青空サークル

箕田 悠

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 教室に入った途端、みんなの視線がいっせいに僕に向けられる。そのことでさっきまでの非現実的な出来事から現実へと、引き戻されたように心臓が嫌な音を立てた。
 窓際の前から四番目。その机の上には手をつけないまま残されている焼きそばパンがあった。僕が足早に机に向かうと、みんなの目線まで一緒に付いてくる。
「あの幽霊くんが」とか、「絶対人違いだって」という囁くような声が、僕の耳に届く度に吐き気が込み上げていた。
 色々なことがあったとはいえ、すっかり忘れていた自分は本当に馬鹿だ。込み上げそうになる涙を何とか堪え、食べ損ねてしまった焼きそばパンを鞄に入れる。代わりに現国の教科書とノートを取り出した。
「なぁ」
 声をかけられ、僕は上げたくなかった視線を上げる。
 前の席に座っている賀成がなりが、僕の眼前にスマホを突き出していた。画面にはぎこちない笑顔を作った少年の宣材写真。その下には星河ほしかわ スターとしっかり書かれている。
「これって、本当に星河?」
 そうだったら面白い。
 そんな心の声までもが聞こえてきそうな、卑しい笑みで賀成が聞いてくる。
 嘘でも違う、同姓同名だと否定出来れば良い。だけど、頭の中が真っ白になっている僕には、一音たりとも言葉が出てこなかった。マスクに隠されている口元は、間抜けにも開いているのにだ。
「子役ってことは、CMとかドラマとか出たことあるってこと?」
 答えを聞くまでもなく、すでに確信しているらしい。調べればすぐに出てくるのに、わざわざ聞いてくるのは、僕から言質を取りたいからなのだろう。
「なんで、ずっと黙ってんの? もしかして、聞かれたくなかったとか?」
 賀成が首を傾げ、僕は再び俯く。そこで救いの本鈴が鳴り響き、同時に教室のドアが開く。
 現国の女性教師が現れたことで、賀成はあからさまな溜息を吐いてから前に向き直った。
 僕もマスクの中で溜息を漏らす。籠もった空気がマスクから流れ出て、眼鏡を白く染めた。
 賀成だけでなく、僕は昼休みに入ると同時に他のクラスメイトからも同じことを聞かれていた。質問攻めを受ける中、好奇の目に晒され、まるで中世の処刑のように民衆の晒し者にされたような気持ちになっていた。
 平穏な日常が脆く崩れた今、自分はもうこの学校で存在できないと思った。だから焼きそばパンをその場に残し、僕は屋上に向かっていたのだ。
 家にすら居場所のない僕に、逃げる場所などどこにもない。だから、僕が本気で逃げるとしたら、この人生を終わらせる意外に方法はなかった。
 先生が教科書を読み上げ、板書をする音が聞こえてくる。それなのに、僕の手は一向に動くことなく、最後までシャーペンは机に転がったままになった。
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