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思い出づくりーー随分含みのある言い回しで引っ掛かる。しかし意図を尋ねても部長は答えないだろう。物を必要以上に弄る時、部長はいつも迷っているから。
「お昼はどうしましょうか? 軽く食べます? それともフレンチトーストを食べに行きましょうか?」
駅前にフレンチトーストが美味しいカフェがあり、部長の好物なのだ。部長はこう見えて甘い物に目がない。
「食事は買い物の後でいい。目当ての品が売り切れたら大変だ」
私が拗ねるのをやめると部長もキーホルダーから手を離す。ついでに座り直した。密着していた太腿がほんのり温かい。
「店内はかなり混雑していると思うので、部長は外で待っていてくれて構いませんよ」
「それだと買い物に付き合っていると言えなくない? 僕も入店する」
「ですが、人混みは苦手って」
「いいんだ、今日は特別だから」
私服効果なのか、部長の笑みが柔らかい。険がなく少年っぽくもあり、つられて微笑むとますます穏やかに目尻へシワを寄せていく。
「この間、ハロウィンだなと思ったが、もうクリスマスなのか」
部長も街の様子に同じ感想を言う。別々の部署で働いていても、体感時間が一緒と感じられれば寂しくない。
「そうですね、一年があっと言う間です」
「確かに」
「って毎年、一年は早いとか言ってません? 私、来年も言いそうです」
「……あぁ、そうかも、な」
クリスマスの話を部長とするのは気まずいけれど、あれからポーカーフェイスで相槌を打てるくらいの歳月を経てもいた。
きっと部長は例のクリスマスのことなど覚えてないが、それでいい。
■
それから熾烈な『ねぇかわ』グッズの争奪戦に参戦し、戦利品を抱えてカフェへやってきた。
「ーーっ、ぷっ」
部長は物理的に人に揉まれた経験など無かったのであろう。若干、放心状態でグラスを持つ。
いつものスマートで完璧と掛け離れたヨレヨレな姿を笑ってはいけない、そう噛み締めるも堪え切れない。
「ぷ、くくっーー」
「ねぇ、いっそ大声で笑ってくれた方が清々しいよ」
「っ、でも、ふふっ」
はしたなくテーブルまで揺らしてしまう。
「いいさ、好きなだけ笑いなさい」
今日は午前中のうちにフレンチトーストは完売したそう。代わりにチーズケーキを注文したが口に合わないのか、部長の手は進んでいなかった。
「ほら、あまり食いしばると唇に傷がつくぞ。君をこんなにも笑顔に出来たなら本望だ。次に君が落ち込んだ時は満員電車にでも乗るか?」
部長は頬杖をつき、肩を震わす私を眺める。
「え、まさか私を励まそうとポップアップストアへ連れて行ってくれたんです?」
「そのつもりだけど? 一体なんだと思ってた?」
「息抜きと書いてあったので」
この返しに部長がハッとし、首を横に振った。
「励ましてやるから出掛けようって誘う程、僕を恩着せがましい男と思ってるの?」
「恩着せがましいなんてとんでもない! 部長はどちらかと言えばドライで、私に同情しないと思ってました」
「同情はしないが心配はするさ、だって君はーー部下だったんだ。はぁ、もういい、それで? 欲しかった商品は買えた?」
「あっ、はい! お陰様で全部入手出来ましたよ! 見ます?」
「いや、いい」
私は大きな紙袋を探り、購入品の紹介を始めようところ、ストップがかかる。他の席からも『ねぇかわ』の話題が聞こえるので場違いにはならないはずだけど。
部長用を一つ用意してあり、励まそうとしてくれたお礼で是非渡したい。
「それより君に言いたいことがある」
山猫グッズを見て貰えないのは残念なものの、話があるそうなので姿勢を正す。
「実は昨日のコンペの件、僕なりに改善策を考えてきたんだ。見てみてくれないか?」
「コンペ……」
現実へ引き戻すワードを繰り返す。途端にふわふわ浮つく気持ちや、輝いて映っていた周囲の光景が真っ黒に塗り潰される。
「私、アドバイスは要らないと言いましたよね?」
「僕等は今現在、社内恋愛をしている設定でしょ? 恋人の仕事を手伝ってもいいだろう? たぶん次回のコンペ結果は重要視される。僕は君に結果を残して貰いたい」
早口の部長。うっかり私等の関係性を設定と認めてしまって、承知していたとは言えどショックを受けた。
結局、部長は元部下に良い成績を残させたいの? 私の成功イコール部長の功績となるから? ポップアップストアはオマケで、本題はこちら?
酷い疑問が頭の中をグルグル回る。
「これだ、どうかな?」
部長はバッグから企画書を取り出して、机上へ広げた。資料室で流し読みをしただけなのに私が提案したい事柄を汲み取り、分かり易く言語化してある。
一夜で仕上げであろう企画書に私が介入する隙間など見当たらない。それはつまり完璧、私など居なくてもいいって意味だ。
「岡崎?」
部長らしくないが、朝霧君が昇進して焦っているのかもしれない。
「いえーー何でもありません。お忙しい中、私の為にありがとうございます」
「礼など要らないよ。参考にしてくれたらいい」
胸を撫で下ろす様子に私は笑顔を必死で保つ。彼はなにも私が憎くてこんな仕打ちを仕掛けてくるのではないと言い聞かす。
「お昼はどうしましょうか? 軽く食べます? それともフレンチトーストを食べに行きましょうか?」
駅前にフレンチトーストが美味しいカフェがあり、部長の好物なのだ。部長はこう見えて甘い物に目がない。
「食事は買い物の後でいい。目当ての品が売り切れたら大変だ」
私が拗ねるのをやめると部長もキーホルダーから手を離す。ついでに座り直した。密着していた太腿がほんのり温かい。
「店内はかなり混雑していると思うので、部長は外で待っていてくれて構いませんよ」
「それだと買い物に付き合っていると言えなくない? 僕も入店する」
「ですが、人混みは苦手って」
「いいんだ、今日は特別だから」
私服効果なのか、部長の笑みが柔らかい。険がなく少年っぽくもあり、つられて微笑むとますます穏やかに目尻へシワを寄せていく。
「この間、ハロウィンだなと思ったが、もうクリスマスなのか」
部長も街の様子に同じ感想を言う。別々の部署で働いていても、体感時間が一緒と感じられれば寂しくない。
「そうですね、一年があっと言う間です」
「確かに」
「って毎年、一年は早いとか言ってません? 私、来年も言いそうです」
「……あぁ、そうかも、な」
クリスマスの話を部長とするのは気まずいけれど、あれからポーカーフェイスで相槌を打てるくらいの歳月を経てもいた。
きっと部長は例のクリスマスのことなど覚えてないが、それでいい。
■
それから熾烈な『ねぇかわ』グッズの争奪戦に参戦し、戦利品を抱えてカフェへやってきた。
「ーーっ、ぷっ」
部長は物理的に人に揉まれた経験など無かったのであろう。若干、放心状態でグラスを持つ。
いつものスマートで完璧と掛け離れたヨレヨレな姿を笑ってはいけない、そう噛み締めるも堪え切れない。
「ぷ、くくっーー」
「ねぇ、いっそ大声で笑ってくれた方が清々しいよ」
「っ、でも、ふふっ」
はしたなくテーブルまで揺らしてしまう。
「いいさ、好きなだけ笑いなさい」
今日は午前中のうちにフレンチトーストは完売したそう。代わりにチーズケーキを注文したが口に合わないのか、部長の手は進んでいなかった。
「ほら、あまり食いしばると唇に傷がつくぞ。君をこんなにも笑顔に出来たなら本望だ。次に君が落ち込んだ時は満員電車にでも乗るか?」
部長は頬杖をつき、肩を震わす私を眺める。
「え、まさか私を励まそうとポップアップストアへ連れて行ってくれたんです?」
「そのつもりだけど? 一体なんだと思ってた?」
「息抜きと書いてあったので」
この返しに部長がハッとし、首を横に振った。
「励ましてやるから出掛けようって誘う程、僕を恩着せがましい男と思ってるの?」
「恩着せがましいなんてとんでもない! 部長はどちらかと言えばドライで、私に同情しないと思ってました」
「同情はしないが心配はするさ、だって君はーー部下だったんだ。はぁ、もういい、それで? 欲しかった商品は買えた?」
「あっ、はい! お陰様で全部入手出来ましたよ! 見ます?」
「いや、いい」
私は大きな紙袋を探り、購入品の紹介を始めようところ、ストップがかかる。他の席からも『ねぇかわ』の話題が聞こえるので場違いにはならないはずだけど。
部長用を一つ用意してあり、励まそうとしてくれたお礼で是非渡したい。
「それより君に言いたいことがある」
山猫グッズを見て貰えないのは残念なものの、話があるそうなので姿勢を正す。
「実は昨日のコンペの件、僕なりに改善策を考えてきたんだ。見てみてくれないか?」
「コンペ……」
現実へ引き戻すワードを繰り返す。途端にふわふわ浮つく気持ちや、輝いて映っていた周囲の光景が真っ黒に塗り潰される。
「私、アドバイスは要らないと言いましたよね?」
「僕等は今現在、社内恋愛をしている設定でしょ? 恋人の仕事を手伝ってもいいだろう? たぶん次回のコンペ結果は重要視される。僕は君に結果を残して貰いたい」
早口の部長。うっかり私等の関係性を設定と認めてしまって、承知していたとは言えどショックを受けた。
結局、部長は元部下に良い成績を残させたいの? 私の成功イコール部長の功績となるから? ポップアップストアはオマケで、本題はこちら?
酷い疑問が頭の中をグルグル回る。
「これだ、どうかな?」
部長はバッグから企画書を取り出して、机上へ広げた。資料室で流し読みをしただけなのに私が提案したい事柄を汲み取り、分かり易く言語化してある。
一夜で仕上げであろう企画書に私が介入する隙間など見当たらない。それはつまり完璧、私など居なくてもいいって意味だ。
「岡崎?」
部長らしくないが、朝霧君が昇進して焦っているのかもしれない。
「いえーー何でもありません。お忙しい中、私の為にありがとうございます」
「礼など要らないよ。参考にしてくれたらいい」
胸を撫で下ろす様子に私は笑顔を必死で保つ。彼はなにも私が憎くてこんな仕打ちを仕掛けてくるのではないと言い聞かす。
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