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訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第四章
7.落ち葉のなかで
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パトリシアとのカウンセリングを終えたエリオットを、バッシュは散歩に誘った。なるべく気分を変えさせよう、というつもりなのだろう。すでにクレイヴと散歩をしたはずのルードも、当たり前のような顔をしてついて来た。
左右に振れる尻尾が、ぱさぱさとエリオットの足に当たる。
森のようなウッドガーデンは、見事な紅葉と落葉の季節を迎えていた。赤ん坊が手を広げたような楓が緑から黄色に染まり、硬く乾燥した楡の真っ赤な落ち葉に覆われた小道は、足を踏み出すたびにからからと小気味の良い音が鳴る。毎年のように苗や球根を植え替える庭づくりも好きだけど、こうして何代もの庭師が受け継いで形作られる庭も、どちらも同じくらいに好きだ。
次々と枝から葉をさらっていく風は冷たくて、エリオットは上着のポケットに両手を突っ込む。
パーカーを着てきてよかった。
「それで、どうやってイベントに潜り込むつもりなんだ?」
地面にしゃがみ、極彩色に映える真っ白なルードをスマートフォンで撮影していたバッシュが尋ねた。
エリオットはつんと鼻先を上げる。エリオットだって、たまには自分の頭で考えているのだ。いつも誰かに頼りきりじゃないからな。
「ゴードン教授が、フェアのディスカッションでパネリストをやるんだ」
「……あぁ、いってたな」
「教授に『招待』してくれるように頼む。チケット配るくらい有名なガーデンフェアだから、向こうでキャロルと『たまたま』会うことがあるかもね」
「なるほど」
「おれだって、いろいろ考えてるんだからな」
膝を押して立ち上がったバッシュが、スマートフォンをパンツのポケットに押し込みながら、「なにをいまさら」という顔でエリオットを見た。
「お前がものを考えてないなんて、思ったことはないぞ」
「……そうなのか」
緩みそうになる頬を両手で押さえ、肩をバッシュにぶつける。肘で反撃してくるのと小突き合ったあと、ふたりは自然に腕を組んだ。跳ねるように数メートル先を行くルードを眺めながら、靴の底に感じる木の葉が割れる感覚を楽しむ。
「ね、さっきのホント?」
「なにがだ?」
「ツーショット。公に出た最初が自分じゃなかったって、ホントに思ってる?」
「当たり前だろう。これからお前がだれと浮名を流そうが、最終的におれとのことを公表しようが、『初めての恋人』ってのは、ずっと言われ続けるんだぞ。おもしろいわけあるか」
エリオットは、歩くたび落ち葉に埋もれる靴の先を見た。
「けど、おれがやりたいことは反対しないんだな」
「お前が、手を引きたくないっていうからな」
「……だって、キャロルの言ってたことも分かるし」
「というと?」
「警護官がいるから、直接的な危険はないだろうけどさ。一方的な気持ちを押し付けられるのって、怖いだろ」
仮に相手が好意を持っていたとしたって、それが安全なものとは限らない。
「……ヘクターだって、おれを『愛した』つもりだったんだから」
「エリオット」
足を止めたバッシュが、真剣な声でいった。
「子どもをそんな目で見ることが、許されるはずないだろう。ヘクターは犯罪者で、十二歳のお前は大人の愛なんてものを向けられていい存在じゃなかったってことを忘れるな」
ぱちぱちと瞬きをしたエリオットは、「ふへっ」と気の抜けた笑いをこぼし、バッシュの眉を吊り上げさせた。
「まじめな話をしてるんだぞ」
「分かってるよ」
子どものころは、それが間違った愛だとしても、受け入れられなかった自分が悪いのだと思い込んだ方が、気持ちが楽だった。間違っているのは相手だと諭されることは、その相手への怒りとか、どうして自分だったのかというやるせなさが生まれて苦しい。でもエリオットは、もっとあたたかで幸せな愛を受け取る価値のある人間で、同じくらい幸せな気持ちで愛する相手を持つ権利があるのだと、パトリシアやマイルズは繰り返し言い続けてくれた。
十年たっていま、ようやく理解できたけど。
「ダニーがなにを考えてるのかは、おれとしてはどうでもいいし、キャロルだって『間違ったもの』を自分の人生から締め出そうとする強さのある大人だ。でも、もし変なやつだったら、『変なやつだったな』っていってあげるひとがいるだけでも、なにか違うかもしれないだろ」
「……お前は時々、とんでもなくカッコイイな」
「ま、まぁ、乗り掛かった舟だし?」
「なら、思うようにやればいい。毒を食らわば皿まで、ともいうしな」
……それは違くない?
いつの間にか、姿が小さく見えるほど遠くまで跳ねて行ったルードが、わふわふと呼んでいる。エリオットは抱えたバッシュの手を引っ張って、秋色のトンネルの中を走りだした。
左右に振れる尻尾が、ぱさぱさとエリオットの足に当たる。
森のようなウッドガーデンは、見事な紅葉と落葉の季節を迎えていた。赤ん坊が手を広げたような楓が緑から黄色に染まり、硬く乾燥した楡の真っ赤な落ち葉に覆われた小道は、足を踏み出すたびにからからと小気味の良い音が鳴る。毎年のように苗や球根を植え替える庭づくりも好きだけど、こうして何代もの庭師が受け継いで形作られる庭も、どちらも同じくらいに好きだ。
次々と枝から葉をさらっていく風は冷たくて、エリオットは上着のポケットに両手を突っ込む。
パーカーを着てきてよかった。
「それで、どうやってイベントに潜り込むつもりなんだ?」
地面にしゃがみ、極彩色に映える真っ白なルードをスマートフォンで撮影していたバッシュが尋ねた。
エリオットはつんと鼻先を上げる。エリオットだって、たまには自分の頭で考えているのだ。いつも誰かに頼りきりじゃないからな。
「ゴードン教授が、フェアのディスカッションでパネリストをやるんだ」
「……あぁ、いってたな」
「教授に『招待』してくれるように頼む。チケット配るくらい有名なガーデンフェアだから、向こうでキャロルと『たまたま』会うことがあるかもね」
「なるほど」
「おれだって、いろいろ考えてるんだからな」
膝を押して立ち上がったバッシュが、スマートフォンをパンツのポケットに押し込みながら、「なにをいまさら」という顔でエリオットを見た。
「お前がものを考えてないなんて、思ったことはないぞ」
「……そうなのか」
緩みそうになる頬を両手で押さえ、肩をバッシュにぶつける。肘で反撃してくるのと小突き合ったあと、ふたりは自然に腕を組んだ。跳ねるように数メートル先を行くルードを眺めながら、靴の底に感じる木の葉が割れる感覚を楽しむ。
「ね、さっきのホント?」
「なにがだ?」
「ツーショット。公に出た最初が自分じゃなかったって、ホントに思ってる?」
「当たり前だろう。これからお前がだれと浮名を流そうが、最終的におれとのことを公表しようが、『初めての恋人』ってのは、ずっと言われ続けるんだぞ。おもしろいわけあるか」
エリオットは、歩くたび落ち葉に埋もれる靴の先を見た。
「けど、おれがやりたいことは反対しないんだな」
「お前が、手を引きたくないっていうからな」
「……だって、キャロルの言ってたことも分かるし」
「というと?」
「警護官がいるから、直接的な危険はないだろうけどさ。一方的な気持ちを押し付けられるのって、怖いだろ」
仮に相手が好意を持っていたとしたって、それが安全なものとは限らない。
「……ヘクターだって、おれを『愛した』つもりだったんだから」
「エリオット」
足を止めたバッシュが、真剣な声でいった。
「子どもをそんな目で見ることが、許されるはずないだろう。ヘクターは犯罪者で、十二歳のお前は大人の愛なんてものを向けられていい存在じゃなかったってことを忘れるな」
ぱちぱちと瞬きをしたエリオットは、「ふへっ」と気の抜けた笑いをこぼし、バッシュの眉を吊り上げさせた。
「まじめな話をしてるんだぞ」
「分かってるよ」
子どものころは、それが間違った愛だとしても、受け入れられなかった自分が悪いのだと思い込んだ方が、気持ちが楽だった。間違っているのは相手だと諭されることは、その相手への怒りとか、どうして自分だったのかというやるせなさが生まれて苦しい。でもエリオットは、もっとあたたかで幸せな愛を受け取る価値のある人間で、同じくらい幸せな気持ちで愛する相手を持つ権利があるのだと、パトリシアやマイルズは繰り返し言い続けてくれた。
十年たっていま、ようやく理解できたけど。
「ダニーがなにを考えてるのかは、おれとしてはどうでもいいし、キャロルだって『間違ったもの』を自分の人生から締め出そうとする強さのある大人だ。でも、もし変なやつだったら、『変なやつだったな』っていってあげるひとがいるだけでも、なにか違うかもしれないだろ」
「……お前は時々、とんでもなくカッコイイな」
「ま、まぁ、乗り掛かった舟だし?」
「なら、思うようにやればいい。毒を食らわば皿まで、ともいうしな」
……それは違くない?
いつの間にか、姿が小さく見えるほど遠くまで跳ねて行ったルードが、わふわふと呼んでいる。エリオットは抱えたバッシュの手を引っ張って、秋色のトンネルの中を走りだした。
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