去りし記憶と翡翠の涙

箕田 はる

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第一章

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「どちらにせよ、役に立たない人間をいつまでもここに置いておくわけにもいかない」

 ため息混じりに呟かれ、絶望で全身の体温が急激に下がっていく。

「……分かっています。助けていただけでも十分ですので」

 青年の言う通りだ。穀潰しを置いておくような、お人好しはいないだろう。帰り道はわからない不安や恐怖はあったが、家主がそう言う以上はここには居られない。行く宛が思いつかないが、取り敢えずは外に出ようと重たい腰をあげる。

「待て。外に出てウロウロされても目障りだ……だから……交換条件だ」

 少し慌てたような青年の言葉に、驚いて上げていた腰をゆっくりと下ろす。

「記憶を取り戻したら、俺に幸せな記憶を渡す。それが条件」

 青年は視線を俯かせ、唇を尖らしている。

「幸せな、記憶?」
「そう」

 青年の翡翠の瞳が鋭く光って見える。意図が読めない提案に思わず首をかしげた。
 幸せな記憶を渡す芸当など、人間にできるはずがない。
 ふと、青年の日本人離れしている様相にハッと息を飲む。
 紺色の単衣の着物を着ているものの、顔は西洋人のようなしっかりとした目鼻立ちだ。
 世界広しと言えども、まさか記憶を奪える人間がいたとは……。
 訝しげに青年を見つめていると、青年が呆れたように言葉を発した。

「お前まさか、俺を人間だと勘違いしてない?」
「えっ?」
「やっぱりな……俺は人間じゃない。俗に言う、妖怪ってやつ」

 青年が悪戯ぽくニヤリと笑った。
 妖怪の類がこの世の中に実在するとは、正直驚きだった。
 それでも自分の記憶にないだけで、実際は共存する世界もあるのかもしれない。
 そう考えると恐怖よりも、自分を納得させることが出来た。
 自分がどこまで記憶をなくしているのかわからない以上は、今起きていることを理解していくことが先決なように思える。
 それに行き場もなければ、頼れるのは目の前の青年だけだ。妖怪だろうと何だろうと、手を伸ばしてくれるのであれば縋る以外に方法はないように思えた。

「分かりました。なんとお呼びすればいいですか?」

 覚悟を決めると、青年に向けて問いかける。

「えっ?」

 今度は青年が拍子抜けしていて、口を薄っすらと開けている。

「話聞いてた? 俺は妖怪だと言ったんだ」
「聞いてましたよ。僕の記憶にないだけで、記憶取り戻したら妖怪は当たり前に存在しているかもしれないじゃないですか。それに、貴方は僕を助けてくれました。悪い妖怪じゃない事は明白です」

 一気に喋ってから姿勢を正し、青年に向き直る。

不束者ふつつかものですが、よろしくお願いします」

 世話になる以上は、礼儀は必要不可欠だ。ゆっくりと青年に向かって、頭を下げていく。
 青年が息を飲み、しばらくすると呆れているような溜息を吐き出すのが聞こえた。

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