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本編
第五章 降嫁予告(3)
しおりを挟む銃太郎の手は銃身を支える瑠璃の腕を取り、その肘を腿に載せる。
「膝骨に肘をつけると安定しないんだ。膝よりも手前の腿に寄せたほうがいい」
躊躇いもなく触れ、すらすらと改善点を指摘する銃太郎。
肘の位置にまで目を配っていたことに些か驚いたが、直された通りの姿勢を取ると確かに先よりも銃口が定まる。
「すごいな、さすが銃太郎殿じゃ!」
思わず振り仰ぐと、思ったより間近にあった銃太郎の顔に微笑んだ。
「ありがとう、これならいけそうじゃ!」
「……っう、わ! も、申し訳ない!」
目と目が合った途端、銃太郎は弾かれるように飛び退いた。
その慌てように瑠璃もつられてぎょっとしてしまったが、別に謝るようなことは何もない。
「え、いや、何が? 寧ろ感謝してるんだけど……?」
「わ、私としたことが、許しもなく姫君に触れて……!」
何もそこまで恐縮することもないだろうに、余程に慌てたのだろう、耳まで赤くして後退る。
何なら篤次郎などは取っ組み合いの上に噛み付く暴挙に出て尚、小突いてくるという図太さだ。
「そんなこと気にしてたら物を教わることなぞ出来ぬわ。やはりその姫君呼びはやめて貰えぬか? 瑠璃でいい、瑠璃で」
「しっしかしそれでは──」
「若先生ぇぇえええ!! 次、俺ーーー!!」
「はーい若先生はそこまでねー! 早く篤次郎見てやってー!」
助之丞が割って入り、その後ろで腕を組み分かりやすく拗ねている様子の篤次郎が見えた。
弟子は瑠璃や篤次郎だけではない。一人一人に目を配り、体格と膂力に合わせた射撃姿勢を弟子の視点で共に考える。
そういう配慮を欠かさない銃太郎は、篤次郎のみならず門下の皆に慕われている様子である。
篤次郎だけはちょっと行き過ぎた傾慕が見え隠れしている気もするが、概ね仲良く楽しく賑わっていた。
銃太郎を強引に押しやった助之丞が瑠璃のそばへ戻ると、どっと大きな溜め息をついて肩を上下させる。
「銃太郎殿のとこは楽しかろ? この際、助之丞もこっちに来たらどうじゃ?」
「冗談だろ、なんで俺が銃太郎さんの弟子にならなきゃなんないんだよ」
「えー、面白いのにぃ」
瑠璃自身も砲術の体得は勿論のこと、そんな銃太郎のもとへ出向くことが楽しくなっていた。
少し離れて射撃に臨む篤次郎と、それに寄り添う銃太郎の姿を眺め、脳裏にふと丹波の顔がよぎる。
養子として迎える若君も、性格は違えど篤次郎とそう変わらないだろう。
まだ少年だ。
そもそも瑠璃としてもまだ婚姻など考えてもいなかったのだが、仮に篤次郎と婚姻しろと言われたならどうだろう。
(篤次郎はないな……うん)
取っ組み合いの大喧嘩をする夫婦なんてさすがに目も当てられない。
「──助之丞」
「んー?」
「もし私が家中に降嫁するとしたら、誰がいいと思う?」
「ブフォッ!!? はぁっ!?」
豪快に噴き出し、助之丞は目を白黒させて瑠璃に向き直る。
「丹波殿が急に降嫁したらどうかと申してなー。ちと考えてみてるんだが……。ああ、もちろん既に許嫁がいる者は除外じゃ」
「しかも丹波様が言ってんのか!?」
いちいち仰天しながら言う助之丞に、瑠璃はうんうんと頷きながら答える。
「私としてはまだ縁組なんか考えてもなかったんだが、そうでもしないと養子の若君と娶せられるらしくてなぁ……」
「そりゃまた……、まあお前の立場なら遅かれ早かれ婚姻は結ばにゃならんだろうけど」
助之丞は抑揚も乏しくぼんやりと呟くと、気不味そうに顔を背ける。
「それ、お前はどうなんだよ。若君と夫婦になるの、嫌なのか」
「まあ相手がどうあれ、婚姻そのものが嫌じゃな」
これまでのように気ままに出歩くことも、こうして折角習い始めた砲術もやめさせられるに違いない。
況して相手が若君では、城の奥深くから表へ出て来ることすら儘ならなくなる可能性も大いにある。
「けど降嫁するったって、大身家の惣領息子に限られるだろ? そういう家じゃやっぱり城と大差ないんじゃないか?」
「いや、身分は問わぬぞ?」
「んー……、けど下士の家じゃ暮らせないだろ。使用人だって下女一人いれば良いほうで、薄禄ならそれこそ使用人なんて一人もいなかったりすんだぞ?」
「? と言うと?」
事実、身分にこれといった拘りはない。
普段からあちこち出歩く瑠璃にとっては、家中は皆家族のようなもので、そこに仕える家士も使用人も見知った者は多い。
町家に関してもよく出入りする店の者は気安い友のようであった。
ある程度の見聞はあるが、そこで暮らしたことはなく、助之丞が言わんとしていることがよく呑み込めなかった。
だが、助之丞は首を傾げる瑠璃を流し見てがっくりと吐息する。
「あのな……使用人がいないってことは、飯や風呂の支度も、掃除も繕い物も薪割りも、ぜーーーんぶ自分で出来なきゃ駄目だってことだぞ、分かるか?」
「!!!」
瑠璃は目を剥き、愕然とした。
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