青空サークル

箕田 悠

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 授業が終わり、次の授業までの間に十分ほどの休憩がある。チャイムが鳴ると同時に僕は、逃げるように教室を出た。次の授業までの間に、トイレに引きこもろうと思ったからだ。
 三つ並んだ個室に入って鍵を閉めると、僕はやっと呼吸が楽になる。心臓が痛いぐらいに鳴っていて、無意識に胸に拳を当てていた。マスクをずらすと、トイレ特有の饐えた臭いと消臭剤の匂いが混じった、不快な臭いが鼻についた。それでも僕にとっては、本当の意味で一人になれる特別な空間だった。
 便座に腰を下ろし、あまり用途の少ないスマホを見る。見ると言っても画面の時間表記だけだ。みんながやっているようなSNSを僕はやっていない。
 僕にとって、見たくないものが目に入ってしまう恐怖があったからだ。現に何故かクラスメイトの間で、僕の子役時代の写真が出回っていた。
 もう十年以上前になるのに、今でもそれは消えない呪いとなって世界を彷徨っているようだった。
 トイレに入ってくる人の気配と話し声が聞こえ、僕の体に緊張が走る。
 物音を立てないようにと神経を尖らせ、耳を澄ませていると、聞き覚えのあるクラスメイトの声がした。
「幽霊くんがさぁ」
 僕はスマホを握りしめる。みんなが僕のことを幽霊くんと呼んでいることは知っていた。聞いていないだろう、聞こえていないはずだと本人たちが思っていても、よっぽど鈍感でない限り気付く。とくに僕は他人の目線や言動に人一倍の恐れを抱いてるのだからなおさらだった。
「認めないんだよ。でも否定しないところを見ると、ホントかもな」
「えーマジかよ。見る影もねぇーじゃん」
 トイレに反響した声が、しっかりと個室にまで響く。聞きたくもない彼らの憶測が、僕の胃を刺激する。喉まで酸っぱいものが込みあげ、それを無理やり唾で呑み込む。
「上手くいかなくて、こじらしたんじゃねぇーの」
「ははっ、それはありうるわー」
「明らかに向かなそーだもんな」
「まぁー毒親のせいっていうのもあんじゃね。あんなあからさまな名前つけてんだもん。無理やりやらせてたってーのも、考えられるしな。さすがに同情すんわ」
「それなー」
 笑い声と共に足音が遠ざかっていく。
 僕はしばらくその場に留まってから、何とか気持ちを奮い立たせて立ち上がった。水を流して鍵を開けると、手を洗った。鏡越しにみた自分の顔は、眼鏡とマスクで半分以上は隠れている。
 だけど長い前髪の隙間から見える目が、赤いことだけは分かった。
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