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本編

最終話 それ、二度寝の後で良いですか?

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 こうして、オリヴィアの婚約破棄から始まったオリヴィア達の慌ただしい日々は幕を閉じた。

 特別褒賞授与式での騒動から数日後、オリヴィアは無事手に入れた特別休暇を自室のベッドの上で存分に満喫していた。
 あれからジャクソン公爵家は数々の不正、犯罪行為が明るみに出てお家取り潰しは決定となった。元公爵夫妻は牢内で襲われた際に負傷し、一時は意識不明だったが回復し、現在はいまだ出てくる余罪の裁判を待っている状態らしい。
 娘のローズマリーは実家の犯罪行為の加担および、今まで散々揉み潰してきた不貞行為を一つ一つ調べ直されているという。
 そして、ダン・プラット。彼はジャクソン公爵家の犯罪とは直接の関係はなかったが、オリヴィアへの名誉毀損で訴えられる事となった。そしてそれ以上に世間へ広まったのは、オリヴィア・ブラックという大輪の白い薔薇を手にした世界一の幸運の持ち主は、ローズマリーという美しい薔薇に隠された棘に刺された事も気づかず踊らされた大まぬけ者、という人物評だった。
 それから取り敢えずの面倒ごとは片付けてやったのだから、今後の事は任せる、とばかりに高齢の国王陛下は王位を退位し、その席を王太子であるサミュエルの父親に譲り渡した。前陛下は隠居して思う存分孫バカ生活を送るぞ!と意気込んでいるらしい。目下の目標は孫達の結婚式に参列する事なのだとか。

 そんなこんなで王城はあれからかなりバタバタしているらしいが、一介の貴族令嬢であるオリヴィアにはそんな事は関係なく。気付けばここ数日ずっと遊びにやってくるサミュエルに事の顛末を聞いたのだった。

 「いや~…今回はかなり働いた…なんなら第二王女殿下襲撃事件の時よりもっと働いた…」
 「そうだね…若干の空回り感が否めないけどね…」

 サミュエルはオリヴィアの自室のソファーに一人座り、足元でころころと転がっているブラック家の愛犬、ミルクが産んだ仔犬達を愛でる。

 「ていうか、王城の方がそんなにバタバタしてるならサムはここに居ていいの?」
 「う~ん、よくはないけど…でもまぁ、結局忙しいのは父と一番上の兄だから、僕は別にいいかなって」
 「あ~~~…私も特別休暇これが終わったらまた忙しくなるなぁ…やだ~~~…」
 「え?オリヴィア昇格するんだっけ?」
 「ううん~~そうじゃなくて、ダンとの婚約は解消したから、また入婿探さなきゃ…第二子以下で、超有能で、私が騎士を続けても文句なくて、浮気もしなくて、私のこのオフの姿を呪い状態だと言わない人…」
 「…随分条件増えたね…っていうか、最後のは?呪い状態?」
 「パパが言うのよ…私のこれは呪われている状態なんだって。最近女神によく祈ってる」
 「あはは…」

 どこまで本気なのか分からないオリヴィアに、サミュエルは笑う。
 そして暫くそわそわとミルクの耳を無心にわしゃわしゃと撫でくりまわしていたが、突然ガバッ!と立ち上がると、早足でつかつかとオリヴィアの寝転がるベッドのふちまで進むとおもむろに跪く。

 「…え、なに?」
 「オリヴィア!!!」
 「はい」

 相変わらず寝転んだままのオリヴィアの目に、顔を真っ赤に染めたサミュエルの姿が写る。

 「僕は第三子だ!」
 「そうだね」
 「僕は有能だと思う!今回はちょっとあれだったけど…王族として最高峰の教育を受けてきた!」
 「うん」
 「騎士として働く君は素敵だと思う!ゆくゆくは隊長…は多分君の事だから面倒で引き受けないと思うけど、このまま活躍して欲しい!」
 「ありがとう」
 「僕は絶対浮気しない!その証拠に、未だに8つの頃からの初恋を拗らせ続けている!よそ見は一切していない!」
 「あ、そうなんだ」
 「それから…それから、オンオフをきっちり分ける君の姿勢もどちらかと言うと好印象だ!僕も家ではゆっくり寛ぎたい!!」
 「へー」
 「…君のその気だるげなパジャマ状態も、実はちょっと背徳感があってす、好きだ」
 「ごめん。あんたの性癖曲げてるとは思わなかった」
 「あっ!ち、違くて!!それは違くて…えーと、そう!オフ状態も、飾らないありのままの君だから好きなんだ!」
 「…へぇ」

 突然ベラベラとよく分からない性癖暴露をし始めたサミュエルをオリヴィアは訝しげに見つめる。オリヴィアがベッドの上で上半身を起こし、気持ち捲れ上がったパジャマの裾を直し出した事に気づいたサミュエルは慌てて取り繕う。
 そして、起き上がったオリヴィアの手をそっと取る。今まで寝ていたオリヴィアの手は温かく、サミュエルの手は少し汗ばんでいた。

 「オリヴィア・ブラック!僕を君のお婿さんにしてもらえないだろうか!!」
 「………は?」

 既に赤かった顔を更に染め上げて、サミュエルはオリヴィアの瞳を真っ直ぐに見つめる。

 「ずっと…出会った頃からずっと君のことが大好きだった。僕はもうずっと前から君のお婿さんになりたかったのに、オリヴィア、君がある日突然婚約者を決めてしまった時の僕のショックが分かる?」
 「え…え!?だって、サムは王位継承権のある王族で…」
 「王位継承権って言ったって、第四位だよ。しかも父が王位を継いだ今、王太子である兄の子供達の継承順位の方が繰り上がるから…僕の継承順位は高くて第七位。知ってた?第七位以下は王族であっても自由に結婚出来るんだ。勿論、入婿も可!」
 「そ、そうなんだ…」
 「どう?僕ってとっても、君の婚約者の条件にぴったりはまらない?」
 「え?あ、うん…え!?」
 「…」
 「……」
 「………っ」

 まるで「待て」をされている犬のように、キラキラと期待に瞳を輝かせじっと見つめてくるサミュエル。そんな彼の姿にオリヴィアもうっかりわしゃわしゃとその頭を撫でてしまいそうになるが手を伸ばしかけたところでハッとなる。
 オフでお休みモードだったオリヴィアの脳にゆっくりと、サミュエルの言葉が意味を成して浸透してゆく。

 「あ、の…」
 「うん。なぁに?オリヴィア」

 そっと包んでくる大きな手に、柔らかくて撫で心地の良い髪に、優しさがにじんだようなキラキラした瞳に、鼓膜をゆっくりと揺らす声に、オリヴィアだけを見つめる熱のこもった眼差しに、そんなサミュエルの全てに気づいてオリヴィアの頬が微かに色づく。
 トットットッ、とリラックスしきっていたオリヴィアの心臓がにわかに騒ぎ出す。真っ赤なオリヴィアの頬にとっくに気づいているだろうに、それでも急かさずじっと待つサミュエル。それがまた擽ったくて、オリヴィアは慌てて口を開く。

 「そ、それっ…!その返事!に、二度寝の後でも、いいっ!?」



 さて、孫バカの前国王陛下が早速隠居後の目標をすぐに叶えられたのかどうかは、また別の話。

 fin
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