箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

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訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第五章

6.ものは言いよう

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 クレイヴがダニエルとキャロル──と、その警護官──を通したのは、ライブラリーではなく、その隣にある応接間だった。
 やや抑え気味の色調の部屋で、グレーと銀糸のダマスク織の壁には、縦横三メートルほどの絵画が数枚かかっている。窓から差し込む光が白い天井に反射するのでそれほど暗くないが、大きなシャンデリアには明かりが点されていた。重苦しい空気を少しでも和らげようという、クレイヴの気遣いだろうか。それならあまり効果はなさそうだ。

 キャロルはカーテンに寄りかかるようにして立っていた。窓の外を睨む目元がときおり神経質そうに痙攣しているが、この状況でよく自分をおさえているほうだろう。思い出したように口をつけるお茶が、鎮静剤になっているのかもしれない。

 一方、エリオットと同じ低いテーブルを囲む椅子に収まっているダニエルは、相変わらず顔色が悪かった。深くクッションに沈み、腿の上で組んだ人差し指をしきりにこすり合わせている。自分が狙われたと聞けば、当然安穏とくつろいではいられないのは分かる。しかし彼の視線は窓際のキャロルと自分の手元を行き来するだけで、エリオットに状況を尋ねるでもない。

 会話の糸口を見つけられないまま三竦みの状態で黙っていると、スーツに着替えたイェオリが戸口に現れた。乱れた髪もきっちり整えていて、何事もなかったかのような好青年ぶりだ。彼は賓客に会釈すると、壁際で待機していたクレイヴにベイカーと連絡を取るよう、小声でいいつける。それから、エリオットに「少々よろしいですか」と声をかけた。

「うん」

 これ幸いと席を立つ。

 なにか新しい情報が出たのか。しかしわざわざエリオットを部屋の外へ招く理由が分からない。

「お、ルード」

 どうかした? と言おうとしたエリオットは、廊下に出るなり飛びついてきたルードに意識を持って行かれた。
 しっぽを振りたくりながら後ろ足で立ち上がったルードが、エリオットの顔をべろんべろんとなめ回す。

「ちょ、ルード、待て、ま、重っ……」

 前足を両肩にかけられ、なんとか抱きとめたルードは、人間みたいにはひとときもじっとしてない。顔にこすりつけられるもふもふと、肥料袋の二倍以上ある巨体にすぐにギブアップして、エリオットはその場にしゃがみ込んだ。

 目線が同じになって満足したのか、ルードはエリオットの腹のあたりに鼻先を突っ込み、キューキューと鳴いている。甘えるときは本当に子犬みたいだな。

「はいはい、ただいま。留守番できて偉いな」

 耳の後ろから頬のあたりを、両手でごしごしこすってやる。

「用ってこれ?」

 動物セラピーが必要なほど取り乱してないぞ、という意味でエリオットが尋ねると、イェオリは「本題ではございませんが」と半分認めた。そしてきりりとした表情で声を落とす。

「先ほどの襲撃が、ハウスと侍従長の耳に入ったようです」
「襲撃って……大げさだな。標的はおれじゃなかっただろ?」

 過剰に心配させるようなことはしなくていいのに。

「現在分かっている限りでは。ただ詳細の把握と報告のために、あちらからスタッフが参りました」
「スタッフ?」

 イェオリがすっと壁際に寄る。ペルシャ織りのじゅうたんを、くぐもった音を立てて歩いて来る磨き上げられた革靴と、定規で引いたようにプレスされたスラックス。そのまま視線を上げて行けば、深緑のネクタイに縛られて不機嫌そうに眉を寄せた、バッシュの顔。

「なに、スタッフってあんたなの……っと」

 側までやって来たバッシュは、エリオットの腕をぐっと掴んで──いつもの彼なら絶対にしないだろう力で──引っ張り起こした。そして無言のまま、スーツの胸にエリオットを押し付けるようにして抱きしめる。

「うわわ」

 慌てて突き放そうとするが、新手の格闘技かというほどの力で締めあげられ、とてもじゃないが抜け出せない。硬い肩越しにイェオリへ助けを求めたものの、「おや」と言うように瞬いてくるりと背中を向けられる。いやそういう気遣いいらないから!

 いや、分かる。どういう経緯かは知らないが、騒動を聞いて駆け付けてくれたんだろうし、心配してくれたのも申し訳ないし、ちょっぴり嬉しい。

 でもまず自分の力を考えろ筋肉バカ!

「……いい、加減に、しろっ!」
「ぐっ」

 下から全力で顎を押し上げると、さすがのバッシュも拘束を緩めて一歩下がった。

「く、首が……」
「おれは背骨へし折られるところだったわ」
「……悪い、顔を見たらほっとした」

 不機嫌そうな顔から、少しだけこわばりが抜ける。

 エリオットは息をついて、「ん」と両腕を広げる。苦笑したバッシュと、こんどこそ穏やかな抱擁を交わした。
 嗅ぎ慣れたユーカリの香りに、ふっと息を吐く。

「なにがあったか聞いた?」
「あぁ、ここへ来る途中でな。怖くなかったか?」
「平気。びっくりはしたけど。おれが狙われたんじゃないし」

 強がりでもなんでもなく、エリオットは周囲がこぞって心配するほど──例えば部屋から出られなくなるほど──怖がったり、パニックにはなっていない。もちろん驚きはしたけれど、立場上、誘拐やテロの標的になる可能性はいつも頭の片隅にある。腕や胸倉を掴まれそうになったとかなら話は別だが、飛んで来たのが卵でよかったな、と思うくらいには余裕だった。

「いまのところはな。まだ調査中だ」

 イェオリと同じことを言ったバッシュが、「相変わらず、妙なところで肝が据わってるな」とエリオットの後頭部をぐりぐり撫で回した。

「サイラスさまとハウスの書斎にいたら、警護官たちが飛び込んできて驚いた。非常時の訓練は受けてるが、実際に起こるとドラマみたいだったな」

「ウェスト・ウィングみたいだった?」
「あぁ。『窓から離れて』とか、本当に言うんだな」

 うわぁ、大ごとだ。

 エリオットは目を回した。

「第一報は、お前の警護チームからの緊急通信が入ったってことだった。ただ、そのほかは情報が錯綜して状況が分からなくてな。おれはお前がハープダウンに行ってることを知っていたから、そこでなにかしでかしたんじゃないかと気が気じゃなかった」

 エリオットに「何かがあった」ではなく、エリオットが「何かをした」だって?

「おれは無実だ」

 エリオットが唸ると、「分かってる」というように背中を叩かれる。

「もしかして、ハウス封鎖されてる?」
「いや、警備は増やされてるが、封鎖されてたらおれも出て来られない。週末でご家族がハウスにそろっていたから、さほどの混乱もなかったのが幸いしたな」
「……あんた、出て来てよかったのか? そういうときこそ、ラスの側にいるのが仕事だろ」
「いままさに仕事中だ。サイラスさまが、『愚弟から直接事情を聴いて報告しろ』と」

 職権乱用の愚兄に言われたくねーわ。
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