
「来るのは夕方じゃなかったのか」
「もう十八時すぎだ。お前こそ、せめてベッドの上でふて寝しろ。なんでベッドの影に落ちてるんだ」
「落ち着くから」
戸口から見えないし、ラグが分厚いので寝落ちても体が痛くない。
「あぁ、ベイカーが言ってたな。お前は拗ねると、ベッドやソファの影に隠れると」
「拗ねてねーし」
「嘘つけ。ベイカーたちを締め出したくせに」
あごで示された寝室の扉は、二枚ともぴったりと閉まっている。両開きの扉が全開なら不在、もしくは入室可。片方だけ閉まっていたら、メイドやフットマンの立ち入りは禁止。そして完全に閉まっているときは、侍従さえも拒否する意思表示だ。
そうなると、部屋には特別な相手しか入れない。エリオットの場合は家族か──恋人。
「そっちに行ってもいいか」
エリオットたちのあいだにも、扉の開閉のようにルールがある。近寄っていいか悪いか、どこまでならそばに寄れるか、そして触れられるか。おもにエリオットの精神状態に依拠し、そのつど変わるルールを、バッシュが無視したことは一度もない。
「……ちょっとだけ向こうにいて」
「了解」
バッシュは椅子から腰を上げると、ベッドを背にエリオットの隣へ座り込んだ。きょうは、隙間にイェオリを立たせておけるくらいの距離だ。
「素人にしては、よく撮れてるじゃないか」
ラグの上にタブロイド紙を広げ、電子版にも載っていた写真を指先でつついた。
「あんたが買ったのか」
「いや、イェオリが持って来た。一ミリ四方に破くんだろう?」
エリオットは唇を尖らせた。
「……本気でやるわけないだろ。掃除が大変だし」
「お前がそんなことを気にするとは。成長したな」
バッシュの声は驚きより、からかいを多分に含んでいる。
本当に成長していたら、侍従たちに当たり散らしたりなんてしないっての。
自分の駄目さ加減が嫌になるが、掲載されたのがこの写真でなければ、エリオットだってもう少し冷静だった。好き勝手に語る外野など、外面に騙されている愚民め、とか悪態をついて終わりにできるくらい。
でもそんなエリオットの苛立ちを、バッシュはちゃんと分かっているのだ。
「何が嫌だったんだ?」
「……おれは、キャロルに跪いてない」
「そうか」
「おれが膝をつくのは、アニーだけなのに」
それを、あんな風に煽られたのが腹立つ。
王子は君主以外に膝をついてはならない。これは儀礼の教育で、最初に教師から教わる。ただしひとつだけ、認められている例外があった。特別な相手に、愛を乞うときだ。
クッションを抱える腕に力を入れて、エリオットは更に体を縮めた。
「……お前それは」
バッシュが言いよどむ。困惑したからではなく、笑いをこらえて。
自分には好きな相手がいるのに、違う相手に愛を捧げたように発信されたのがムカついたと、エリオットは言ったのだ。
「ずいぶん、ややこしい嫉妬……嫉妬か? いや、独占欲?」
「うるさいな! 知ってるよバカ! どうせあんたは仕事ならラスにも父さんにも跪くから大したことないんだろ。騎士道精神の大安売りするんだもんな!」
「バカはお前だ」
「なんだって?」
横目でにらむと、視線が絡んだ。
透けるような金髪を後ろに撫でつけた、とびきり上等な顔。骨格からして造りが違う大柄な体は、エリオットが猛スピードでぶつかっても跳ね返されそうな筋肉でおおわれている。
ひとがこんなに思い悩んでいるのに、なぜか楽し気で、そしてあまりに穏やかな瞳に、エリオットのほうがひるんだ。
「仕事上必要であれば、陛下にも殿下にも膝をつく。それがおれの、侍従としてのプライドだからな。でも──」
背中を丸めたバッシュは、あぐらに頬杖をついてエリオットの顔を覗き込む。
「おれがプライベートで跪くのは、お前だけだぞ。愛してるのも」
「……うん」
そして彼の表情は、プライベート用のものだった。エリオットが溺死しそうなほどのいたわりや優しさをたたえた心を隠さない。その顔を見るだけで、両手を上げて降伏したくなった。
言葉もおぼつかないころから好きなのだ。勝てるわけがない。
エリオットが落ち着いたと分かったのか、バッシュがニヤッと笑う。
「それにお前、忘れてないか?」
「……なにを?」
「靴じゃないが、おれにガラスの花を差し出したのはお前だろう」
「そうだけど」
「なら、シンデレラの先約はおれじゃないのか」
「……ぶっ……ふふ……あははは! シ、シンデレラ……」
自分で言うか、鏡見てこい。
「二十年前でギリだっつーの」
「いや、まだいける」
「なにと張り合ってんだよ」
ひとしきり笑って、すっかり力の抜けたエリオットは息をついた。
「……手、貸して」
「どうぞ」
腕を伸ばし、床に置かれた左手の小指だけを握る。
「折られそうで怖いんだが」
「それ以上よけいな口きいたら折る」
バッシュは肩をすくめただけで、エリオットの気がすむまで小指を貸してくれた。
ゆっくり視線を上げていけば、そこにいたのは一週間ぶりに見るアレクシア・バッシュ。すまし顔で王子の部屋に侵入した彼は、折り畳み椅子に座って足を組み、のんびりとタブロイド紙を読んでいた。
南国生活で、顔が赤く焼けている。ボタンを二つ開けた襟から見える首元は白いままだから、残念ながらシャツを脱いで海へ飛び込む暇はなかったらしい。
「……おかえり」
「ただいま」
発光しているようなヒスイカズラ色の瞳に捉えられたエリオットは、体を起こしてベッドにもたれ、枕にしていたクッションを抱え込んだ。
「来るのは夕方じゃなかったのか」
「もう十八時すぎだ。お前こそ、せめてベッドの上でふて寝しろ。なんでベッドの影に落ちてるんだ」
「落ち着くから」
戸口から見えないし、ラグが分厚いので寝落ちても体が痛くない。
「あぁ、ベイカーが言ってたな。お前は拗ねると、ベッドやソファの影に隠れると」
「拗ねてねーし」
「嘘つけ。ベイカーたちを締め出したくせに」
あごで示された寝室の扉は、二枚ともぴったりと閉まっている。両開きの扉が全開なら不在、もしくは入室可。片方だけ閉まっていたら、メイドやフットマンの立ち入りは禁止。そして完全に閉まっているときは、侍従さえも拒否する意思表示だ。
そうなると、部屋には特別な相手しか入れない。エリオットの場合は家族か──恋人。
「そっちに行ってもいいか」
エリオットたちのあいだにも、扉の開閉のようにルールがある。近寄っていいか悪いか、どこまでならそばに寄れるか、そして触れられるか。おもにエリオットの精神状態に依拠し、そのつど変わるルールを、バッシュが無視したことは一度もない。
「……ちょっとだけ向こうにいて」
「了解」
バッシュは椅子から腰を上げると、ベッドを背にエリオットの隣へ座り込んだ。きょうは、隙間にイェオリを立たせておけるくらいの距離だ。
「素人にしては、よく撮れてるじゃないか」
ラグの上にタブロイド紙を広げ、電子版にも載っていた写真を指先でつついた。
「あんたが買ったのか」
「いや、イェオリが持って来た。一ミリ四方に破くんだろう?」
エリオットは唇を尖らせた。
「……本気でやるわけないだろ。掃除が大変だし」
「お前がそんなことを気にするとは。成長したな」
バッシュの声は驚きより、からかいを多分に含んでいる。
本当に成長していたら、侍従たちに当たり散らしたりなんてしないっての。
自分の駄目さ加減が嫌になるが、掲載されたのがこの写真でなければ、エリオットだってもう少し冷静だった。好き勝手に語る外野など、外面に騙されている愚民め、とか悪態をついて終わりにできるくらい。
でもそんなエリオットの苛立ちを、バッシュはちゃんと分かっているのだ。
「何が嫌だったんだ?」
「……おれは、キャロルに跪いてない」
「そうか」
「おれが膝をつくのは、アニーだけなのに」
それを、あんな風に煽られたのが腹立つ。
王子は君主以外に膝をついてはならない。これは儀礼の教育で、最初に教師から教わる。ただしひとつだけ、認められている例外があった。特別な相手に、愛を乞うときだ。
クッションを抱える腕に力を入れて、エリオットは更に体を縮めた。
「……お前それは」
バッシュが言いよどむ。困惑したからではなく、笑いをこらえて。
自分には好きな相手がいるのに、違う相手に愛を捧げたように発信されたのがムカついたと、エリオットは言ったのだ。
「ずいぶん、ややこしい嫉妬……嫉妬か? いや、独占欲?」
「うるさいな! 知ってるよバカ! どうせあんたは仕事ならラスにも父さんにも跪くから大したことないんだろ。騎士道精神の大安売りするんだもんな!」
「バカはお前だ」
「なんだって?」
横目でにらむと、視線が絡んだ。
透けるような金髪を後ろに撫でつけた、とびきり上等な顔。骨格からして造りが違う大柄な体は、エリオットが猛スピードでぶつかっても跳ね返されそうな筋肉でおおわれている。
ひとがこんなに思い悩んでいるのに、なぜか楽し気で、そしてあまりに穏やかな瞳に、エリオットのほうがひるんだ。
「仕事上必要であれば、陛下にも殿下にも膝をつく。それがおれの、侍従としてのプライドだからな。でも──」
背中を丸めたバッシュは、あぐらに頬杖をついてエリオットの顔を覗き込む。
「おれがプライベートで跪くのは、お前だけだぞ。愛してるのも」
「……うん」
そして彼の表情は、プライベート用のものだった。エリオットが溺死しそうなほどのいたわりや優しさをたたえた心を隠さない。その顔を見るだけで、両手を上げて降伏したくなった。
言葉もおぼつかないころから好きなのだ。勝てるわけがない。
エリオットが落ち着いたと分かったのか、バッシュがニヤッと笑う。
「それにお前、忘れてないか?」
「……なにを?」
「靴じゃないが、おれにガラスの花を差し出したのはお前だろう」
「そうだけど」
「なら、シンデレラの先約はおれじゃないのか」
「……ぶっ……ふふ……あははは! シ、シンデレラ……」
自分で言うか、鏡見てこい。
「二十年前でギリだっつーの」
「いや、まだいける」
「なにと張り合ってんだよ」
ひとしきり笑って、すっかり力の抜けたエリオットは息をついた。
「……手、貸して」
「どうぞ」
腕を伸ばし、床に置かれた左手の小指だけを握る。
「折られそうで怖いんだが」
「それ以上よけいな口きいたら折る」
バッシュは肩をすくめただけで、エリオットの気がすむまで小指を貸してくれた。
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