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五章
18_それぞれの進路①
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「阿久津さん、少しお時間よろしいですか?」
「平気だけど、委員長は?」
「由乃はやる事があるそうで、わたくしだけでもきましたの」
翌朝、杜若さんが一人で俺のところへとやってきた。
いつもなら委員長も一緒についてくるので珍しがっていると、どうにも用事があるらしい。
薫は示し合わせたかの様に「やる事を思い出した」と部屋を出て行った。
杜若さんはニコニコとしながらそれを見送っている。
その上でこう言った。
「気を使わせてしまいましたかね?」
普通なら気づかない俺だが、明らかに口裏合わせしたかのような段取りである。
「そうかもね。それで俺に用って?」
「実はですね……」
杜若さんの相談は有り体に言えば美容院をやる上での場所、設備の充実に合った。
当初の計画では異世界の道具でありあわせてやるつもりだったが、仕入れた知識が専門の道具ありきで個人でなんとかするにも無理があるとのこと。
その専門の道具の設計を俺に任せたいそうだ。
確かに俺向きの要件ではある。
でもコレはみんながいる前でも別に良くないか?
やたら俺のことジッと見てくるし、肌も上気してるしで変な勘違いしそうになっちゃったぞ。
すわ、告白か! と身構えた俺がバカみたいだ。
「別に全然大丈夫だけど」
「本当ですか!」
「俺はみんなの味方だぜ?」
「そうでしたわね。みんなの阿久津さんでしたわね」
「あ、うん」
何か発言のミスでもしたか、杜若さんの声のトーンが一気に下がる。もし好感度が見えていたとしたら、間違いなく下がったのだろう。ここは嘘でも彼女一人をもてはやすべきだったか?
いや、嘘はよくないもんな。
がんばれ、俺ぇ!
「どうされました?」
いつになく棒読みな彼女に、俺は取り返しのつかない間違いをしてしまったかと頭を抱えた。
「あー、と。お手伝いをする上で先に言っておくな。俺、美容院のこと全然知らないけど大丈夫?」
「勿論です。それも含めてご理解いただきたくお時間を頂いたんですよ。まずはこちらへお掛けくださ」
そう言って用意された椅子に座らせられる。
「美容室では基本的に洗髪に時間をかけます」
「そこは床屋と一緒なんだ」
「わたくしは床屋を存じ上げないのですが、あちらは髪型を変えることに特化したところではありませんの?」
「髪を切って?頭を洗って顔の毛を剃るくらいかな?」
「美容室ではさらに洗髪に時間をかけます。別途料金が発生するくらいにはお客様への要望にお応えしますのよ?」
なるほど。
床屋も時間がかかるとは言え一時間やそこらだが、美容院だと早くても二時間はかかるのだという。それだけ女子は手入れが大変だと言われてる気がした。
男みたいにバッサリ! ってわけにもいかないしな。
それなら確かに耐久力はパイプ椅子じゃ心許ないだろう。
「じゃあ椅子にはリクライニング機能とかあった方がいい感じ?」
「はい。それと高さの調整、回転機能があるとなおありがたいです」
注文が多い!
が、一番最初に手がけるだけあって、その椅子があるかどうかで全てが決まるのだろう。
最終的には座っただけで全身を委ねたくなる魔性の椅子が出来上がった。
「完璧です、流石阿久津さん!」
「こんな感じでいいんだ?」
「これ以上ない機能ですわ!」
「いつになく褒めるじゃん」
「それだけ理想に沿った形ということですわ」
「そっか」
「次は、美容院になくてはならない洗面台に取り掛かりましょうか!」
「オッケー」
俺はどんどんと声色に熱を帯びてくる杜若さんと共同で美容院の設備を充実していく。
場所は夏目の作った腕時計型転移装置のルームの一つに。
そこで杜若さんは手が空いてる時に美容室を始めるのだそうだ。
最初に場所を作ったのは、材料を集めるのにやる気を出させるためだとも言っていた。
今は元の世界から持ち込んだシャンプーやコンディショナーがあるが、いつか尽きる。
異世界でそれに変わるものを見つけるのが彼女の目標だと言っていた。
「ではここまでお仕事を頑張ってくれた阿久津さんには、私から洗髪のプレゼントを致します」
「いいの? こっちでシャンプーは貴重なんじゃないの?」
「男性の方にも味わって頂くことで、口コミによる顧客獲得を目指すのも営業努力ですのよ?」
「ああ、試供品配っておかわりしたきゃ買ってくれってやつと一緒か」
「違います」
即答された。ニコニコしてるのに、どこか威圧さえ感じる笑顔である。
「もう、阿久津さんがいつもやっていることではありませんか」
「え、俺の?」
ちょっと怒ってるのかぷりぷりとしながらなじってくる彼女。
全く身に覚えのない事を指摘されて、俺は困惑した。
「阿久津さんはいつも誰かのことを思って行動しますよね?」
「あ、うん」
「何かをされた方はそれを恩に感じる物なんです」
「そりゃな」
「わたくし達はずっと阿久津さんに頼って来ました」
うるうるとした瞳で、杜若さんは思いの丈を募らせる。
「だから受けた恩を返したい。ただ、それだけなんですよ。由乃やアリエル、冴島さんだってきっとそう思っています」
「そうなのか? 俺としてはガチャのために色々頑張ってくれたみんなへの恩返しとしての配布だったんだが」
「それが過剰だった自覚はありませんのね?」
「少しやり過ぎたって反省してます」
「よろしい!」
何故か謝ることになった。
あれ、コレ俺が悪いの?
杜若さん曰く、俺の感謝の気持ちが過剰すぎて恩を受けた彼女達が恩を返すタイミングを逃し続けているそうだ。
だから今は感謝の気持ちを一旦引っ込めて、受け取る側に回って欲しいとのことだった。
と、言うことで。
俺は今絶賛頭をわしゃわしゃされている。
痒いところはありませんか? とか聞いてくるけど顔が近すぎてそれどころじゃない。
それにさっきから顔に柔らかいものがフニフニと当たってくるではないか。いい匂いもするし、これは健全な男子高校生には毒なのでは!?
その上で興奮しようにも、杜若さんの『精神安定』が強目にかかってるのか生殺しの気分だった。
それから数時間後。
すっかり眠ってしまった俺は、姿見に映る別人を見て身構えた。
「うわ、誰だお前!」
「あら、阿久津さんたらご自身の姿を見て何を驚いてますの?」
「これが、俺?」
「ずっと勿体無いと思っていたのです。磨けば光るのに、一向に磨こうとしないんですもの。ですので一度体験して貰いましたの」
正直夢なんじゃ無いかと思うほど、そこにある顔が自分のものだとは思えなかった。
「向こう側にユースキーが居るってオチじゃないよな?」
「わざわざ連れてくるのも手間ですし、そんなドッキリみたいなことしかけませんよ。それより髪型も少しさっぱりさせてみたんですけどどうです? ヘアオイルで艶をつけましたし、オーデコロンで大人の香りをつけてみましたよ」
「そういえばなんかワイルドな香りすると思った!」
さっきからテンションが上がりっぱなしで杜若さんに笑われっぱなしである。
と言うか、美容院ってここまでしてくれるんだな。
たまになら世話になってもいいかもと思わなくも無いが。
「ちなみにこれ、一回かかるだけでどれくらいかかるの?」
「材料は全部持ち込みですから、ほとんどが技術料によりますね。その上でわたくしはまだ駆け出し。ですのでこっちでは希少品のシャンプー、トリートメント、技術料込みでこれくらいですね」
俺はその金額を見て目が飛び出しそうなほど驚いた。
金のない高校生男子がかかるもんじゃねぇ。
女子は可愛さを金で買うと言われてる所以がそこにあった。
「ちなみにこれ、プロにかかれば3倍から4倍します」
「うへぇ」
「今回は阿久津さんに設備を整えてもらったので込み込みでタダで」
「それは悪いって、いくらか出すよ」
「お金よりも出して欲しいものがありまして」
「あ、もしかしてさっき希少品て言ってたシャンプーとか?」
「他にもいろいろ美容品がこっちで禁制品扱いでして……ササモリさんに相談したら阿久津さんにお願いしたほうが早いと」
「なるほどねぇ。別にここまでしなくたって全然やるのに」
「そうは言いますが、前回はイメージがピンとこないとあまり願った通りのものが出来上がりませんでしたでしょう?」
「ゔっ」
思い出される記憶。
あれは確かムーンスレイ帝国に向かう最中のことだ。
当時の俺はまだまだ世の中のことをまるでわかっちゃいないお坊ちゃんで、女子の美容意識の高さに内心辟易していたのである。
そんな調子で作り上げた石鹸とシャンプーは酷いもので、スーパーで安売りされてるような仕上がりだ。
貧乏暮らしの俺ならまぁ使えなくもないが、それよりも上質なものを使っていた女子達からは『無いよりはマシ』扱いを受けていたっけ。
だからか。実際に俺に体験させて、その上でこのレベルのものを求めてると意識させたのだ。
ここに委員長や薫が居たら余計なイメージが付きかねないから事前に打ち合わせして人払いしたんだろうなと悟った。
「その、あの時はあんまりイメージできなくて悪かった。今度はちゃんとイメージ頑張るよ」
「ではこちらから参りましょう」
そう言って取り出されたのは椿オイルと書かれた小瓶だった。
椿の花はかつて委員長がヘアオイルにいいからとガチャに突っ込んだので良く覚えている。
そこで俺がさらに心掛けさせられたのがボタニカル。
オーガニックやらなんちゃらの自然由来の抽出オイルだ。
椿から取れる濃密なオイルをイメージして、その日だけで12種類ほどいろんな果実や植物からオイルを絞った。
都度何度もやり直しをして、結構な集中力を強いられたが彼女からのいい香りと、背中にあたる柔らかい感触で気が気じゃ無いことも付け加えておく。
「お、終わったぁ」
「本日はお付き合いいただきありがとうございます。また足りなくなったらお願いしますね?」
「今回のでだいぶコツは掴んだから任せてよ。ただ言いにくいんだけど、ごっそり魔素減ったから次あたりモンスター討伐も視野に入れて動こうか?」
「それでしたら」
杜若さんがどこかに電話して、直後にゅっと自室へ姫乃さんと水野ペアが現れてモンスターの死体を置いてった。
「おっす、阿久津君。頑張ってるね」
「みゆり、この程度で足りそう?」
「ありがとう二人とも。これぐらいあれば足りると思うわ。さぁ、阿久津さん。こちらを魔素変換してくださいまし」
「え、いいの?」
「そう言う約束よ。みゆりが美容院開くって聞いて利用料を聞いたら魔素が大量に必要になるからって溜めてたのよ」
「オレはその付き添いってわけ」
おどけた調子で水野が言った。
「何よ、私が美しさを保つのがそんなにいけないことなの?」
「別にそんなこと言ってないじゃんか。オレはそこまでしなくとも気にしないぜって言ってるの」
「私が気にするのよ、バカ」
バシンと水野の背中が強く叩かれる。
相変わらずデリカシーの無いやつだぜ。
が、杜若さんはそんな二人を羨ましそうに見た後俺の方を向いた。その笑みに俺はドキッとする。
「相変わらず仲が良ろしいのですね」
「だなぁ、水野が全部ぶち壊してる気がするけど」
「ですがしっかりとカバーしてくださっているのはわかるものですわよ。わたくしにもそんなお方がいてくれたら宜しいのですが」
チラチラとこちらを見ながら、目が合うと直ぐに視線を逸らされる。あれ? それってそう言う意味で言ってる?
「そうだな、俺もそんな相手欲しいぜ」
「阿久津さんならすぐに見つかりますわよ、応援してますわ」
そこで名乗りでないのが杜若さんらしいが、話に乗ったら急に梯子を外された気分にさせられる。
「ったく、貴方たち見てられないわね!」
そう言って、姫乃さんが杜若さんの背中を強く押し。
「わっ」
「ひゃん」
俺は杜若さんを押し倒す形で地面に膝を突いた。
顔が近い。
さっき洗髪してもらった時では見えなかった顔が、煮えたぎったヤカンのように湯気が吹き出しそうに顔を赤くさせた。
「あ、あの。すぐにどきますから」
「俺も、水野に押されて。ほんとごめん」
我先に立ち上がり、手を出した。
彼女はその場で座り込み、俺を見上げながらその手には触れようとしてこない。
全く姫乃さんめ、水野と変なイタズラしやがって。
その日から杜若さんと目を合わせるたびにギクシャクする様になった。
嫌われてるわけじゃないとは思うけど、如何にもこうにも意識しすぎちゃうんだろうな。
ちょっとやりにくくなった気がした。
「平気だけど、委員長は?」
「由乃はやる事があるそうで、わたくしだけでもきましたの」
翌朝、杜若さんが一人で俺のところへとやってきた。
いつもなら委員長も一緒についてくるので珍しがっていると、どうにも用事があるらしい。
薫は示し合わせたかの様に「やる事を思い出した」と部屋を出て行った。
杜若さんはニコニコとしながらそれを見送っている。
その上でこう言った。
「気を使わせてしまいましたかね?」
普通なら気づかない俺だが、明らかに口裏合わせしたかのような段取りである。
「そうかもね。それで俺に用って?」
「実はですね……」
杜若さんの相談は有り体に言えば美容院をやる上での場所、設備の充実に合った。
当初の計画では異世界の道具でありあわせてやるつもりだったが、仕入れた知識が専門の道具ありきで個人でなんとかするにも無理があるとのこと。
その専門の道具の設計を俺に任せたいそうだ。
確かに俺向きの要件ではある。
でもコレはみんながいる前でも別に良くないか?
やたら俺のことジッと見てくるし、肌も上気してるしで変な勘違いしそうになっちゃったぞ。
すわ、告白か! と身構えた俺がバカみたいだ。
「別に全然大丈夫だけど」
「本当ですか!」
「俺はみんなの味方だぜ?」
「そうでしたわね。みんなの阿久津さんでしたわね」
「あ、うん」
何か発言のミスでもしたか、杜若さんの声のトーンが一気に下がる。もし好感度が見えていたとしたら、間違いなく下がったのだろう。ここは嘘でも彼女一人をもてはやすべきだったか?
いや、嘘はよくないもんな。
がんばれ、俺ぇ!
「どうされました?」
いつになく棒読みな彼女に、俺は取り返しのつかない間違いをしてしまったかと頭を抱えた。
「あー、と。お手伝いをする上で先に言っておくな。俺、美容院のこと全然知らないけど大丈夫?」
「勿論です。それも含めてご理解いただきたくお時間を頂いたんですよ。まずはこちらへお掛けくださ」
そう言って用意された椅子に座らせられる。
「美容室では基本的に洗髪に時間をかけます」
「そこは床屋と一緒なんだ」
「わたくしは床屋を存じ上げないのですが、あちらは髪型を変えることに特化したところではありませんの?」
「髪を切って?頭を洗って顔の毛を剃るくらいかな?」
「美容室ではさらに洗髪に時間をかけます。別途料金が発生するくらいにはお客様への要望にお応えしますのよ?」
なるほど。
床屋も時間がかかるとは言え一時間やそこらだが、美容院だと早くても二時間はかかるのだという。それだけ女子は手入れが大変だと言われてる気がした。
男みたいにバッサリ! ってわけにもいかないしな。
それなら確かに耐久力はパイプ椅子じゃ心許ないだろう。
「じゃあ椅子にはリクライニング機能とかあった方がいい感じ?」
「はい。それと高さの調整、回転機能があるとなおありがたいです」
注文が多い!
が、一番最初に手がけるだけあって、その椅子があるかどうかで全てが決まるのだろう。
最終的には座っただけで全身を委ねたくなる魔性の椅子が出来上がった。
「完璧です、流石阿久津さん!」
「こんな感じでいいんだ?」
「これ以上ない機能ですわ!」
「いつになく褒めるじゃん」
「それだけ理想に沿った形ということですわ」
「そっか」
「次は、美容院になくてはならない洗面台に取り掛かりましょうか!」
「オッケー」
俺はどんどんと声色に熱を帯びてくる杜若さんと共同で美容院の設備を充実していく。
場所は夏目の作った腕時計型転移装置のルームの一つに。
そこで杜若さんは手が空いてる時に美容室を始めるのだそうだ。
最初に場所を作ったのは、材料を集めるのにやる気を出させるためだとも言っていた。
今は元の世界から持ち込んだシャンプーやコンディショナーがあるが、いつか尽きる。
異世界でそれに変わるものを見つけるのが彼女の目標だと言っていた。
「ではここまでお仕事を頑張ってくれた阿久津さんには、私から洗髪のプレゼントを致します」
「いいの? こっちでシャンプーは貴重なんじゃないの?」
「男性の方にも味わって頂くことで、口コミによる顧客獲得を目指すのも営業努力ですのよ?」
「ああ、試供品配っておかわりしたきゃ買ってくれってやつと一緒か」
「違います」
即答された。ニコニコしてるのに、どこか威圧さえ感じる笑顔である。
「もう、阿久津さんがいつもやっていることではありませんか」
「え、俺の?」
ちょっと怒ってるのかぷりぷりとしながらなじってくる彼女。
全く身に覚えのない事を指摘されて、俺は困惑した。
「阿久津さんはいつも誰かのことを思って行動しますよね?」
「あ、うん」
「何かをされた方はそれを恩に感じる物なんです」
「そりゃな」
「わたくし達はずっと阿久津さんに頼って来ました」
うるうるとした瞳で、杜若さんは思いの丈を募らせる。
「だから受けた恩を返したい。ただ、それだけなんですよ。由乃やアリエル、冴島さんだってきっとそう思っています」
「そうなのか? 俺としてはガチャのために色々頑張ってくれたみんなへの恩返しとしての配布だったんだが」
「それが過剰だった自覚はありませんのね?」
「少しやり過ぎたって反省してます」
「よろしい!」
何故か謝ることになった。
あれ、コレ俺が悪いの?
杜若さん曰く、俺の感謝の気持ちが過剰すぎて恩を受けた彼女達が恩を返すタイミングを逃し続けているそうだ。
だから今は感謝の気持ちを一旦引っ込めて、受け取る側に回って欲しいとのことだった。
と、言うことで。
俺は今絶賛頭をわしゃわしゃされている。
痒いところはありませんか? とか聞いてくるけど顔が近すぎてそれどころじゃない。
それにさっきから顔に柔らかいものがフニフニと当たってくるではないか。いい匂いもするし、これは健全な男子高校生には毒なのでは!?
その上で興奮しようにも、杜若さんの『精神安定』が強目にかかってるのか生殺しの気分だった。
それから数時間後。
すっかり眠ってしまった俺は、姿見に映る別人を見て身構えた。
「うわ、誰だお前!」
「あら、阿久津さんたらご自身の姿を見て何を驚いてますの?」
「これが、俺?」
「ずっと勿体無いと思っていたのです。磨けば光るのに、一向に磨こうとしないんですもの。ですので一度体験して貰いましたの」
正直夢なんじゃ無いかと思うほど、そこにある顔が自分のものだとは思えなかった。
「向こう側にユースキーが居るってオチじゃないよな?」
「わざわざ連れてくるのも手間ですし、そんなドッキリみたいなことしかけませんよ。それより髪型も少しさっぱりさせてみたんですけどどうです? ヘアオイルで艶をつけましたし、オーデコロンで大人の香りをつけてみましたよ」
「そういえばなんかワイルドな香りすると思った!」
さっきからテンションが上がりっぱなしで杜若さんに笑われっぱなしである。
と言うか、美容院ってここまでしてくれるんだな。
たまになら世話になってもいいかもと思わなくも無いが。
「ちなみにこれ、一回かかるだけでどれくらいかかるの?」
「材料は全部持ち込みですから、ほとんどが技術料によりますね。その上でわたくしはまだ駆け出し。ですのでこっちでは希少品のシャンプー、トリートメント、技術料込みでこれくらいですね」
俺はその金額を見て目が飛び出しそうなほど驚いた。
金のない高校生男子がかかるもんじゃねぇ。
女子は可愛さを金で買うと言われてる所以がそこにあった。
「ちなみにこれ、プロにかかれば3倍から4倍します」
「うへぇ」
「今回は阿久津さんに設備を整えてもらったので込み込みでタダで」
「それは悪いって、いくらか出すよ」
「お金よりも出して欲しいものがありまして」
「あ、もしかしてさっき希少品て言ってたシャンプーとか?」
「他にもいろいろ美容品がこっちで禁制品扱いでして……ササモリさんに相談したら阿久津さんにお願いしたほうが早いと」
「なるほどねぇ。別にここまでしなくたって全然やるのに」
「そうは言いますが、前回はイメージがピンとこないとあまり願った通りのものが出来上がりませんでしたでしょう?」
「ゔっ」
思い出される記憶。
あれは確かムーンスレイ帝国に向かう最中のことだ。
当時の俺はまだまだ世の中のことをまるでわかっちゃいないお坊ちゃんで、女子の美容意識の高さに内心辟易していたのである。
そんな調子で作り上げた石鹸とシャンプーは酷いもので、スーパーで安売りされてるような仕上がりだ。
貧乏暮らしの俺ならまぁ使えなくもないが、それよりも上質なものを使っていた女子達からは『無いよりはマシ』扱いを受けていたっけ。
だからか。実際に俺に体験させて、その上でこのレベルのものを求めてると意識させたのだ。
ここに委員長や薫が居たら余計なイメージが付きかねないから事前に打ち合わせして人払いしたんだろうなと悟った。
「その、あの時はあんまりイメージできなくて悪かった。今度はちゃんとイメージ頑張るよ」
「ではこちらから参りましょう」
そう言って取り出されたのは椿オイルと書かれた小瓶だった。
椿の花はかつて委員長がヘアオイルにいいからとガチャに突っ込んだので良く覚えている。
そこで俺がさらに心掛けさせられたのがボタニカル。
オーガニックやらなんちゃらの自然由来の抽出オイルだ。
椿から取れる濃密なオイルをイメージして、その日だけで12種類ほどいろんな果実や植物からオイルを絞った。
都度何度もやり直しをして、結構な集中力を強いられたが彼女からのいい香りと、背中にあたる柔らかい感触で気が気じゃ無いことも付け加えておく。
「お、終わったぁ」
「本日はお付き合いいただきありがとうございます。また足りなくなったらお願いしますね?」
「今回のでだいぶコツは掴んだから任せてよ。ただ言いにくいんだけど、ごっそり魔素減ったから次あたりモンスター討伐も視野に入れて動こうか?」
「それでしたら」
杜若さんがどこかに電話して、直後にゅっと自室へ姫乃さんと水野ペアが現れてモンスターの死体を置いてった。
「おっす、阿久津君。頑張ってるね」
「みゆり、この程度で足りそう?」
「ありがとう二人とも。これぐらいあれば足りると思うわ。さぁ、阿久津さん。こちらを魔素変換してくださいまし」
「え、いいの?」
「そう言う約束よ。みゆりが美容院開くって聞いて利用料を聞いたら魔素が大量に必要になるからって溜めてたのよ」
「オレはその付き添いってわけ」
おどけた調子で水野が言った。
「何よ、私が美しさを保つのがそんなにいけないことなの?」
「別にそんなこと言ってないじゃんか。オレはそこまでしなくとも気にしないぜって言ってるの」
「私が気にするのよ、バカ」
バシンと水野の背中が強く叩かれる。
相変わらずデリカシーの無いやつだぜ。
が、杜若さんはそんな二人を羨ましそうに見た後俺の方を向いた。その笑みに俺はドキッとする。
「相変わらず仲が良ろしいのですね」
「だなぁ、水野が全部ぶち壊してる気がするけど」
「ですがしっかりとカバーしてくださっているのはわかるものですわよ。わたくしにもそんなお方がいてくれたら宜しいのですが」
チラチラとこちらを見ながら、目が合うと直ぐに視線を逸らされる。あれ? それってそう言う意味で言ってる?
「そうだな、俺もそんな相手欲しいぜ」
「阿久津さんならすぐに見つかりますわよ、応援してますわ」
そこで名乗りでないのが杜若さんらしいが、話に乗ったら急に梯子を外された気分にさせられる。
「ったく、貴方たち見てられないわね!」
そう言って、姫乃さんが杜若さんの背中を強く押し。
「わっ」
「ひゃん」
俺は杜若さんを押し倒す形で地面に膝を突いた。
顔が近い。
さっき洗髪してもらった時では見えなかった顔が、煮えたぎったヤカンのように湯気が吹き出しそうに顔を赤くさせた。
「あ、あの。すぐにどきますから」
「俺も、水野に押されて。ほんとごめん」
我先に立ち上がり、手を出した。
彼女はその場で座り込み、俺を見上げながらその手には触れようとしてこない。
全く姫乃さんめ、水野と変なイタズラしやがって。
その日から杜若さんと目を合わせるたびにギクシャクする様になった。
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