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3巻
3-2
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「それと彼女はアリエルと同じで訳ありです。まぁ、その詳しい内容は国が関わってくるので、あまり話せませんが」
少しの沈黙の後、お姉さんは両手を上げた。
「はいはい、わかったわよ! 王国に守られている君たちに逆らうなって話でしょ!」
薫は微笑みを浮かべた。
「わかってくれて助かります。ただ、あまり大きな声は出さないでくださいね」
これにて薫の圧勝でちょっとしたいざこざは幕を閉じた。
「なんて横暴な少年にゃ……もっと目上を敬ってほしいにゃ……」
何やら猫耳のお姉さんはぶつくさ愚痴をこぼしながらライセンスの準備を始めた。
お国言葉が出てきているあたり、相当感情的になっているようだ。受付としてのスタンスが保てなくなっている。
まぁ、薫と言い合いして、勝てる人の方が珍しいし、仕方ないな。
当の薫は、お姉さんの愚痴など聞こえていないように彼女を急かす。
「急ぎめでお願いできませんか?」
結局お姉さんは、エラールにFランクのライセンスを用意した。
実力より上にランクを詐称するのは犯罪だが、実力を誤魔化すために、下にランクを設定するのは罪に問われない。
この場合は、むしろ適正ランクのライセンスを渡さなかったということで、ステータスを確認した受付側の評価が下がるらしい。
だからこそ、彼女はエラールを高ランク冒険者にしたかったのだろうが……薫の圧の前に屈してしまったようだ。
それはともかく――
「お姉ちゃんとお揃い!」
エラールが喜ばしげにライセンスを掲げた。
「そうね、これから一緒に頑張るわよ?」
アリエルがエラールの頭を撫でる。
「うん!」
俺はエラールの笑顔と二人の温かいやり取りを見られたことに満足していた。
アリエルの前でしか素顔を出さないエラールのリアクションということもあって、喜びも一入だ。
委員長たちもニコニコしている。
これでこそ、みんなに笑顔でいてほしくて頑張っている甲斐があるというものだ。
俺が満足げに頷いていると、天性『スカウト』を持つ、水野義昭がやって来た。
「あ、その子も冒険者にするんだ?」
「水野!」
すっかり冒険者の装いが板についているな。
「今日の訓練は?」
「三上君たちに占領されちゃってね。オレたちに順番が回ってくるまで日を跨ぎそうだから、なんか依頼でもと思って、こっちに来た」
ちなみに、三上はうちのクラスでトップの戦闘能力を持っている男だ。
「王様もすごい力を入れているみたい。夏目さんの技術も褒め称えていたし」
水野の後ろから、クール系美女のクラスメイト――姫乃皐月が話に入ってきた。
最近は天性『アーチャー』を活用しながら、水野とコンビを組んで冒険者をしている。
俺たちが裏で暗躍するタイプなら、こいつらは表でグルストン王国の勇者として、その力を示してくれている側だ。
アリエルが襲来してきた時に、手下のドラゴンを葬っていたので、二人の実力は国から認められている。
ただし、実力が高すぎて敵が全部吹っ飛んでしまうため、討伐部位を持ち帰れないという理由から彼らのランクはBと伸び悩み中。
ステータスが強大すぎるのも困りものらしい。
そんな話を聞くと、なおのことエラールをSランクで登録しなくてよかったという気になった。
もしSランクで登録したら、無駄に期待だけかけられて、討伐部位の持ち帰りができずに落ちこぼれる可能性だってあるからな。
「で、彼女のランクは?」
水野がサラッと質問してきた。
「Fランクだな」
そして薫の考えと、さっき水野から聞いた話を理由として付け加える。
「それ、俺たちに対しての皮肉でしょ?」
俺の説明に、水野はツッコミを入れ、エラールはげんなりした顔をこちらに向けた。
エラールにとっては、水野も姫乃さんも怖い大人の枠組みだから、比較されるのも嫌なようだ。
その後、水野たちと別れた俺は、薫たちとアリエル、エラールを連れて、簡単な素材採取とモンスターの捕獲を何回かした。
ほぼエラールの実地テストみたいなものだし、お金を稼ぐノウハウを教えてやれたので、今日の目的は十分達成できた。
エラール自身はアリエルと一緒にクエストを受けられたことがよほど嬉しいのか、常にハイテンションだった。
クリア報酬は大したものじゃなかったが、俺が『ガチャ』でもう一品付け加えると、二人とも笑顔になった。
俺がしてやれるのはこれくらいだが、今はそれでいいんじゃないかな?
エラールが冒険者活動を安定してこなせるようになって数日。
俺たちはドリュアネスの勇者である司さんにコンタクトを取っていた。
グルストン国民の避難に先立って、一度ドリュアネスを見に来てほしいという話だ。
薫たちは一足先に移動用のゲートへと向かっている。
俺は思うところがあって、アリエルとエラールに声をかけた。
「アリエルたちはどうする?」
「あたしたちは留守番した方が良さそうね。前回ムーンスレイに視察しに行った時の件があるもの。ドリュアネスもいい顔しないわ。きっと向こうも警戒してると思うのよ」
アリエルは、ムーンスレイで自身がドラグネスの勇者だと明かした時に、向こうの人々から恨まれた一件がある。
ドラグネス皇国の被害の爪痕は帝国の領土にありありと残されており、帝国側の憎しみもわかるが、アリエルに非はないだろうと、やるせない気持ちになったのを覚えている。
敵国とのいざこざを最小限におさえたいというアリエルの提案に、俺は胸を打たれた。
俺より小さいのに、随分と大人びた発想をするなぁ。
しかし、時折甘えん坊な部分を見せるアリエルだ。
俺がいない間はガチャも使えないため、好物のアイス大福やカニクリームコロッケを我慢できるか心配になった。
俺がいない間も極力不便はかけたくない。
何か俺にしてやれることはないか?
今までは俺とアリエルが常に一緒に行動していたから気にならなかったが、そもそもこの『ガチャ』が俺以外にも回せればいいんだよな……
そんなことを考えていると、突然頭の中心にアナウンスが響いた。
〈条件を達成しました〉
〈任意設定ガチャを獲得しました〉
「〈任意設定ガチャ〉? なんだそれ」
俺がボソッと呟くと、能力の説明が始まった。
どうやら対価と商品を設定することで、誰でも自由に固定された品を得られる、いわば自動販売機のようなものとのこと。
まさしく俺が願った、アリエルが『ガチャ』を回せればいいという期待に応える能力だった。
レベルに応じて置ける自動販売機の台数は変わるらしい。
今はレベルが1なので、置けるのも一台だけ。
使えば使うほどレベルが上がって、置ける数も徐々に増えていくのだろう。
「アリエル……一緒に付いてくるのは我慢できるっていったけど、アイスやカニクリームコロッケなんかがしばらく食べられなくても大丈夫なのか?」
「うぐっ!」
これにはアリエルも余裕がなくなってしまったようだ。
俺の袖を掴んで駄々をこね始める。
「そ、それは……そんなに向こうに長居するの? 頻繁に帰って来ればいいじゃない!」
その反応で我慢できないことがはっきりと伝わってきた。
「お姉ちゃん……」
エラールも隣で気難しい顔をする。
だが、それは俺のガチャ云々に対するリアクションというより、それが原因でアリエルが悲しい思いをすることが容認できないといった様子だった。
二人から見上げられた俺は、少しもったいぶりながら、アリエルたちに能力をお披露目することにした。
俺が今彼女たちのためにできることは、これだけだ。
「そんなアリエルに朗報。実は、こういうガチャが増えたんだ」
そう言って魔法陣の中から自動販売機型の機械を出した。
だが、馴染みのないアリエルは、これを見ても何に使うものかわからない。
「何よ、これ!」
アリエルがますます不機嫌になり、エラールが宥めようとする。
俺はそこで簡単に説明を始めた。
「この機械があれば、俺がいなくても、この場所から自由に俺のガチャを回すことができるんだ。もちろん、ある程度制限はかかるんだけど……」
アリエルは俺の言葉の途中で目を光らせて、俺の肩を揺さぶった。
「え、雄介のガチャを回せるの!? すごいじゃない! どうして早く出してくれないのよ! 私にイジワルしてたの?」
「いや、さっき追加されたばかりなんだよ、この能力。だから検証を兼ねてここに置いておこうと思ってな。後で使い心地とか改良点を教えてもらえると助かる」
「別にそれくらいいいけど。そういえば制限ってなんなの?」
「出せる品数が限られるってことだな。今の時点だと六つか……メニューは俺がガチャで出したことあるものなら選べるみたいだぞ。特別にアリエルが選んでいいぞ。エラールも欲しいものがあったら教えてくれ」
「私はお姉ちゃんと一緒でいい」
エラールが間を空けずに応える。
「六つ? 六つかー……それはそれで悩むわね。いくつかは決まっているけれど残りに何を入れようかしら」
アリエルは腕を組んで悩み始めた。
「あら、アリエルじゃない。何をそんなに難しい顔をしているの?」
そこへクラスメイトの一人で『裁縫師』の天性を持つ榊志帆がやってきた。
彼女は天性をいかんなく発揮して、デザインから製作まで王城内での服飾を一手に担っている。
アリエルやエラールがここに来てから着ている服も彼女のお手製だ。
それゆえか、アリエルが俺たち補欠組以外で心を許している数少ない人物でもある。
「シホ!」
アリエルは他の人でも回せる自販機のようなガチャができたこと、そこに並べる食べ物の候補に俺が悩んでいることを相談し始めた。
そしてメニューリストが出来上がる。
・アイス大福:銀貨一枚
・カニクリームコロッケ:銀貨五枚
・アップルパイ:銀貨一枚
・杏仁豆腐:銀貨一枚
・ソフトクリーム:銀貨一枚
・カツ丼:銀貨三枚
銅貨一枚が元の世界の百円相当、それが百枚で銀貨一枚分だから……アイス大福一個が一万円という破格の価格設定だが、魔物を討伐すれば稼げる金額だ。
むしろ、あまり格安にした結果使いすぎたという状況を防ぐために、これくらいがいいかもしれない。
結局アリエルが要望を出したのは、アイス大福とカニクリームコロッケの二品だけ。
杏仁豆腐は榊さんがアリエルに提案することで通ったメニューだ。
好物が自由に食べられるようになって、榊さんはアリエル以上に笑顔だった。
他のアップルパイやソフトクリーム、カツ丼なんかも、通りかかったクラスメイトがアリエルから話を聞いてお願いしたことで加わった。
ラインアップを見るとほとんどがおやつで、主食になるのはカツ丼のみになってしまった。ギリギリカニクリームコロッケがおかずになるくらいだ。
「もっとメニューの数、増やせたりしないの?」
クラスメイトたちからそんな意見が飛ぶが、俺はそれを片手で制した。
まだレベルが1で、これが限界だから、今は我慢してくれ。
アリエルに〈任意設定ガチャ〉を託して、薫たちのいる集合場所に到着すると、そこには補欠組以外の顔があった。
「なんで三上がここに!?」
「つれないな、阿久津。俺とお前の仲だろう?」
俺の声に振り向いたのは、天性『剣士』を持つ三上泰明。
『ガチャ』でステータスを上げる前は、グルストンに転移してきたクラスメイトの中で最強の勇者だった男だ。
最初のうちはリーダーシップを発揮してみんなをまとめてくれていたが、自分が正しいと思った方へ一直線だったり、人の話を聞かなかったりと、困った性格だということがわかった。
極めつけに、どうやら俺をライバル視しているようで、何故か俺と戦いたがる変人。
やたらと絡んでくるので、俺からは近付かないようにしていたのだが……
俺はため息をついてから、三上たちのもとへと向かう。
「お前とそんな絆を結んだ覚えはないんだが? それより、お前がこんなところにいていいのか?王城の守護は?」
「それよりも優先すべきことが、このドリュアネスの視察だと思ってな。ドリュアネスは良かれと思ってうちの国の国民の保護を申し出てくれたのかもしれないが、これは実質、国民を人質にとっての国の乗っ取りだろう」
ドリュアネスとの会談時に、国王が言っていた話と似たようなことを言い出す三上。
「それは、お前が国王から聞いたのか?」
「いや、俺の考えだ。だが俺がドリュアネスに行くのを引き止めなかったってことは、国王も同じ考えだと思っている。夏目の考えたゲームを見て、国王も今までのステータス至上主義から方針転換したのだろう」
一直線の考え方が悪い方向にはたらいていた。
このままでは、三上は勝手な思い込みでドリュアネスに喧嘩を吹っかけかねない。
だから連れていきたくないんだが……
置いていったら、戻ってきてから何か言われそうだ。
俺は仕方なく杜若さんに頼んだ。
「お願い、杜若さん。いつものやつ、やっちゃって」
俺の言葉で杜若さんが手を前に翳した。
「はい! 〈精神安定〉!」
「俺は正気に戻った!」
焦点の合わない目で三上が叫んだ。
面倒ごとを起こさせないために、こいつはずっとこのままでもいいかもしれない。
それよりもこんな狂犬さえ一発で大人しくさせてしまう杜若さんの〈精神安定〉は、とんでもないチートだと改めて認識する。
ムーンスレイ帝国で一度その能力を使用して以来、彼らから合同練習に参加させないように言われた逸材だ。
帝国の獣人たちは精神力で能力を向上させるタイプだから、杜若さんの力は天敵なのだ。
ともあれすっかり大人しくなった三上を引きずりながら、俺たちはドリュアネスへ転移するゲートを抜けたのだった。
2 霊国の実態
ドリュアネスに着いた俺たちは、さっそく司さんの歓迎を受けた。
「ようこそ僕たちの拠点へ! 阿久津君」
「お久しぶりです、司さん」
俺が挨拶すると、司さんの背後から手がニョキッと出てきた。
「俺もいるぞ!」
その手の主は、司さんの付き添いでグルストンに来たこともある、高田健一さんという、もう一人の高校生勇者だった。
どちらも高校三年生で、俺たちより二年先輩だ。
その後ろには、先日グルストンに来た田代さんや、若い女性の姿も見られた。
田代さんから聞いた話では、ドリュアネスに転移してきたのは高校生だけではないそうだ。
グルストンが俺たちのクラスを指定して転移させたように、ドリュアネスが指定したのは雑居ビル。なんと一棟丸ごと転移したらしい。
司さんたちは、そのビルに入っている塾に通っていたために転移させられたのだとか。
他にもビルにあったコンビニの店員や客、金融会社の従業員も一緒に飛ばされたようだ。
田代さんは、一階のコンビニの店長で、今はドリュアネスに転移したメンバーのリーダー的存在とのことだ。
面倒ごとを押し付けられただけかもしれないが、田代さん自身は嫌がる様子もなく、リーダーとしての仕事を全うしていた。
そんな田代さんが、隣の女性とともに前に進み出る。
「ここからは私が案内しよう。千歳君、例のバングルを彼らに」
千歳と呼ばれた女性が、俺たちに腕時計のようなアイテムを手渡す。
「はい、これをつけてください。ここから先は、それがあなたたちの身分証代わりになるわ」
千歳さんに言われるままにそのアイテムを巻き付けると、それは肉体に溶け込むように消えていった。
「何これ!?」
俺が驚きながら、辺りを見回すと、薫たちも同じようなリアクションをしていた。
千歳さんは俺たちの反応を見てクスっと笑うと、説明を付け加えた。
「外す時は、この国を出る時ね。専用の機械があるから、それを渡すわ。それまではゆっくりしてちょうだい」
知的な笑みを浮かべてそう言い残す千歳さん。
俺たちがボーッと見ていると、司さんが、あの人は香川千歳っていう俺たちの塾の講師だ、と付け足した。
なるほど、と思いながら俺たちは田代さんに案内されるままに先へ進むのだった。
少し歩くと、木造建築物が立ち並ぶエリアに到着した。
そのどれもがもとの世界のビル群と見紛うほどの高さだ。
グルストン王国との大きな違いは、あまり人の気配が感じられないことだろうか。
変な静けさのある街並みを散策していると、田代さんが説明を入れる。
「ここはグルストンの人が来た時用の住居エリアだから、今は人がほとんどいないんだ。この国に住まうエルフたちはここにはいない。それと、ここにいる者はみんな自然を愛するからね。木造建築はそちらでは見慣れないだろうけれど」
「それは全然気にしていないですが……それでエルフの方々はどちらへ?」
「あの方たちはあまり表に出てこないかな。我々だけの時ですら滅多に姿を見せないし、人数もそんなにいない。総勢数百名くらいしかいないよ」
「……だから人間とは馴れ合わないということですか?」
田代さんが苦い顔をした。
「そう断言するつもりはないが……これまでずっと閉ざされた世界で生きていた彼らだからね。今さら生き方を変えるのも楽じゃないということさ」
「要は対人関係に難ありと?」
そこで委員長が田代さんに鋭い指摘をぶつけた。
田代さんは静かに頷くが、言葉を言いあぐねてる様子から、現実はもっと複雑な事情がありそうだ。
極度の人間嫌いの可能性も考えておいた方がいいな。
「どう受け取ってもらっても構わないよ。次はこっちだ」
これ以上の説明を拒むように、田代さんは話を切り上げた。
その後の田代さんの案内は、グルストンの国民がどこに避難するかの説明をメインに進んだ。
同じ転移者の勇者を通じて、そういった説明を聞けると説得力が違う。
この対応には、今まで疑り深く周囲を観察していた三上も納得したようだ。
「なんだか誠実な人たちだな。どうやら俺は相手方のことを信じきれていなかったみたいだ」
声を潜めて三上が俺にそう言った。
「面倒ごとは起こすなよ? 俺たちは客として説明を受けるだけ。国にトラブルは持ち帰りたくない」
俺は三上に釘を刺した。
「今のところはそのつもりだ。今後の向こうの出方次第だがな」
お前ってやつは……
俺は特大のため息をついた。
こんな危なっかしいやつ、面倒見きれないって。
下手したら、ムーンスレイに行った時に同行していた『全属性魔法使い』の天性を持つ木下太一よりトラブルメーカーかもしれないな。
俺が眉間を揉んでいると、前方にいた田代さんが俺たちに声をかける。
少しの沈黙の後、お姉さんは両手を上げた。
「はいはい、わかったわよ! 王国に守られている君たちに逆らうなって話でしょ!」
薫は微笑みを浮かべた。
「わかってくれて助かります。ただ、あまり大きな声は出さないでくださいね」
これにて薫の圧勝でちょっとしたいざこざは幕を閉じた。
「なんて横暴な少年にゃ……もっと目上を敬ってほしいにゃ……」
何やら猫耳のお姉さんはぶつくさ愚痴をこぼしながらライセンスの準備を始めた。
お国言葉が出てきているあたり、相当感情的になっているようだ。受付としてのスタンスが保てなくなっている。
まぁ、薫と言い合いして、勝てる人の方が珍しいし、仕方ないな。
当の薫は、お姉さんの愚痴など聞こえていないように彼女を急かす。
「急ぎめでお願いできませんか?」
結局お姉さんは、エラールにFランクのライセンスを用意した。
実力より上にランクを詐称するのは犯罪だが、実力を誤魔化すために、下にランクを設定するのは罪に問われない。
この場合は、むしろ適正ランクのライセンスを渡さなかったということで、ステータスを確認した受付側の評価が下がるらしい。
だからこそ、彼女はエラールを高ランク冒険者にしたかったのだろうが……薫の圧の前に屈してしまったようだ。
それはともかく――
「お姉ちゃんとお揃い!」
エラールが喜ばしげにライセンスを掲げた。
「そうね、これから一緒に頑張るわよ?」
アリエルがエラールの頭を撫でる。
「うん!」
俺はエラールの笑顔と二人の温かいやり取りを見られたことに満足していた。
アリエルの前でしか素顔を出さないエラールのリアクションということもあって、喜びも一入だ。
委員長たちもニコニコしている。
これでこそ、みんなに笑顔でいてほしくて頑張っている甲斐があるというものだ。
俺が満足げに頷いていると、天性『スカウト』を持つ、水野義昭がやって来た。
「あ、その子も冒険者にするんだ?」
「水野!」
すっかり冒険者の装いが板についているな。
「今日の訓練は?」
「三上君たちに占領されちゃってね。オレたちに順番が回ってくるまで日を跨ぎそうだから、なんか依頼でもと思って、こっちに来た」
ちなみに、三上はうちのクラスでトップの戦闘能力を持っている男だ。
「王様もすごい力を入れているみたい。夏目さんの技術も褒め称えていたし」
水野の後ろから、クール系美女のクラスメイト――姫乃皐月が話に入ってきた。
最近は天性『アーチャー』を活用しながら、水野とコンビを組んで冒険者をしている。
俺たちが裏で暗躍するタイプなら、こいつらは表でグルストン王国の勇者として、その力を示してくれている側だ。
アリエルが襲来してきた時に、手下のドラゴンを葬っていたので、二人の実力は国から認められている。
ただし、実力が高すぎて敵が全部吹っ飛んでしまうため、討伐部位を持ち帰れないという理由から彼らのランクはBと伸び悩み中。
ステータスが強大すぎるのも困りものらしい。
そんな話を聞くと、なおのことエラールをSランクで登録しなくてよかったという気になった。
もしSランクで登録したら、無駄に期待だけかけられて、討伐部位の持ち帰りができずに落ちこぼれる可能性だってあるからな。
「で、彼女のランクは?」
水野がサラッと質問してきた。
「Fランクだな」
そして薫の考えと、さっき水野から聞いた話を理由として付け加える。
「それ、俺たちに対しての皮肉でしょ?」
俺の説明に、水野はツッコミを入れ、エラールはげんなりした顔をこちらに向けた。
エラールにとっては、水野も姫乃さんも怖い大人の枠組みだから、比較されるのも嫌なようだ。
その後、水野たちと別れた俺は、薫たちとアリエル、エラールを連れて、簡単な素材採取とモンスターの捕獲を何回かした。
ほぼエラールの実地テストみたいなものだし、お金を稼ぐノウハウを教えてやれたので、今日の目的は十分達成できた。
エラール自身はアリエルと一緒にクエストを受けられたことがよほど嬉しいのか、常にハイテンションだった。
クリア報酬は大したものじゃなかったが、俺が『ガチャ』でもう一品付け加えると、二人とも笑顔になった。
俺がしてやれるのはこれくらいだが、今はそれでいいんじゃないかな?
エラールが冒険者活動を安定してこなせるようになって数日。
俺たちはドリュアネスの勇者である司さんにコンタクトを取っていた。
グルストン国民の避難に先立って、一度ドリュアネスを見に来てほしいという話だ。
薫たちは一足先に移動用のゲートへと向かっている。
俺は思うところがあって、アリエルとエラールに声をかけた。
「アリエルたちはどうする?」
「あたしたちは留守番した方が良さそうね。前回ムーンスレイに視察しに行った時の件があるもの。ドリュアネスもいい顔しないわ。きっと向こうも警戒してると思うのよ」
アリエルは、ムーンスレイで自身がドラグネスの勇者だと明かした時に、向こうの人々から恨まれた一件がある。
ドラグネス皇国の被害の爪痕は帝国の領土にありありと残されており、帝国側の憎しみもわかるが、アリエルに非はないだろうと、やるせない気持ちになったのを覚えている。
敵国とのいざこざを最小限におさえたいというアリエルの提案に、俺は胸を打たれた。
俺より小さいのに、随分と大人びた発想をするなぁ。
しかし、時折甘えん坊な部分を見せるアリエルだ。
俺がいない間はガチャも使えないため、好物のアイス大福やカニクリームコロッケを我慢できるか心配になった。
俺がいない間も極力不便はかけたくない。
何か俺にしてやれることはないか?
今までは俺とアリエルが常に一緒に行動していたから気にならなかったが、そもそもこの『ガチャ』が俺以外にも回せればいいんだよな……
そんなことを考えていると、突然頭の中心にアナウンスが響いた。
〈条件を達成しました〉
〈任意設定ガチャを獲得しました〉
「〈任意設定ガチャ〉? なんだそれ」
俺がボソッと呟くと、能力の説明が始まった。
どうやら対価と商品を設定することで、誰でも自由に固定された品を得られる、いわば自動販売機のようなものとのこと。
まさしく俺が願った、アリエルが『ガチャ』を回せればいいという期待に応える能力だった。
レベルに応じて置ける自動販売機の台数は変わるらしい。
今はレベルが1なので、置けるのも一台だけ。
使えば使うほどレベルが上がって、置ける数も徐々に増えていくのだろう。
「アリエル……一緒に付いてくるのは我慢できるっていったけど、アイスやカニクリームコロッケなんかがしばらく食べられなくても大丈夫なのか?」
「うぐっ!」
これにはアリエルも余裕がなくなってしまったようだ。
俺の袖を掴んで駄々をこね始める。
「そ、それは……そんなに向こうに長居するの? 頻繁に帰って来ればいいじゃない!」
その反応で我慢できないことがはっきりと伝わってきた。
「お姉ちゃん……」
エラールも隣で気難しい顔をする。
だが、それは俺のガチャ云々に対するリアクションというより、それが原因でアリエルが悲しい思いをすることが容認できないといった様子だった。
二人から見上げられた俺は、少しもったいぶりながら、アリエルたちに能力をお披露目することにした。
俺が今彼女たちのためにできることは、これだけだ。
「そんなアリエルに朗報。実は、こういうガチャが増えたんだ」
そう言って魔法陣の中から自動販売機型の機械を出した。
だが、馴染みのないアリエルは、これを見ても何に使うものかわからない。
「何よ、これ!」
アリエルがますます不機嫌になり、エラールが宥めようとする。
俺はそこで簡単に説明を始めた。
「この機械があれば、俺がいなくても、この場所から自由に俺のガチャを回すことができるんだ。もちろん、ある程度制限はかかるんだけど……」
アリエルは俺の言葉の途中で目を光らせて、俺の肩を揺さぶった。
「え、雄介のガチャを回せるの!? すごいじゃない! どうして早く出してくれないのよ! 私にイジワルしてたの?」
「いや、さっき追加されたばかりなんだよ、この能力。だから検証を兼ねてここに置いておこうと思ってな。後で使い心地とか改良点を教えてもらえると助かる」
「別にそれくらいいいけど。そういえば制限ってなんなの?」
「出せる品数が限られるってことだな。今の時点だと六つか……メニューは俺がガチャで出したことあるものなら選べるみたいだぞ。特別にアリエルが選んでいいぞ。エラールも欲しいものがあったら教えてくれ」
「私はお姉ちゃんと一緒でいい」
エラールが間を空けずに応える。
「六つ? 六つかー……それはそれで悩むわね。いくつかは決まっているけれど残りに何を入れようかしら」
アリエルは腕を組んで悩み始めた。
「あら、アリエルじゃない。何をそんなに難しい顔をしているの?」
そこへクラスメイトの一人で『裁縫師』の天性を持つ榊志帆がやってきた。
彼女は天性をいかんなく発揮して、デザインから製作まで王城内での服飾を一手に担っている。
アリエルやエラールがここに来てから着ている服も彼女のお手製だ。
それゆえか、アリエルが俺たち補欠組以外で心を許している数少ない人物でもある。
「シホ!」
アリエルは他の人でも回せる自販機のようなガチャができたこと、そこに並べる食べ物の候補に俺が悩んでいることを相談し始めた。
そしてメニューリストが出来上がる。
・アイス大福:銀貨一枚
・カニクリームコロッケ:銀貨五枚
・アップルパイ:銀貨一枚
・杏仁豆腐:銀貨一枚
・ソフトクリーム:銀貨一枚
・カツ丼:銀貨三枚
銅貨一枚が元の世界の百円相当、それが百枚で銀貨一枚分だから……アイス大福一個が一万円という破格の価格設定だが、魔物を討伐すれば稼げる金額だ。
むしろ、あまり格安にした結果使いすぎたという状況を防ぐために、これくらいがいいかもしれない。
結局アリエルが要望を出したのは、アイス大福とカニクリームコロッケの二品だけ。
杏仁豆腐は榊さんがアリエルに提案することで通ったメニューだ。
好物が自由に食べられるようになって、榊さんはアリエル以上に笑顔だった。
他のアップルパイやソフトクリーム、カツ丼なんかも、通りかかったクラスメイトがアリエルから話を聞いてお願いしたことで加わった。
ラインアップを見るとほとんどがおやつで、主食になるのはカツ丼のみになってしまった。ギリギリカニクリームコロッケがおかずになるくらいだ。
「もっとメニューの数、増やせたりしないの?」
クラスメイトたちからそんな意見が飛ぶが、俺はそれを片手で制した。
まだレベルが1で、これが限界だから、今は我慢してくれ。
アリエルに〈任意設定ガチャ〉を託して、薫たちのいる集合場所に到着すると、そこには補欠組以外の顔があった。
「なんで三上がここに!?」
「つれないな、阿久津。俺とお前の仲だろう?」
俺の声に振り向いたのは、天性『剣士』を持つ三上泰明。
『ガチャ』でステータスを上げる前は、グルストンに転移してきたクラスメイトの中で最強の勇者だった男だ。
最初のうちはリーダーシップを発揮してみんなをまとめてくれていたが、自分が正しいと思った方へ一直線だったり、人の話を聞かなかったりと、困った性格だということがわかった。
極めつけに、どうやら俺をライバル視しているようで、何故か俺と戦いたがる変人。
やたらと絡んでくるので、俺からは近付かないようにしていたのだが……
俺はため息をついてから、三上たちのもとへと向かう。
「お前とそんな絆を結んだ覚えはないんだが? それより、お前がこんなところにいていいのか?王城の守護は?」
「それよりも優先すべきことが、このドリュアネスの視察だと思ってな。ドリュアネスは良かれと思ってうちの国の国民の保護を申し出てくれたのかもしれないが、これは実質、国民を人質にとっての国の乗っ取りだろう」
ドリュアネスとの会談時に、国王が言っていた話と似たようなことを言い出す三上。
「それは、お前が国王から聞いたのか?」
「いや、俺の考えだ。だが俺がドリュアネスに行くのを引き止めなかったってことは、国王も同じ考えだと思っている。夏目の考えたゲームを見て、国王も今までのステータス至上主義から方針転換したのだろう」
一直線の考え方が悪い方向にはたらいていた。
このままでは、三上は勝手な思い込みでドリュアネスに喧嘩を吹っかけかねない。
だから連れていきたくないんだが……
置いていったら、戻ってきてから何か言われそうだ。
俺は仕方なく杜若さんに頼んだ。
「お願い、杜若さん。いつものやつ、やっちゃって」
俺の言葉で杜若さんが手を前に翳した。
「はい! 〈精神安定〉!」
「俺は正気に戻った!」
焦点の合わない目で三上が叫んだ。
面倒ごとを起こさせないために、こいつはずっとこのままでもいいかもしれない。
それよりもこんな狂犬さえ一発で大人しくさせてしまう杜若さんの〈精神安定〉は、とんでもないチートだと改めて認識する。
ムーンスレイ帝国で一度その能力を使用して以来、彼らから合同練習に参加させないように言われた逸材だ。
帝国の獣人たちは精神力で能力を向上させるタイプだから、杜若さんの力は天敵なのだ。
ともあれすっかり大人しくなった三上を引きずりながら、俺たちはドリュアネスへ転移するゲートを抜けたのだった。
2 霊国の実態
ドリュアネスに着いた俺たちは、さっそく司さんの歓迎を受けた。
「ようこそ僕たちの拠点へ! 阿久津君」
「お久しぶりです、司さん」
俺が挨拶すると、司さんの背後から手がニョキッと出てきた。
「俺もいるぞ!」
その手の主は、司さんの付き添いでグルストンに来たこともある、高田健一さんという、もう一人の高校生勇者だった。
どちらも高校三年生で、俺たちより二年先輩だ。
その後ろには、先日グルストンに来た田代さんや、若い女性の姿も見られた。
田代さんから聞いた話では、ドリュアネスに転移してきたのは高校生だけではないそうだ。
グルストンが俺たちのクラスを指定して転移させたように、ドリュアネスが指定したのは雑居ビル。なんと一棟丸ごと転移したらしい。
司さんたちは、そのビルに入っている塾に通っていたために転移させられたのだとか。
他にもビルにあったコンビニの店員や客、金融会社の従業員も一緒に飛ばされたようだ。
田代さんは、一階のコンビニの店長で、今はドリュアネスに転移したメンバーのリーダー的存在とのことだ。
面倒ごとを押し付けられただけかもしれないが、田代さん自身は嫌がる様子もなく、リーダーとしての仕事を全うしていた。
そんな田代さんが、隣の女性とともに前に進み出る。
「ここからは私が案内しよう。千歳君、例のバングルを彼らに」
千歳と呼ばれた女性が、俺たちに腕時計のようなアイテムを手渡す。
「はい、これをつけてください。ここから先は、それがあなたたちの身分証代わりになるわ」
千歳さんに言われるままにそのアイテムを巻き付けると、それは肉体に溶け込むように消えていった。
「何これ!?」
俺が驚きながら、辺りを見回すと、薫たちも同じようなリアクションをしていた。
千歳さんは俺たちの反応を見てクスっと笑うと、説明を付け加えた。
「外す時は、この国を出る時ね。専用の機械があるから、それを渡すわ。それまではゆっくりしてちょうだい」
知的な笑みを浮かべてそう言い残す千歳さん。
俺たちがボーッと見ていると、司さんが、あの人は香川千歳っていう俺たちの塾の講師だ、と付け足した。
なるほど、と思いながら俺たちは田代さんに案内されるままに先へ進むのだった。
少し歩くと、木造建築物が立ち並ぶエリアに到着した。
そのどれもがもとの世界のビル群と見紛うほどの高さだ。
グルストン王国との大きな違いは、あまり人の気配が感じられないことだろうか。
変な静けさのある街並みを散策していると、田代さんが説明を入れる。
「ここはグルストンの人が来た時用の住居エリアだから、今は人がほとんどいないんだ。この国に住まうエルフたちはここにはいない。それと、ここにいる者はみんな自然を愛するからね。木造建築はそちらでは見慣れないだろうけれど」
「それは全然気にしていないですが……それでエルフの方々はどちらへ?」
「あの方たちはあまり表に出てこないかな。我々だけの時ですら滅多に姿を見せないし、人数もそんなにいない。総勢数百名くらいしかいないよ」
「……だから人間とは馴れ合わないということですか?」
田代さんが苦い顔をした。
「そう断言するつもりはないが……これまでずっと閉ざされた世界で生きていた彼らだからね。今さら生き方を変えるのも楽じゃないということさ」
「要は対人関係に難ありと?」
そこで委員長が田代さんに鋭い指摘をぶつけた。
田代さんは静かに頷くが、言葉を言いあぐねてる様子から、現実はもっと複雑な事情がありそうだ。
極度の人間嫌いの可能性も考えておいた方がいいな。
「どう受け取ってもらっても構わないよ。次はこっちだ」
これ以上の説明を拒むように、田代さんは話を切り上げた。
その後の田代さんの案内は、グルストンの国民がどこに避難するかの説明をメインに進んだ。
同じ転移者の勇者を通じて、そういった説明を聞けると説得力が違う。
この対応には、今まで疑り深く周囲を観察していた三上も納得したようだ。
「なんだか誠実な人たちだな。どうやら俺は相手方のことを信じきれていなかったみたいだ」
声を潜めて三上が俺にそう言った。
「面倒ごとは起こすなよ? 俺たちは客として説明を受けるだけ。国にトラブルは持ち帰りたくない」
俺は三上に釘を刺した。
「今のところはそのつもりだ。今後の向こうの出方次第だがな」
お前ってやつは……
俺は特大のため息をついた。
こんな危なっかしいやつ、面倒見きれないって。
下手したら、ムーンスレイに行った時に同行していた『全属性魔法使い』の天性を持つ木下太一よりトラブルメーカーかもしれないな。
俺が眉間を揉んでいると、前方にいた田代さんが俺たちに声をかける。
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