聖女の蜜闇ー優しい仮面を剥がされて

八千古嶋コノチカ

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画家と新妻

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 秀人と立花は馬があったのだろう。立花が席を移してきて会話を弾ませる。
 せっかくの時間へ割り込まれ残念な気分になるが、優子は不満を飲み込む。彼等の話に入らず、お行儀よく敬吾の絵を眺めた。

 立花はあぁ言ったけれど、優子は敬吾の絵に惹かれる部分があり、見るものを引き込む魅力を感じる。何をもって敬吾が失敗作なのか、むしろ自分が失敗作ではないか。徳増という同じ師を持ちながら優子には秀でた才がない。敬吾ほどとはいかないまでも、優子も何かに取り組んでみたくなる。

(わたしも変わりたい)

 少しずつでも前向きになりたい、そんな意思が芽生えた。それを祝福するよう果実がごろごろと入った紅茶が優子の前に置かれる。

「君ぐらいの子が好んで飲んでいるよ。いかにも女の子が好きな見た目だ」

「かわいいです。それにーー美味しい!」

 徳増が淹れるハーブティーはもちろん美味しいが、この紅茶の人工的な甘さが優子にとって新しい。

「気に入ったなら家でも飲めるように手配しようか?」

「それはいい。お茶汲み係に暇を出せるぞ」


「おや、暁月家は使用人を雇う余裕がないのかい?」

「まさか! 新婚生活に引っ付いてきた使用人が1人居るんでね。厄介払いする理由を探してるんだ」

「ははぁ、例の家庭教師にお茶汲みさせる方が驚きなんだけど。いやそれ以前に嫁ぎ先に徳増を連れていくなんて、君は見かけによらず心臓が強い」

 立花の感心した声は心からそう思っている節が伝わった。

「お茶の作り方は教えて頂かなくていいです。また味わいたくなったら秀人様に連れてきて貰います」

「図々しいな、連れてきてやるとは言ってない。勝手に話を進めるな」

「……でしたら諦めます」

「はー、あのな、諦めろと言ったんじゃないだろうが」

「いいんです、諦めます」

 優子は徳増についての話題を避け、打ち切ってしまう。徳増を詮索されるくらいならば、このお茶を飲めなくなる方がいい。みなが聞き耳を立てられている中で徳増との関係を否定しても逆効果だ。

「俺は徳増が君の愛人だとは思ってないから安心しなよ」

「立花様!」

「まぁまぁ怒らないで、怒らないで。徳増が自分の作品に手をつけるはずがないって話だから」

「お前はあの男に詳しいのか? 俺はあいつがこれまで何をして、どう生きてきたのか知らされていない。妻に聞いても無駄だしな」

 結局、話題が徳増へ戻ってきた。聞いても無駄と含みのある言い回しをされ、優子が唇を噛む。

「素性が分からないやつを側に置いておくのは気味が悪い。立花、知っていることがあれば教えてくれ」
 
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