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迷わない、迷えない

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 無論、立花にとって似顔絵を描くなど造作もない。ことに人物画に定評があり、立花の描く女性が丸井家へ多額の金をもたらしてきた。

「緊張してる? 有名画家に似顔絵を描かせるなんて」

「緊張じゃなく、描けるか心許ないんじゃないか? 優子を描いたと言うんで来てみたが、あれは全く似てなかったぞ」

「とか文句つけながらも確かめずに居られなくて、なんなら描き直させようとしたくせに。はい、優子ちゃん、ひばりはどんな顔をしてる? 教えてよ」

 優子は喉元に手をやり、張り付く声を解そうとする。けれど出てこない。

「徳増がどうなるか心配してるんだ?」

 立花の言う通りである。図星をつかれ、優子がますます黙り込む。これには秀人は踏ん反り返った。

「あーはいはい、お優しい事だな! 俺は徳増を取っ捕まえても殺したりしないから安心しろ。こっちは人殺しになるのはごめんだよ」

 秀人にしてみれば徳増に危害を加えないとは言えず、殺さない程度の制裁を受けさせたいという意味で、よもや優子を追い詰めるとは予想外だろう。

 立花まで重く口を閉ざすと、秀人は傾げた。

「お前達、俺が徳増を殺しかねないって顔してるよな。いいか、よく聞け? 俺は今日まで卑怯な真似をしてこなかったとは言わないが、人を殺めてまで自分の欲求を満たさない」

 高らかに宣言さなくても至極真っ当な言い分で、秀人に曇りがない。立花が拍手を贈るとその乾いた音で優子は頬を殴打される。

「力強い演説をどうも。優子ちゃん、暁月は徳増を殺さないって。これで心置きなくひばりの容姿を言える?」

「……ひばりはわたしと同じくらいの年齢で」

 優子は目を閉じ、伝え始めた。塞き止めたひばりの姿形がするする言葉へ変換されていく。ひばりの件を喋らないと別のものが堪えられなくなりそう。

 そして、短時間で立花がひばりを描き終えた。表から酒井が帰ってきた気配もし、優子は深く、深く息を吐いたのだった。

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