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側にいられない

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「……ここは?」

 目を覚ますと傍らでは四鬼さんがうたた寝していた。

「桜子ちゃん? あぁ、起きたんだね!」

 四鬼さんはわたしの呟きに飛び起き、手を握ってくる。針が刺さった自分の腕をみ、ここが病室であるのを理解した。

「わたし、どうしたんでしょうか?」

「あれから昏睡状態になってしまって、病院へ運び込まれたんだ」

「四鬼さんがずっと付き添ってくれた?」

「実はご両親に頼み込んでさ、側に居させて貰った。ちょっと柊にーー」

 携帯電話を取り出す四鬼さんを止める。

「桜子ちゃん?」

 身体をゆっくり起こす。纏わりついて離れなかった倦怠感が失せ、どこも傷まない。

「涼くんの血を使ったんですね?」

 そして、怒りが込み上げた。

「そ、それは」

「どうしてですか? わたし何度も嫌だって言ったじゃないかですか!」

「彼の力を借りなければ君を助けられなかったんだ」

「酷い、酷いです! わたしはどうなっても良いのに!」

「馬鹿を言うな! どうなってもいいはずないだろ!」

 声を荒げ抗議すると、怒鳴り返されてしまう。四鬼さんの怒鳴り声を聞き付け、扉が慌てて開かれる。

「千秋様、落ち着いて。起き抜けで混乱する浅見さんを興奮させてはいけませんよ。あと時間も考慮して下さい」

 白衣姿の柊先生がやってきて、深夜を刻む腕時計を翳した。先生は四鬼さんの肩を撫で、わたしに人指指を立てる。

「浅見さんのお怒りは承知してます。しかしながら、あの状態を放ってはおけませんでした」

「鬼姫に死なれては困りますもんね?」

「だから!」

「しっ、もう千秋様は一旦外に出て下さい。ここは私が説明しましょう」

 先生の提案に四鬼さんは無言で出ていく。それでも去り際、わたしの手を優しく撫でて指輪が淋しげに光っていた。

「千秋様はまともに寝てらっしゃらないので無礼は許してあげて下さい。眠り姫の甘い包容を期待していたんでしょうが、やはりこうなりますよね」

 わざとらしく両手を掲げ、ベッドの隅に腰掛ける。やはり反省の色は伝わらない。なんなら医師として当たり前の処置をしたまでと開き直る。

「ふざけないで下さい」

「夏目君の血の効果は素晴らしい。肉体だけでなく理性もきちんと回復していますね」

「涼くんを巻き込みたくないって話したはずです! 鬼になったら、最悪死んでしまったら取り返しがつかないんです! なのに!」

 理性という罪悪感で胸が痛い。

「心配しなくとも夏目君は無事ですよ」

「そういう事を言ってるんじゃーー」

 食い下がるわたしに先生が1枚の書面を差し出す。

「夏目君には同意を得てます。浅見さんに血を分け与えるリスクをきちんとお話した上、署名を頂きました」

「同意って……涼くんに話したんですか?」

「はい」

 あっさり認めるので拍子抜けする。

「私達の秘密を口外した場合どうなるかも合わせて説明しました」

「バラしたらどうなるんです?」

「私の口からは穏やかな結末ではない、とだけ。彼も自分の血の事が知れて良かったのではないでしょうか?」

「そ、そんなの知らない方がいいに決まってます」

 これまで普通に暮らしてきて、実は血を飲む鬼になるかもしれないと告げられた心中は察して余る。
 悔しい。シーツを握り、しわにする。

「涼くんはこんなファンタジーな事を信じたんですか?」

「それはご自分で確かめてみては? それから夏目君ばかりにかまけていないで、千秋様の様子も見てあげてくれませんか? あの方は当主に土下座までして、夏目君への秘密の口外を願い出たのですから」

「四鬼さんが土下座?」

「無論、千秋様自身の血を与える方法を取ろうとしてましたよ。しかし、あの状態では夏目君の血が適していた。あなたが助かるならばと大嫌いな相手に膝をつき、恋敵には頭を下げる男の心は如何ほどか?」

 この書面作成には四鬼さんの父親である当主が関わっているそうだ。他者へ鬼の存在を口外するというのは一族全体に関わり、四鬼さん達だけで判断がつけられないみたい。

「鬼の血が全く入っていない相手であれば当主は許可をしなかった。許可がおりないていう事はーーみなまで言わなくとも分かりますよね?」 

 わたしは死んでいたかもしれない。

「一族は鬼姫が居なくともそれなりにはやってはいけるのです」

 であれば尚更、涼くんを巻き込んでいい理由はない。
 黙るわたしに柊先生はそっと頭へ手を乗せてきた。

「罰は私が受けましょう。ただ千秋様は許してあげてくれませんか? きっと今頃、屋上で泣いていますよ」
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