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失った初恋

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「うるせーな、忘れ物取りに来ただけだって何度も言わせるなよ」

 荒々しくドアが開けられた。目一杯身体を折り畳み、息を潜める。

「浅見さんを泣かせたの怒ってるでしょ? 言っとくけど勝手に泣いたんだからね。あたし、何も意地悪してない」

「あいつを泣かせたのは俺だろ」

 涼くんが机を漁る音をさせながら平坦な口調で返す。目的のものが見当たらないのか、ガタガタ揺らし始めた。

「何を忘れたの? 早く練習にも戻らないと怒られるよ?」

「先生に怒られたくなきゃ付いてくるなって。薬だよ、薬」

「薬? 風邪でも引いたの?」

「そんなところ。やっぱケースとかに入れておかねぇと失くすか」

 何の薬だろう? わたしは微かに漂う甘い香りを察知し、涼くんの体調を伺う。と、足元に銀色の包みが落ちていたのに気が付く。

 それをそっと拾い上げ、息を飲む。わたしと服用している薬だったのだ。

「諦めるしかないなーーって高橋、ひっつくなよ!」

「えー、いいじゃん。あたし等、付き合ってるんだもん。涼君の背中、大きいー」

「付き合わないと桜子の秘密をバラすって脅したくせによく言えるな。強制的に彼氏にして嬉しいか?」

 わたしの秘密をバラす? 涼くんを脅す? 不穏なやりとりに包み紙を握る手に力がこもる。

「うん、嬉しいよ。みんなが憧れる涼君を彼氏に出来るんだもの。嫌々でも付き合ってるうち、あたしを好きになるかもしれないじゃん? そうだ、ここでキスしようよ!」

「はぁ?」

 高橋さんに後ろめたさは全く感じられない。逆にわたしの方が鼓動を乱され、パキッと包み紙が折れた。

「良いのかなぁ? 浅見さんがあたしの首を噛んだのを話しちゃうよ? 今朝はその部分を消毒して貰う感じでキスマークつけてくれるだけだったけど、物足りないなぁ?」

 吐き気をもよおして肩口を噛む。この吐き気、覚えがあるーー高橋さんと言い合いになった後に見た夢だ。
 鬼姫が同性の血を吐いていた景色、あれは夢じゃなかったのかもしれない。あの時、高橋さんの首を噛みたい衝動にかられた所までの記憶しかないが、実際に噛み付いた?

「キスして、涼君」

 命令じみた言い方をする高橋さん。

「ーーはぁ。目、閉じろよ。んなギラギラされるとやりにくい」

「うん!」

 まさか言われるがままキスしちゃうの? 信じられなくて教壇から顔を出す。すると涼君がこちらに意識を向け一瞬驚くも、背伸びする高橋さんをくるりと回して顔を近付けていった。

 2人の唇が重なったかどうか確認できない絶妙な角度。たった数秒の仕草がとても長く感じられた。

「ん。ありがとう、涼君。大好き!」

 わたしへ背を向けた高橋さんが涼君に抱き付く。

「満足したならさっさと戻るぞ。先に行ってろ。俺は薬をもう少し探す」

「分かった! 早く来てね」

 キスして満足したのか、素直に涼くんの言う事を聞いている。背後で打ちひしがれるわたしに気付かず、ご機嫌な足音で去っていった。
 わたしだって一刻でも早くこの場から離れたいが、突き付けられた現実は逃してくれない。

「高橋さんに脅されてるって、どういう事?」

 高橋さんが居なくなるや、すぐ問い詰めた。這って出てくるわたしを涼くんは鼻で笑う。

「盗み見するのが趣味なのか? 変態」

 茶化して事を荒立てない言い回しをされる。

「そんなはずないじゃない! 高橋さんに脅されて付き合ってるの?」

「桜子には関係ない」

「関係あるよ! わたしのせいだよね?」

「大きな声出すなよ。キスくらい大した事じゃねぇ、高橋もそのうち飽きるだろ。俺がつまらない奴って分かるまでの我慢だ」

 涼くんは至って冷静だ。わたしは拳で床を叩きたいくらいなのに。浅く呼吸をして熱された怒りを散らす。

「涼くんはつまらなくなんかない! わたし、涼くんと高橋さんが付き合うのにこんな条件があると知っていたら……」

「知ってたら?」

 さっと距離をつめ、涼くんが正面へ屈む。意地悪で挑発的な顔でこちらを見る。

「高橋にお前の秘密をバラすって脅され、仕方なく付き合う事にしたって話せば、俺を慰めてくれる訳?」

 くすぶる吐き気が甘い香りで紛れる。涼くんの香りは四鬼さんや柊先生と違う。優しくて、それでいて切ない。

「慰めるって何? わたしが原因で高橋さんと付き合うなんておかしい。自分を大切にして」

「俺はこんな風にしかお前を守ってやれない。なぁ、申し訳ないと思うなら慰めろてみよ」

 髪を耳にかけ、輪郭を撫でてくる。それから唇へ指をそわし、慰めの意味とやらを伝えられた。
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