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訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第五章

7.相互理解もだいじ

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 バッシュとイェオリを連れて応接間に戻ると、ぴりりとした空気が肌に刺さった。せっかくほぐしてもらった気分がまた重くなる。

 ありがたいことに、ダニエルはスタッフに対して貴族的な態度だった。つまり、そこにいる「その他大勢」に注意を払わないということだ。
 自分の周りで多くのひとが働いているのが当たり前で、その顔ぶれが変わろうがひとりひとりの名前を知らなかろうが、とくに気にしない。おかげで、日々エリオットが王子らしく振る舞うための自信をくれるバッシュが、本来担当でない第二王子の屋敷にいても不思議に思わないし、立ち会う理由も問われなかった。──キャロルには、「あなただけずるい」という顔で睨まれたけれど。

 ところが、見慣れない顔に敏感に反応したのが一頭。エリオットに続いて足取り軽く戸口をくぐったルードが、初対面の人物と、思い切り威嚇してしまい、やや気まずい人物がいることに気付いて急停止する。

「ルード」

 エリオットが名前を呼ぶと、少し考えるように首を振ったあと、ふたりからできるだけ離れた壁際を回って側まで来た。人間の子どもみたいな行動に、エリオットだけでなく、それを見つめていたキャロルもダニエルも、ついほほ笑んでしまった。ようやく、暗澹としていた空気が緩む。

「キャロル、座らない?」

 ルードのふわふわの背中と腹を撫で、お返しに濡れた鼻先でキスされながらエリオットは言う。

「……そうね」

 キャロルも加わり、三人は低いテーブルの三方を囲むかたちで腰を落ち着けた。侍従ふたりは、ダニエルの背後に控える。客の視界に入らないようにというよりは、万が一、彼がなにかしようとしたとき、即座に取り押さえるためだ。会場での警護官たちもそうだったが、エリオットの場合は有事の際に抱えたり覆いかぶさったりして守ることができないので、元凶をいち早く制圧するほうが被害を最小限にできる。

「マクミラン卿──ダニエル?」
「は、はい殿下」
「さっきの騒ぎについてはひとまず報告を待つとして、あなたとキャロルについての話に戻っていいかな」
「えぇ」

 頷いたダニエルは、ジャケットのボタンを外して椅子に座り直した。

「最初に確認したいんだけど、あなたに彼女との結婚の意志はないんだな?」
「ありません。……あ、いえ、失礼。レディ・キャロルに魅力がないと言いたいわけではなく、その対象ではないという意味で……」

 なるほど。

「じゃあこっちも手の内を晒すけど、おれと彼女は付き合ってない。報道を否定したことはないけど、少なくとも世間や、あなたが思ってるような関係じゃない」
「付き合ってない?」

 さっきとは逆だ。まるで信じられないという顔で、ダニエルがエリオットとキャロルを交互に見る。

「ではなぜ、報道に友人同士だと反論なさらなかったんです?」
「あなたのせいよ」

 叩きつけるようにキャロルが言い、ダニエルはびくっと肩を揺らす。大男が叱られてへこんでいる姿はどうにも気が抜けるが、話が進まないのでエリオットはキャロルを制すると、ふたりが恋人のふりをすることになった経緯を、ダニエルに説明した。

 マクミラン家からバジェット家へ結婚話が持ち込まれ、表立って断れないキャロルがエリオットに助けを求めたこと。求婚しながら挨拶すらなく、デートにも誘われないため、家柄目的だと判断していたこと。そして、エリオットとの交際報道が出ても反応がなく、諦めたのかと思っていたところに今回の誘いがきて、目的が分からず不安だったから会場にいてくれるように頼み、エリオットが了承したこと。

 裏側の取引については、完全にエリオットとキャロルの問題なので割愛したが、一連の流れを聞いたダニエルは両手で顔を覆ってうなだれた。

「一体どこからお話しすればいいのか……」

 くぐもった、弱り切った声でダニエルが言う。

 エリオットは聖人でもなんでもないが、キャロルよりはこの問題を外側から見ている自覚はある。そしてにらみを利かせる恋人と、膝の上に頭をのせる癒し効果抜群の相棒もいる。少なくとも、彼女よりはダニエルに優しくできるだろう。

「最初から話してくれるとありがたいな。──つまり、あなたが『最初』だと思うところから」

 ダニエルは顔から離した両手で膝頭を握ると、天井を見上げて大きく息をついた。

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