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五章

広がれ、バトルコックの輪!

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 私達は意気揚々とお土産を持って酒場に赴きました。しかし入り口で仁王立ちで待っていたゲンさんに少しだけ怒られてしまいます。
 ですが手土産の加工肉とスープとその効能もあってかさっきまでのお怒りモードは和らぎ、すっかり上機嫌モードになった料理人たちに囲まれて、なんとか事なきを得ることに成功しました。ウサギ肉だけで許してもらえるなんて実にチョロいですね。

 それとは別にBBQの度にいちいち騒がれるのも面倒になって来ましたので、バトルコックの有用性について色々とバラしておきましょうか。
 何故か調理場で酒盛りを始めてしまった料理人達からゲンさんを攫い、個室でネタバラシを始めます。
 ローズさんは調理場から一歩も動いてくれませんでしたよ。友達甲斐のない。ぐすん。


「それで、話ってなんだ?」


 ゲンさんは話を聞きたそうでありながらもどこか上の空です。
 さっさと要件を終わらせて早く加工肉を調理したくて心ここに在らずといった感じでしょうか?


「いえ、実はですね。ゲンさんもバトルコックになってみませんか?  というお誘いをしたくてこのお部屋をお借りしました」
「!」
「前回や今回の件を踏まえても、私達の行動が料理クランへ多大なご迷惑をおかけしていると思われます。
 BBQの件程ではないにしても在庫不足が懸念されます。
 なにせ品切れの際は体調次第ではログインもままならない私待ち。それを考慮しても在庫の管理が難しい、ままならない事もおありでしょう?」
「ああ、確かにそうだが……良いのか?  そういうのは秘匿情報として持っていた方がこの先有利になると踏んでのあの契約だと思ったんだが?」
「実は私達は別段秘密にしておく必要もないんですよ。ただ公開するにしても検証不足と言いますか、確定情報ではないのでどう扱っていいか迷っていたのです。
 それと紹介前にココちゃんに何をどう言われたかは知りませんし、追求もしません。
 私は現在人待ちしている状態でして、その人が来るまでの間に遊んでいるだけなのです。
 ですのであまり悪目立ちするのは不本意といいますか……まぁそれで今回を機に料理クランの皆様が自発的にお肉を自給自足していただけないか?  という提案を持ちかけました。
 これによって今後私達を待たずとも料理クランである程度は賄って行ける、という提案です」
「ふむ。確かにもっともな提案だ。だがそれを呑む前にこちらからも条件がある」


 そう言ってゲンさんの出した条件に頷き、その日はログアウトするまでお話をし続けました。
 その条件が一つどころではなかったのは置いておいて、結局はなぜ炊き出しじみた真似をしているのか事情を知りたい、から始まり。バトルコックについてあれこれと質問されて答えているうちにログアウト時間になってしまっただけですけどね。

 ◇

 1時間の休憩時間を挟んで再度ログインする前に、所用を済ませてしまいますか。
 琴子ちゃんには今日は体調が良いことをメモで残し、昼食を用意。
 次にログアウトするのは16、17時なのでお出汁だけ取っておきましょうか。

 前回はそれすらできませんでしたからね。カツオ出汁といりこ出汁で迷いましたが気分的にカツオで。
 そういえばどちらもお魚ですよね。
 和と言えばお肉よりもお魚を食べているイメージが強いですね。
 どうしてでしょうか?
 彼の好物がそちらに寄っているからでしょうか?

 何はともあれ準備はできました。
 早速ログインしてしまいましょう。


 ◇


「お、リアさん遅い出勤ですね?」


 酒場に行くとローズさんが出迎えてくれました。
 そういうあなたは随分と早いログインですね?  口の周りに食べかすをつけたままで出待ちをしないでいただきたいものですけど。


「おう、今日はビシバシとゲンのやつに稽古をつけてやってくれや。料理は俺に任せな!」


 続いてコンロ型魔導具をアイテムバッグへ詰めているシグルドさん。


「今日はよろしく頼むよ」


 最後に種族リセットでヒューマンLV1に下がり、バトルコック一年生になったゲンさんが出迎えてくれました。
 ビルドを聞くと知力と体力に半々だそうです。
 はじめの方は体力もある程度ないとバッグがすぐにいっぱいになってしまいますから大変ですもんね。
 そして知力は塩コショウなどの魔法使用回数と最大MP=タコ糸の長さに関与してくるのでこちらも大事です。

 まずはログイン直後の私の満腹値を満たしながらタコ糸の扱いについて指導しました。
 このゲームではヒューマンに限らずログイン直後は満腹値が60%から始まる仕様です。
 あえて100%にしておく必要はありませんが、20%を切った時の空腹、10%を切った時の衰弱の状態異常(バッドステータス)が怖いので食料を持って行くか先に食べておくのがここでの基本。

 それとタコ糸を扱うのはセンス以外の何物でもないですからね。
 ここら辺はスキルサポートが一切ないのである意味邪道な使い方。
 ですがこれに頼らなければただでさえ寄生枠である上に経験値泥棒、素材泥棒になってしまうので必須項目ではあります。

 私は手のひらである程度の動きを教えつつ、昨日提供したお肉を調理してもらっていただいていました。
 焼いただけのお肉よりも幾分かは食べやすくなっています。やはりこういうのはプロに扱ってもらった方が良いですね。素人が扱うには些かワイルドな味付けになってしまいますから。

「ゲンさんはだいぶ筋が良いみたいですね」
「だがユミリアさんみたいに鋭く捌く自信はないぞ?」
「こればかりは回数によって慣れる事が必須ですから。その前にホワイトラビットの構造について図にして表しましょう」

 羊皮紙に羽ペンでカキカキと記しておき、重要ポイントの器官を記し、魔眼対策の瞼の強制シャットアウト術と色々と仕込みます。うまく伝わっている自信はありません。だってずっと難しい顔していましたから。

 ここまで教えたら後は実践あるのみです。
 ゲンさんがボソッと「こりゃ人気が出ないはずだわ」と漏らしていましたが知ったこっちゃありません。

 それとバトルコックのジョブがLV1の状態では案の定調味料のスキル化はできない模様でした。

 そのトリック解明の為にも彼のアイテムバッグには指定の調味料があらかじめ入れられています。
 ですのですぐにいっぱいになることはありませんが、コツを掴む為にウサギで練習する必要がある=素材を消費するための料理人が必要になる。という事ですシグルドさんに来て貰えるか交渉したら二つ返事で了承してもらえました。
 なんでも噂になっているBBQに参加できると聞いて何やら悪い顔をされていました。ローズさんなんて今から楽しみなのか早く行こうよってはしゃいでましたし。

 ……今日の主役はゲンさんですのに、彼女ったら、すっかり食べる事に夢中なようですね。その光景にシグルドさんは笑い、ゲンさんは困ったようにして苦笑いを浮かべていました。

 ◇


「それじゃあ、あの個体を狙って行きますね。それっ」


 場所は変わって草原フィールド朝。
 今の時間は人混みが少ないと聞きましたが、噂とは信用ならないものです。
 シグルドさんに聞いたら私達の人物像が出回っているらしく、目撃したら金一封なんて何処からか依頼されているようでした。なんでしょうか、まるで珍獣にでもなった気分ですよ。
 なので今回の見物客はそれなりに多い状態でスタート。
 冒険者の中には料理クランと対立しているという噂があったらしく、私達が一緒に行動しているのがさぞ不思議でならないという声がチラホラ聞こえてきます。そんな事ないですよ?  ただ情報を持って行く優先度が最後なだけで仲はいいはずです……ですよね?


「はい、終了です」


 だいたい討伐時間は5分ぐらいですね。
 ずるりとアイテムバッグから加工済みのウサギ肉を取り出してシグルドさんが待機しているテーブルの上に載せます。
 別に見せつける必要はないんですが、こういうのはちゃんと加工できたかが大切なので、ちょっとしたパフォーマンスですね。
 シグルドさんがそれをその場で捌いて試食。


「うん、いつもの味だな。だがもう食い飽きちまった。ユミリアちゃん、昨日の漬けダレの方はどんな感じなんだ?」
「おい、シグ。今日は塩コショウをマスターする為に出向いてもらったんだが?」
「固い事言うなって。こうして消費してくれるギャラリーに答えてやるのもプロだろ?  塩コショウだけじゃ飽きちまう。なぁ、みんな!」
「「「そうだ!  その通り」」」
「そんなわがまま言う客は追い出しちまえ!」


 言われっぱなしでご立腹になってしまったゲンさんをなだめつつ、漬けダレのスキルを付与。対象をどす黒く変色させて、明らかに顔色に悪くなったホワイトラビットの様子を伺う事1分。
 急にその場でバタッと横向きに倒れると同時に光になってアイテムバッグへ入りました。

 そして今日何度となく繰り返されるであろうパフォーマンス。
 アイテムバッグから取り出してシグルドさんの待つテーブルに置く作業をします。


「お、こっちの方は処理が早いんだな。それでも漬かり具合は程よいと来ている。ゲン、これは急務だぞ?」


 調理をしながらも目で「さっさとマスターしちまえ」と言わんばかりのシグルドさんに「じゃあお前がやってみろ」と言わんばかりの表情で睨み返すゲンさん。
 まぁまぁ、最初はうまくいかないものですから。その結果が掲示板で悪く言われている原因ですし、ね?
 なんとか了承しつつも納得いかないと言う顔でゲンさんは狩猟へ向かいました。
 その合間に私は加工肉を調達してはテーブルに届ける作業を繰り返していきます。

 草原フィールドは朝から昼に変わる頃。
 顔ぶれは変わり、新たな腹ペコ冒険者が加わりました。
 今回は料理クランもいるのであまり無理は言ってきません。いつもは扇動しているだけのローズさんも一緒になって楽しんでますからね。
 まぁそこは別にいいです。

 そこでようやくゲンさんが一体討伐する事に成功しました。
 私と同じアイテムバッグから取り出すパフォーマンスをして見せて休憩に入ります。


「いや、これ結構しんどいわ。やってみて分かるがこんな苦労して手に入れてたものを安く買い叩いてたんだなって、少し気が滅入っているよ」


 苦労を経て分かち合う、と言いたいところですが私の場合、アイテムバッグがパンパンになるまでさして時間がかかってませんのでゲンさんほど苦労はしていないのですよね?
  でもそれを言うと台無しなので言いません。ここで一つアドバイスをしておきましょうか。


「おつかれ様です。どうですか、体験されてみて。このジョブはお肉の容量が大きくアイテムバッグを占有してしまうのもそうですが、加工に至るまで結構な時間を有してしまいます。それと効率ですが、あまり良くはありません。これが私が抱えてる秘密の一端です」
「ああ。確かにこれは広まっても誰もやらなそうだ。それにタコ糸で討伐できる事が知られたらイチャモンつけて来るやつが店に来るだろう」
「糸でMOBを討伐できるのは常識ではないのですか?  私はココちゃんからそう言うプレイヤーもいると聞いて可能性を見出したのですけど」


 それを聞いたゲンさんは一瞬黙りこくり、後頭部をガリガリ掻くと、そう言う奴もいたなと懐かしそうな雰囲気を醸し出しました。


「居るにはいたが、ソイツは常識を何処かにおいてきたようなヤツでな。真似をしようとは思わなかったんですっかり忘れちまってたよ」
「あいつには散々世話をかけさせられたよ」と言わんばかりの表情で昔話でも思い返すような顔で語り出します。


 結婚前の……数ヶ月前の記憶を思い出してみる。あれ?  私って世話……焼いてもらってましたっけ? うーん……エルフの時はお食事で多分お世話になったとは思うんですけど、ドライアドの時にお世話になってたのはほぼマリ……今で言うとローズさんですよね?
 その思い出、自分に都合のいいように改竄されてたりしませんか?
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