箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

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訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第五章

5.まずは状況確認から

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「どういうつもりよ!」

 カルバートンの玄関に到着してエリオットが車を降りると、数秒先に着いたキャロルがダニエルに食って掛かっていた。

「ひとを使ってエリオットに怪我をさせるつもりだったなんて信じられない。しかもパパラッチまで用意して! 人でなし!」
「わたしは何も知りません!」

 驚いたことに、キャロルは自分よりもエリオットが危ない目にあったことを怒っている。

 しかし感動していられる場合と雰囲気ではない。

「へええ? ならあれは、頭のおかしな通り魔がトマティーナのまねごとでもしたっていうの? あなたに呼び出されてあそこへ行ったのよ!」
「誤解です!」
「また誤解! いい加減にして!」

 殺気立った緊張感の警護官たちも、おもわずたじろぐほどの剣幕だ。そのとき、ようやくジャケットを脱いだイェオリが両手を打った。
 パシン! と天井の高い玄関に乾いた音が響いて、キャロルの勢いを削ぐ。

「お静かに。殿下の御前です」

 バカみたいな騒ぎを治めるには一番のやり方だ。

 だからって、おれに注目を集められても困るんだけど。

 まだばくばくと忙しなく跳ねる心臓をなだめるために、エリオットは深呼吸をした。四秒吸って、四秒吐く。あぁ、また違った。四秒止める、だ。

 数度繰り返すあいだに、奥からクレイヴが小走りに出て来るのが見えた。「なにごとですか?」とイェオリに尋ねるが、彼は落ち着いた黒い瞳でエリオットの指示を待っている。

「……オーケー。全員で状況を把握しよう。警護チーム、報告できることはある?」
「はい殿下」

 屋敷までエリオットを連れ帰ってきた警護官は、運転手を含めて三名。いずれも一般人に紛れるために変装していたが、その中の大手ナーセリーのウィンドブレーカーを着た警護官が進み出た。

「現場に残った者からの報告では、投げつけられたのは生卵でした。数は三つ。会場内に出店している鶏卵農家から購入したもので、事前にヒビを入れて割れやすくしていたようです」
「気の回るテロリストだな」
「犯人は地元の学生グループ六人で、実際に卵を投げたのは男女ふたりでした」
「狙いはだれ? もしくは三人とも?」
「マクミラン氏を狙ったと供述しております」
「……わたし?」

 首を突き出すようにして聞き返すダニエルを、キャロルが眉間のしわを深くして睨む。騙されるもんですか、とあくまで彼の関与を信じているようだ。

「理由は?」
「動機については調査中ですので、追って報告が入ります」
「うん。あとは……あぁ、写真を撮られた」
「はい。そちらも身柄は押さえてあります。詳しい身元と目的は照会中です」
「分かった。ありがとう」

 エリオットはひとまず頷く。自分が狙われたとなると、理由はさておき両親や兄夫婦まで警戒レベルが引き上げられてしまう。「ウェスト・ウィング」のホワイトハウス封鎖回みたいにハウスや王宮で待機なんてことになったら大騒ぎだ。──いまも十分大騒ぎだけど。

「キャロル、おれは怪我してないし、マクミラン卿も被害者だ。とりあえず、彼を容疑者みたいに責めるのはやめよう」
「でも……」
「マクミラン卿は、おれが会場に来るなんて知らなかったはずだよ。事前におれを狙えなんて、学生に指示できるはずない」

 だろ? と聞くと、ダニエルは言葉もなくひたすら首を縦に振った。

「詳しいことが分かるまで、座って落ち着こう」

 過剰に放出されていたアドレナリンが切れて来たのか、キャロルは論理的な説得を受け入れるだけの冷静さを取り戻しつつあった。

 クレイヴに目配せすると、彼はキャロルと彼女の警護官、それからダニエルを奥へと促した。それを見送ってから、エリオットはイェオリの前に立つ。ジャケットを左腕にかけ、彼は姿勢を正す。表情はいつも通り穏やかだが、激しく動いたせいで髪がややもつれていた。

 がっくりと首を前に倒すと、首に引っ掛けたスタッフ証が、ぶらぶらと揺れる。エリオットはそれを外しながら、イェオリもまだ同じものを下げているのを見て苦笑した。

「びっくりした……」
「さようですね」
「怪我はしてないよな?」
「はい。警護の報告にもありましたが、卵がひとつ当たっただけです。あざにもならないていどですよ」

 よかった、とエリオットは呟く。何が起こったのかはまだ分からないけれど、最後まで落ち着かなかった心拍が、ようやく平時のリズムを刻み始めた。

「ありがとう、イェオリ」
「ご無事で何よりでございました。……わたしのジャケットは、よく殿下のお役に立つようですね」
「……あぁ」

 なんのことかと思ったが、すぐに思い当たる。数カ月前、王宮の箱庭にあるガゼボでうたた寝をしてしまったことがあり、そのときイェオリが自分のスーツのジャケットをかけてくれたのだ。二着は同じものではないけれど、彼の気遣いに力が抜ける。

「……動かないで」
「はい」

 エリオットは手を伸ばして、床に向かって垂れ下がるジャケットの、空の袖を握った。
 三歩下がって大きく息をついたエリオットに、イェオリは静かに頭を下げる。

「拝領いたします」

 言葉にされると気恥ずかしい。エリオットは靴の底を床にこすりつけた。

「……クリーニング代は、経費で申請しろよ」
「承知いたしました」
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