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60話 妻の心配

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「そんなに怒るなアスカル… うっ… 痛ってて…」

 執務室の絨毯じゅうたんの上にゴロリと転がり、アスカルの膝に頭を乗せると… グランデは瞳を閉じて言い訳をした。


「あなたは騎士団長なのに、なぜ治療師に治癒魔法をかけてはもらえなかったのですか?!」
<まさか… グランデ様は平民出身だからと、治療まで差別されているの?!>

 深紅の瞳を閉じると印象ががらりと変わるグランデの端整たんせいな顔を、心配そうにアスカルは見下ろした。

「神官に傷の浄化だけさせて、後は自力で治すことにした… 後で面倒だから、騎士団長のオレが負傷したことを、若い騎士たちに知られたくなかったし…」

「知られたくなかった?!」
<部下の騎士たちに、軽んじられたくないから? という意味かな? うう~ん…>

 アスカルの表情がさらに険しくなる。
 
「今回の魔獣討伐とうばつは死傷者が多く出て、騎士団付きの治療師だけでは、治療が間に合わなくなったから、オレよりも重傷者を優先させた… まぁ、仕方ないさ」

 攻撃魔法は多種多様で使える者も多いが… 治癒魔法は少々特殊で魔法の種類も少なく、使える者は限られている。


「だからって、グランデ様… こんな大ケガを放置して、痛みを我慢しながら… 僕をあんなに激しく抱くなんて、あなたは正気ですか?!」
<本当は僕が先に、ケガは無いかグランデ様にたずねるべきだった!>
 
 騎士服に染みついた、きつい匂いがする魔獣の返り血のせいで、グランデの血の匂いにアスカルは気付けなかったのだ。


「いや、アスカル… オレはこんなケガは滅多めったにしないし、ケガをしてもいつもは魔獣討伐が終った後で… ええ~っとぉ… ゴニョゴニョ… に寄って、ついでに治療も受けるから… だが今は新婚だし、さすがにゴニョゴニョ… へ行くのはまずいと思って、今回は… ゴニョゴニョ… に行くのを止めたんだ」

「何ですか? その、ゴニョゴニョ… とは?」

「いや… だからだな、アスカル…  うう~んんっ… それはだな…」
 人差し指で顎をぽりぽりとかきながら、グランデにしては珍しく意味不明のはっきりしない話し方をする。

「グランデ様、何ですか?!」

「あああ~… オレの古巣のことだ… 昔から診てもらっている、腕の良い治療師がいてだな…」

「古巣とは?!」

「あああ~… つまり… 娼館のことだ」

「・・・・・・」

「ええ~っとぉ… ああああ~… アスカル? 怒ったか?」
 急に黙り込んだアスカルの顔を、片目だけ薄く開いてグランデは様子をうかがう。

「いいえ、怒ってはいませんよ?」
 ブスッ… と眉間にしわを寄せて、アスカルは否定した。

「いや、アスカル… 本当はすごく怒っているだろう?」

「いいえ! 結婚前にグランデ様が娼館に通っていたことなんて、僕はまったく怒っていませんから! だってケガの治療のために、通っていたのでしょう?! 若い騎士たちに知られるのが嫌で?」
 じろりとグランデをにらみつけて、アスカルは怒ってないと否定した。

「通… 通ってはいないぞ? オレはそんなにケガはしないし… 今回はたまたまだから… 本当にオレは娼館に通ってはいないぞ?」


「・・・・・・」
 グランデの頭の上で、アスカルは無言で腕組みをした。






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