上 下
92 / 109
五章

閑話_愚直な思い②

しおりを挟む
「そっちの事情は分かった」

「おお、請け負ってくれるか」

 話をするだけ無駄だと受け止めた泰明は、荷物を太一に渡し、その場で軽く準備運動をした。

「俺は一応剣士だが、今日は武器を持ち合わせていない。それでも良いか?」

「我を楽しませて見せよ、勇者ァッ!」

 バサッと大きく羽根を広げてライトリーが飛び上がる。
 ただそれだけで、上空から突風が吹き付けられた。
 不動の構えで泰明は構えを取る。

 先に動き出したのはライトリーの方だ。
 動き出しの起こりは一切なく、気がつけばその身体が泰明の後ろにある。
 先程の襲撃者の比ではない。
 まるで紫電が駆け抜けたかの様な一瞬の出来事である。

「ホウホウホウ、コレを避けるか。面白い、面白いぞ!」

 泰明の内側からかつてドラゴンを討ち取った自尊心が今、大きく揺らいでいた。
 ムーンスレイの将軍の力は理解していた。
 能力を解放した将軍は特定時間能力を数倍に膨らませ、さらには天候を操る。

 ドラゴンだって天候を操った。
 獣人がそれを操れぬと言う慢心がどこかにあった。
 泰明は緩めていた気を引き締めた。

 無手で立ち向かうには少し骨だ。
 そんな時、光が太一から投げられた。
 ノールックでそれを受け取った泰明は、それが魔法で出来た剣だと理解した。

「使え。俺の魔法で作った剣だ。早い動きの相手にはリーチのある武器が必要だろ? その武器はお前の使ってた剣には劣るが、まぁないよりはマシだ」

「恩に切る」

 ムーンスレイの将軍はその容姿から喋ることが出来るだけで会話の通じぬ大型の獣である。
 獣を躾けるには実力を示す以外ない。
 この世界で修練を積んだ技術でどちらの実力が上か、きめるひつようがあった。

「旧グルストン王国勇者、三上泰明。推して参る」

 剣を握った。ただそれだけで当時の記憶と気迫が泰明を中心に巻き起こる。
 先ほどまでの威圧は対人用。
 しかし今の対大型魔獣用。
 ライトリーをモンスターと見定めての威圧だった。

「く、くはははは! 良いぞ、その気迫を出せる者が潰えて久しい。やはり貴様と出会えて最高だ!」

「おおおおおおッ!」

「さっきまで忘れてたくせによく言うわ」

 太一のぼやきは、ライトリーのかぎ爪と泰明の剣戟によってかき消された。


 ◇

 
 剣で撃ち合いながら、泰明もまた失いつつあった高揚感を取り戻していた。
 日常への帰還。
 それは闘いに明け暮れていた日々を忘れさせるのには十分で、妹達との語らいは戦場に置かれた泰明の傷ついた心を和らげた。
 
 そして日常生活を送るうちに漠然と将来の事を考え始める。
 いつまでも剣の道を貫いてばかりもいられまい。
 泰明は長男だ。
 父の稼ぎは家族6人の生活を支えるのは心許なく、泰明がアルバイトする事でなんとか保てていた。
 中学生の妹達も、高校、大学への入学の資金もいる。

 だから自分が我慢すればと泰明は自分の心を縛り付ける。
 自分が我慢すれば家族が不自由なく暮らせるのだ。
 それが兄としての矜持だと信じて疑わぬ泰明だったが、

「フハハハ、我とこうして打ち合って笑みを浮かべるとは。そっちが本性か?」

 ライトリーに指摘され、泰明はようやく自分が笑っていると気付いた。
 口元を押さえ、そして笑みを強く認識する。
 そうだ、剣術が楽しい。
 強者と打ち合うのが楽しい。

 誰に強いられるでもなく、ただ己に全てを投げ打って打ち込むのが楽しくて仕方なかった。
 だからこそ、その感情を元の世界に持っていくわけにはいかない。
 でもこの世界にいる限りは、楽しんでもバチは当たらないだろうと願った。

 ライトリーとの戦いは日が傾くまで続いた。
 最後にはどっちもクタクタで、傍目には泥試合に見えたかもしれない。

 最後にはお互いを睨みつけながら、その場に大の字で寝転がった。道の真ん中で迷惑極まりない。
 太一はそんな二人を魔法で引っ張って道から少し離れた場所に置いた。

「ったくお前ら、戦闘民族か何かかよ。周囲の被害とか全然考えずにバカスカ魔法を打ち込みやがって」

「すまん、夢中になりすぎた」

「いやあ! 楽しいな。そう言えば名を聞くのを忘れていた。改めて聞いておこうか」

 さっき名乗ったはずだが?
 泰明は事前にライトリーが鳥頭だと聞いていたにも関わらず、あまりにも記憶消去の速さに驚きながら再度名乗った。

「三上泰明、剣士だ」

「そうか。鍛えればきっと良い剣士になる。精進するが良い!」

 そう言ってライトリーは飛び立った。
 本人も随分と疲労しているはずなのに、去り際も美しく飛び立っていく。

「竹を割った様なさっぱりとした男だったな」

「そうかぁ?」

 泰明のライトリーの評価はそれなりに高かったが、太一の示した感情は懐疑的だった。
 その懐疑心は見事に的中し、それから数時間もしないうち再度ライトリーからの襲撃に遭う。

「そこに居るのはグルストンの勇者で違いないか!」

 バササッ、と羽ばたきながら泰明の前で降り立ち、先程までの死闘はなんだったのかと言うほど綺麗さっぱり記憶を消したライトリーが果敢に挑んできたのである。

「ライトリー、俺だ。三上泰明だ、さっき闘った」

「お前は誰だ? お前なんか知らん。そんなことより貴様は勇者だろう? 纏ってる気配が違う。さぁ、さぁ試合おうぞ!」

 ライトリーは首を傾げながら今日初めて会ったみたいな顔で泰明を見た。
 何度だって名乗ったし、なんだったら激闘とも呼べる戦闘を終えて良い感じで別れたにも拘らずだ。

「おい、木下! この人話通じないぞ?」

「言ったろ、この人ずっと前からこうだぞ。阿久津と出会ったその日に何回も名前忘れて温厚なあいつがキレたからな。何故か他の将軍の名前は覚えてるんだが、それ以外はさっぱりなんだ」

「なんでそんな人が将軍になってるんだ! 人の顔も覚えられないのに!」

「さぁ? 人手が足りなかったんじゃねぇの?」

 然もありなん。
 ムーンスレイは強者を尊ぶ。
 そしてライトリーは記憶力は悪いが強かった。
将軍に迎えられる実力は有していたが、人の上に立つ資格はなかった。
 だからこそ部下が自発的に動いてライトリーが将軍の地位についたのだ。
 かつてバード種で将軍に選ばれた者はいなかった。
 ある意味でライトリーはバード種の希望であったのだが、当の本人はそれすら知らずに玉座を守っていた。

「今日は何故か疲れが溜まっているが勝負を受けていただこう! ムゥンッ!」

 ライトリーは気合いを入れると、ただでさえ大きな肉体がさらに大きく膨れ上がった。

「なんかさっきより強くなってないか?」

「さっきのは本気じゃなかったみたいだな。雨雲が出てきたぜ? 一雨きそうだ」

 太一の言葉はさっさと勝負を決めちまえと言わんばかりだ。

「コナクソォおおおおお!!」

 泰明はキレ気味に剣を振るった。
 雨雲を断ち割る一撃はライトリーの脳天に綺麗にクリーンヒットした。
 だがそれが災いして余計に記憶障害が起きている。

 先ほどは戦闘後、内容を褒め称える余裕があったのに、今度は目を覚ますなり勝負を仕掛けてきた。
 日に日に物覚えが悪くなってないか?
 いや、それは元からだったかと泰明はだんだん雑に相手をする様になった。

 湧き上がった高揚感が幻想であったかの様に掻き消える。
 今のライトリーは泰明にとってただの粘着質なストーカーの様であった。


 ◇◆◇


「って事があってさ」

「いやぁ災難だったな、あの人マジで記憶力ないからさ。お疲れさん。なんか飯でも食うか?」

 泰明は疲れ果てた体を押してエルフの里に戻るなり、先に帰還していた雄介達に苦労話を語って同情されていた。

「じゃあ牛丼を二人前」

「牛丼な、ちょっと待ってろ今作るから」

「一から手作りするのか?」

「ガチャ産の方が良かったか?」

「いや、手間じゃないなら。作るところを見てて良いか?」

「別に良いけど、面白いもんでもないぞ?」

「俺は待ってる」

「おう、コーラでも出しとくか?」

「悪いな」

 泰明はまるで今日の悪夢を忘れたいとばかりに雄介の料理を脳裏に刻んだ。
 強くなればなるほど、あんなのが群がってくるなんてそれこそ悪夢だ。

 だったら雄介の様な社会の役に立つ仕事を覚えた方が自分のためだと考えを切り替えたのである。
 しかし食材を見てすぐに考えを改める。
 牛丼を頼んだのに、何故か龍果が素材に使われたからである。

「なあ阿久津。俺が頼んだのが牛丼だよな?」

「牛丼だぞ?」

「龍果の味は知ってる、すごく旨い鶏肉だった」

「坂下さんが牛肉味の龍果を開発してな」

「あたしの龍果よ、今後この世界で牛肉を食べたいならあたしに感謝しながら寝ることね!」

 屋台の裏からアリエルが偉そうな態度で出てきた。
 龍果の一番の被害者であるドラグネスの勇者がそれを商売の道具にし始めたのである。
 逞しいやらなんとやら。
 泰明が見習うべきはその逞しさかもしれないなと不意に思った。

「実はこの世界、豚と牛が滅んでるっぽいんだよ。坂下さんの下拵えの妙で蘇った牛の旨味を丼にこめてみた。さ、出来たぜ。牛丼二人前だ」

「え、じゃあカツ丼も食えないのか?」

「龍果がベースのなら食えるぞ?」

 太一の叫びに雄介があっけらかんと答える。
 泰明はコレから交渉するメニューはよく考えてから選ぼうと決めて牛丼に箸をつけた。

「悪くないな、しっかり牛肉だ」

「マジで万能食材だな、龍果。俺達も龍果育てようぜ、三上」

「残念ながらそんなに上手い話はないんだぜ?」

「龍果自体はモンスターだから飼育は絶望的なのよね。あたしが唯一使役できてるのは職能のドラゴンロードがあるからね。ドラゴンの名がつくやつなら植物でもおとなしくさせられるのよ。どう、凄いでしょ?」

 さっきからやたらと胸を張りたがるアリエルを可哀想な子でも見る様な視線を送る泰明と太一。
 が、食べ盛りの高校生男子にとって、完全に好物を握られてる状態だ。
 アリエルの一強を許してばかりもいられないと太一は雄介へと縋った。

「でも、阿久津ならガチャで再現できんだろ?」

「あー、その事なんだが」

 すがる太一に雄介は後頭部を掻きながら否定した。

「俺、無理に向こうの食材を再現するのはやめにしようと思うんだ」

「なんでだよ!」

「いや、いつでも帰れるから無理して作る必要ないじゃん? だったらこっち特有の作物を使ってまるで知らない料理とか作りたいんだ」

 雄介の言葉に泰明は感銘を受ける様に頷き、太一を制した。
 誰もが異世界に持ち込んだ希望は異なる。
 雄介は新しい料理の開拓に、泰明や太一は自分の可能性を広げに。
 誰かに何かを強要することは違うのだ。

「そっか、俺は阿久津を応援するよ」

「三上や木下だって慣れない農作業に打ち込んでるんだろ? 珍しい野菜を手に入れたら連絡くれよ? 俺もそれまでに新しいメニューものにしてっから」

「ああ、勿論だ」

 泰明は晴れ晴れとした気持ちで剣術と別れを告げた。
 ライトリーとの撃ち合いで気づいてしまったのだ。
 その道に身を置けば、もう戻れない修羅の道に入るだろう事を。
 そしてライトリーの様に強者を求めて彷徨い歩くだろう事を。
 あれは剣の道に走った泰明の未来の姿なのだ。

 ああはならない様に泰明は剣ではなく鍬を振るう。
 己の修羅は、眠らせたままで良いのだ。
 その剣はいざという時まで研いでおく。

 平和な世には必要のない力だから。
 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

祭囃子と森の動物たち

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:142pt お気に入り:1

ぼくの淫魔ちゃん

BL / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:4

異世界に射出された俺、『大地の力』で快適森暮らし始めます!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:340pt お気に入り:3,018

桜の君はドSでした

BL / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:15

成長チートになったので、生産職も極めます!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:5,800

妖精のいたずら

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,349pt お気に入り:393

隠れ勇者の居残りハーレム

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:90

不死王はスローライフを希望します

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:44,811pt お気に入り:17,485

狂愛アモローソ

BL / 連載中 24h.ポイント:163pt お気に入り:5

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。