217 / 330
訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第三章
11.口は禍のもと
しおりを挟む
カルバートンへ戻ると、留守番のイェオリに笑顔で迎えられた。
「お帰りなさいませ」
「ただいま」
ルードのハーネスを外してやるあいだに、ベイカーが追いついてくる。
「なぁイェオリ、召喚状が三年も見つからなかった理由って何だと思う?」
「召喚状自体が存在しなかったから、ではなく?」
「実際はそうなんだろうけど、父さんがそんなようなこというから」
エリオットが屋敷へ入ったことを確認した警護官の車が、タイヤでごりごりと砂利を噛みながら、車寄せから滑り出す。
ハーネスと緊張から解放されたルードは、思い切り伸びをして階段を登っていく。すっかり我が家だ。
エリオットもこのまま自分の部屋でダラダラしたいが、まだ仕事が残っている。
仕方なく書斎へ足を向けるエリオットの後ろから、イェオリが尋ねた。
「フォスター女伯爵が意図的に召喚状を隠していたと、陛下はおっしゃりたいのでしょうか」
「それはないと思うんだけどな。でも、なんか意味深だった」
「詳しくお尋ねにはならなかったのですか?」
「……時間なかったし」
それに、同席しようという気遣いを断った手前、「分かるように説明してくれ」などとは言えなかった。
「……ベイカー、貴族会はどんな感じだった?」
「おおむね、予想の範囲内かと」
水を向ければ、貴族会の内情を調べたベイカーが首肯した。
「まず執行部員ですが、執行部代表が一名、代表代行が二名、その他八名の計十一名で構成されています」
「おれもそこに?」
「ヘインズ家は古くから貴族の筆頭ですから」
「無断欠席は除籍って決まりとかないの? 議員だって正当な理由なく議会欠席したら懲戒勧告されるのに」
「もともとは貴族院のなごりですが、現在の貴族会は有志による自治組織ですから。それらしい規定はあっても、議会のように厳格な憲法や議会法に縛られているわけではございません」
「どうとでも運用できるわけだ。関係のありそうな規定だけまとめてくれる?」
ルールブックくらい読んでおかないと、試合にもならない。
承知いたしました、と頷いたベイカーが、エリオットの前に出て書斎の扉を開けた。
エドゥアルドのよりは小ぶりだが、アンティークとしての価値は負けず劣らずの机に座り、エリオットは腕を組む。
「それで、執行部の黒幕は?」
「執行部代表はサザーランド伯爵ですが、貴族会そのものの中心となっているのはカニングハム公爵です」
現代でもそこそこの数が生き残っている貴族だが、王族が名乗るものを除けば、公爵を冠する家はわずか四つしかない。ヘインズ、タウンゼント、オルブライト、そしてカニングハム。歴史をさかのぼれば、いずれも王国の成立期にまで届く家柄で、貴族階級の中でも特別視されている。
タウンゼントは娘を王太子に嫁がせたことで、権力争いから一歩引いているのでいいとして。
「オルブライトは噛んでない?」
「現在のオルブライト公爵は、貴族会ではあまり目立たない方のようです。正直、どちらにつくかは読めない方ですが……」
何とも言えないと。
「じゃあ、レイモンド・パーシヴァル・ニック・カニングハムはフォスター女伯爵とどういう関係?」
以前作ってもらった、サイラスの成婚の儀への招待者をまとめたリストによれば、レイモンド・パーシヴァル・ニック・カニングハム──鼻につく気取り屋を集めたような名前だ──公爵は、エドゥアルドと同じく五十代で双子の娘がいる。ふたりともつい最近、伯爵家の跡継ぎ、それからロック歌手とそれぞれ結婚していた。でなければ、どちらか──もしくは両方ともが、いつだったかバッシュがいっていたエリオットの『結婚相手の候補者リスト』の最上位に入っていただろう。
「リグズビー侯爵をご存じですか?」
「いや、だれだっけ?」
「エリオットさま、一度お会いになっていらっしゃいますよ」
「え、どこで?」
「ハウスの裏の車寄せで」
イェオリに言われ、偶然を装ってお近付きになろうとしたビーグル犬のような男を思い出す。
「あぁ、狩りの」
「そのリグズビー侯爵はフォスター女伯爵の夫の従兄で、おっしゃるとおり狩りが共通の趣味だそうです。シーズンになるとよく一緒に出掛けられるとか」
「そこで、従兄が婿入りした家の秘密を聞いた?」
「おふた方とも、あまり酒癖がよろしくないとのうわさです」
男だけで狩りと酒を楽しみ、気が大きくなって「実はうちの妻が……」なんて愚痴を言い合っていても不思議じゃない。
「あ、待って。なんかリグズビーとカニングハムって見覚えがある。たしか……」
「リグズビー侯爵の妻が、カニングハム公爵の末の妹君です」
「それだ!」
ぱらぱらめくっていた資料で、両家の名前が近くにあった。
「もう決まりじゃねーか」
『実はうちの妻が……』が『実はうちの従兄の妻が……』に変わっただけだ。婚姻で家同士が結びついているのが貴族社会、「ここだけの話」なんて通じないのが常識だ。バッシュがエリオットのバカ正直さを叱ったのも、それが理由だった。今回は夫の口をふさいでおけなかった、フォスター女伯爵の自滅ともいえる。
「カニングハムは、いつからフォスターの内情を知ってたんだろ」
今回の騒ぎで責任を負う人物を探しているうちに入って来た話かもしれないし、以前から知っていたものの特に使い道がなく放置していたのを、これ幸いと利用したのかもしれない。
「女伯爵は、たまたま目をつけられたってことか」
「カニングハム公爵にとっては、利用しやすい方であるのは間違いございません。フォスターはオルブライト系列の家柄です。自身の身内ではなく、王家に近いタウンゼントも敵に回さない、そして渦中のヘインズにも関わりのない家なら、いけにえとしても構わないと判断したのでしょう」
「不運だったな」
「ときに、運が生死を分けることもございます」
窓の外へ視線を投げるエリオットに、ベイカーが重々しい口調でそういった。
「お帰りなさいませ」
「ただいま」
ルードのハーネスを外してやるあいだに、ベイカーが追いついてくる。
「なぁイェオリ、召喚状が三年も見つからなかった理由って何だと思う?」
「召喚状自体が存在しなかったから、ではなく?」
「実際はそうなんだろうけど、父さんがそんなようなこというから」
エリオットが屋敷へ入ったことを確認した警護官の車が、タイヤでごりごりと砂利を噛みながら、車寄せから滑り出す。
ハーネスと緊張から解放されたルードは、思い切り伸びをして階段を登っていく。すっかり我が家だ。
エリオットもこのまま自分の部屋でダラダラしたいが、まだ仕事が残っている。
仕方なく書斎へ足を向けるエリオットの後ろから、イェオリが尋ねた。
「フォスター女伯爵が意図的に召喚状を隠していたと、陛下はおっしゃりたいのでしょうか」
「それはないと思うんだけどな。でも、なんか意味深だった」
「詳しくお尋ねにはならなかったのですか?」
「……時間なかったし」
それに、同席しようという気遣いを断った手前、「分かるように説明してくれ」などとは言えなかった。
「……ベイカー、貴族会はどんな感じだった?」
「おおむね、予想の範囲内かと」
水を向ければ、貴族会の内情を調べたベイカーが首肯した。
「まず執行部員ですが、執行部代表が一名、代表代行が二名、その他八名の計十一名で構成されています」
「おれもそこに?」
「ヘインズ家は古くから貴族の筆頭ですから」
「無断欠席は除籍って決まりとかないの? 議員だって正当な理由なく議会欠席したら懲戒勧告されるのに」
「もともとは貴族院のなごりですが、現在の貴族会は有志による自治組織ですから。それらしい規定はあっても、議会のように厳格な憲法や議会法に縛られているわけではございません」
「どうとでも運用できるわけだ。関係のありそうな規定だけまとめてくれる?」
ルールブックくらい読んでおかないと、試合にもならない。
承知いたしました、と頷いたベイカーが、エリオットの前に出て書斎の扉を開けた。
エドゥアルドのよりは小ぶりだが、アンティークとしての価値は負けず劣らずの机に座り、エリオットは腕を組む。
「それで、執行部の黒幕は?」
「執行部代表はサザーランド伯爵ですが、貴族会そのものの中心となっているのはカニングハム公爵です」
現代でもそこそこの数が生き残っている貴族だが、王族が名乗るものを除けば、公爵を冠する家はわずか四つしかない。ヘインズ、タウンゼント、オルブライト、そしてカニングハム。歴史をさかのぼれば、いずれも王国の成立期にまで届く家柄で、貴族階級の中でも特別視されている。
タウンゼントは娘を王太子に嫁がせたことで、権力争いから一歩引いているのでいいとして。
「オルブライトは噛んでない?」
「現在のオルブライト公爵は、貴族会ではあまり目立たない方のようです。正直、どちらにつくかは読めない方ですが……」
何とも言えないと。
「じゃあ、レイモンド・パーシヴァル・ニック・カニングハムはフォスター女伯爵とどういう関係?」
以前作ってもらった、サイラスの成婚の儀への招待者をまとめたリストによれば、レイモンド・パーシヴァル・ニック・カニングハム──鼻につく気取り屋を集めたような名前だ──公爵は、エドゥアルドと同じく五十代で双子の娘がいる。ふたりともつい最近、伯爵家の跡継ぎ、それからロック歌手とそれぞれ結婚していた。でなければ、どちらか──もしくは両方ともが、いつだったかバッシュがいっていたエリオットの『結婚相手の候補者リスト』の最上位に入っていただろう。
「リグズビー侯爵をご存じですか?」
「いや、だれだっけ?」
「エリオットさま、一度お会いになっていらっしゃいますよ」
「え、どこで?」
「ハウスの裏の車寄せで」
イェオリに言われ、偶然を装ってお近付きになろうとしたビーグル犬のような男を思い出す。
「あぁ、狩りの」
「そのリグズビー侯爵はフォスター女伯爵の夫の従兄で、おっしゃるとおり狩りが共通の趣味だそうです。シーズンになるとよく一緒に出掛けられるとか」
「そこで、従兄が婿入りした家の秘密を聞いた?」
「おふた方とも、あまり酒癖がよろしくないとのうわさです」
男だけで狩りと酒を楽しみ、気が大きくなって「実はうちの妻が……」なんて愚痴を言い合っていても不思議じゃない。
「あ、待って。なんかリグズビーとカニングハムって見覚えがある。たしか……」
「リグズビー侯爵の妻が、カニングハム公爵の末の妹君です」
「それだ!」
ぱらぱらめくっていた資料で、両家の名前が近くにあった。
「もう決まりじゃねーか」
『実はうちの妻が……』が『実はうちの従兄の妻が……』に変わっただけだ。婚姻で家同士が結びついているのが貴族社会、「ここだけの話」なんて通じないのが常識だ。バッシュがエリオットのバカ正直さを叱ったのも、それが理由だった。今回は夫の口をふさいでおけなかった、フォスター女伯爵の自滅ともいえる。
「カニングハムは、いつからフォスターの内情を知ってたんだろ」
今回の騒ぎで責任を負う人物を探しているうちに入って来た話かもしれないし、以前から知っていたものの特に使い道がなく放置していたのを、これ幸いと利用したのかもしれない。
「女伯爵は、たまたま目をつけられたってことか」
「カニングハム公爵にとっては、利用しやすい方であるのは間違いございません。フォスターはオルブライト系列の家柄です。自身の身内ではなく、王家に近いタウンゼントも敵に回さない、そして渦中のヘインズにも関わりのない家なら、いけにえとしても構わないと判断したのでしょう」
「不運だったな」
「ときに、運が生死を分けることもございます」
窓の外へ視線を投げるエリオットに、ベイカーが重々しい口調でそういった。
応援ありがとうございます!
4
お気に入りに追加
413
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる