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三姉妹の行方

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子供の頃はあれほど長く感じられたお通夜も、この年になれば時間相応に感じることができるようになった。
 いや、本当は一悶着あったから、そう感じているだけかもしれない。
 あの男を殴り飛ばした後、拳に痛みを覚えたオレは簡単な治療を受けて、親戚と極親しかった友人が集まっている控室のような場所へ向かった。
 そこでは通夜振る舞いが既に始まっていて、至る所から二人の死を惜しむ声が聞こえてきていたが、オレが襖を開けると――

「「「…………」」

――静まり返ってしまった。
 みんなオレに何と声をかければいいのか、わからず戸惑った様子だった。

「叔父さん、ありがとうございます」
 
 そんな中、親戚の面々が集う一画にいた女の子が立ち上がり、オレの前まで歩み寄ってきたのは――姪っ子の長女、日暮麗羅。
 義姉さんと同じシルバーブロンドの長い髪をしていて、今通っている学校の制服を着た、少し大人びた雰囲気の女の子。

「……オレは別に……」

 殺したくて殴っただけだ。
 母さんのためでも、姪っ子たちのためでもない。
 オレ自身の感情の問題。誰かにお礼を言われるようなことじゃない。
 ただただ義姉さんの死の原因を作ったあの男を殺したかった……。

「あの人は……あの時もあんな感じで、本当にイヤな人だったから」

 事故当時のことを思い出したのか、麗羅は顔を曇らせて、俯いてしまった。

「お姉ちゃんの言う通りです。お兄さん、ありがとう」

 更に光り輝くブロンドをお団子にしてまとめた女の子までその場に立つと、深く頭を下げてから顔を上げて、力なく微笑んだ。
 その顔立ちは、写真で見せてもらった子供の頃の義姉さんに瓜二つ――次女、日暮有紗。

「さぁ、お兄さんこっちでご飯食べましょう。悲しくてもお腹は空きますから」

 有紗もオレの側に来ると、タイミングを合わせたように二人は左右からオレの腕を抱きかかえてきた。

「あ、あぁ……そうだな」

 何か連行される犯罪者の気分――いや、それよりも、あのですね。お二人の胸が腕なり肘に当たってるのですが……柔らかい……!
 確か麗羅がこの春から中学二年生で、有紗が小学5年生だったか。
 二人とも成長してるんだな。この間まであんなにちんちくりんで胸なんて平だったのに……って姪っ子相手になに考えてるんだ!
 自然と頭に過った邪念を、首を横に振って振り払おうとするものの、二人から別々の甘い香りが漂ってきて――子供ってこんなに甘い匂いがするのか――なんて、また邪念が生まれる。
 オレは二人に誘導されるがまま、席についた。
 元々二人が座っていた間に連れてこられたので、場所は非常に狭い。
 テーブルには寿司や唐揚げといった、比較的食べやすいものが並べられている。
 前には母さんと父さんが座っていた。

「……ありがとう、暦。あなたのおかげで少しは気分が落ち着いたわ」
「……オレが殴りたくて殴っただけだから」

 というか殺すつもりだった。
 兄さんは両親よりも先に死に、オレは軽く殺人未遂。本当に親不孝な息子たちで申し訳ない。

「それでも……ありがとう」
 
 そう言って、母さんは小さく微笑んだ。
 兄さんが死んでからずっと泣き、絶望に打ちのめされていた母さんの顔にようやく別の表情が浮かんだ。

「でもな、警察を殴るのはダメだぞ。優しい方だったからよかったものの、下手をしたらお前――」

 そう注意してきたのは父さんだった。
 至極全うな叱責にバツが悪くなって、オレは顔を下げるが、父さんが最後まで言い切る前に――

「叔父さんは悪くありません。悪いのは全部あの人です」
「そおですよ、おじいちゃん。原因を作ったあの人が全部悪いんです。責任をお兄さんに押し付けないで」

――麗羅と有紗が左右から弁護してくれた。

「――だが、警察を殴ったのは――」
「「それでもです」」

 二人は引き下がらない。
 その姿勢に負けたのか、父さんは口を閉じた。
 麗羅が生まれた時からそうだけど、父さんは姪っ子たちに甘すぎる。
 いや、おじいちゃんって生き物は基本的にみんなそうかもしれないけど。父さんが姪っ子たちを怒ったりする姿を見たことがない。

「おじちゃん……」
「璃々夜……」

 新しくオレの前にやってきたローズブロンドの少女は、義姉さんと同じブルーアイズでオレのことを見下ろしてきた。 
 三姉妹の末っ子で小学三年生になるはずの日暮璃々夜。

「おじちゃん……」

 もう一度そう繰り返すと、璃々夜は狭い間に入ってこようとする。
 有紗がオレから少し離れて、璃々夜はオレの膝の上に収まる。目の前には馬の尻尾のようなポニーテール。それからゴソゴソと動きながら、オレと向かい合うと小さくて短い腕を精一杯背中に回してきて、ギューッと抱きしめてきた。
 きっと不安だったのだろう、寂しかったのだろう。
 唐突に父親と母親という、最も安心できる居場所を無くしたのだ。
 それは当然璃々夜だけじゃない。
 麗羅と有紗もそれぞれオレの腕に抱きついてきた。

「………………」
「相変わらずに懐かれてるわねぇ」

 三姉妹に抱き着かれているオレを見て、母さんはまた微笑んだ。
 そんなに微笑ましい光景だろうか?
 父さんは――なに? その恨めしそうな顔。代わってほしい? なら代わるけど、ほら引き取って。
 他の親戚、オレの叔父さんや叔母さん、爺ちゃん、祖母ちゃん、従兄や再従兄……だよな? ほとんど会わないから忘れたけど、なんかみんな頷いてるよ。

「暦の側だと安心するのかしらね。兄弟で似てるもの」

 そりゃオレと兄さんは兄弟だから多少は似てるところもあるだろうけど、断言させてもらう。兄さんはオレよりも10倍カッコいいからな!
 オレなんかが兄さんの足元にも及ばない。
 そんなオレにすがるなんて、この子たちは本当にどれだけ悲しい思いをしているのだろう?
 悲しいに決まってるか、オレですら兄さんの――義姉さんの死は辛い。
 まだ肉体的にも精神的にも未熟な子供たちが悲しくないわけがない。

「……聞きたいんだけど、麗羅と有紗と璃々夜はどうなるんだ?」

 オレのいない間に話しは決まったのだろうか?
 三人がビクッと身体を震わせたのが伝わって来た。
 親戚たちは一様に困った表情を浮かべた。
 それからオレを交えて、三人の引き取り先の話しが具体的に始まった。

 ◇

「と、言うわけなんだけど……それでいいかしら?」

 結論から言って、麗羅がオレの両親、有紗が叔父夫婦、璃々夜が叔母夫婦でそれぞれを引き取るということで話しがつきそうだ。

「「「…………」」」

 三人は何も答えずに、ただ黙ってオレにしがみ付いたままだ。
 まるでオレに庇護を求めているように……。
 オレが今年で30ということは、両親はもちろん、叔父や叔母もそこそこの年齢である。
 既に定年を迎えていたり、あと数年で定年だったりと働き盛りは終わっている。
 今更三人の子供を育てる財力も体力も失われている。
 本来一人引き取るのですら、老後を考えれば厳しいだろう。
 従兄や再従兄は既に結婚して、子供がいたりしてやはり余裕がなかった。
 話し合いが始まった時に麗羅が姉妹たちを代表して言った「三人一緒がいいです」 は叶いそうにない。

「ごめんね。三人一緒ってのは難しいのよ。でも、休みの日とかはできるだけ合わせてあげられるようにするから」
「俺ももう少し若ければ……歳には勝てないからな」

 みんな申し訳なさそうな顔をしているが、こればっかりはどうしようもない。
 いきなり子供が三人もできたら、そりゃ人生設計が狂うのは当たり前だ。

「(叔父さん……)」
「(お兄さん)……」
「(おじちゃん……)」

 三人はオレだけに聞こえるようにボソッと呟く。
 身体は微かに震えていて、まるで庇護を求める子猫のようだ。
 嫌なんだよ。こっちを見ながらか弱くミャーミャー鳴く、あの小さな存在。
 いつも断腸の思いで顔を逸らして、その場を去るけど……今回はそうもいかなさそうだ。
 しかし、三人か……オレにそんなことできるのか?
 結婚したことも、彼女がいたこともないオレに、いきなり三人の女の子を育てるなんて、そんなこと……。

「他に意見がなければ、この話はこれで――」
「待ってくれ」

 気づけばオレは母さんの発言を遮っていた。
 まだ覚悟なんて決まってない。
 それでもオレは――

「いいよ。三人はオレが……引き……取る……から……」

――肝心な部分を詰まりながらだが、そう言った。
 言ってしまった。

「叔父さん」
「お兄さん」
「おじちゃん」

 三人がキラキラした瞳でオレを見上げてきた。
 だって無理だろ。この状況で知らん振りするなんて。
 みんなには家庭がある。独り身であるオレが一番適任なんだ。

「それじゃ……そうしましょうか」

 おい、反応が軽いぞ!

 もっとこう――
 あんたで大丈夫なの? 
 子供を育てるのは、あんたにできるようなことじゃないわよ。
 冗談はやめて。
――とか、色々あるだろ。

 なんだよ、そのみんなして驚き一つない表情は!
 まるでオレがそう言いだすのがわかってたみたいじゃないかっ。

「まぁ、そうなるかなぁって」
「見た感じな。これで何も言わなかったら、人として終わりだったぞ」

 同じ世代の従兄と再従兄たちまで!

「もしかしてわかってたのか? この展開」
「あんた次第って話しはしてたわよ。みんなで」
「……みんな?」

 恐る恐るオレに抱き着いている三人の乙女たちに顔を順番に見た。

「「「えへへへ」」」

 何っ、その可愛い反応!
 もしかして全部演技……?
 オレはハメられたのかっ?

「……前言をてっか――」
「そんなのダメです! 大人なんだから自分の発言には責任とってくださいっ」
「そおですよ! 言質取ってますからね、バッチリ!」
「おじちゃん、一緒。パパの匂い……」

 麗羅が腕を引っ張り、有紗はスマホを取り出し、璃々夜はまたギュっとしてきて匂いを嗅いできた。
 そんな反応をされたら、今更やっぱり無しなんて言えないだろ。

「……わかったよ。三人ともちゃんと独り立ちするまで面倒を見るよ。兄さんの代わりに」

 残されたこの子たちにオレがしてやれることといれば、三人まとめていさせてあげることだけだ。
 観念して承諾すると、三人はまだ両親の死の傷が癒えていないというのに、とびっきりの笑顔を浮かべてくれた。
 それは祭壇に置かれた義姉さんの遺影が浮かべていた、微笑みにそっくりだった。 

 義姉さん――オレは初恋のあなたの面影を濃く残す子供たちを育てることになったみたいです。

 大丈夫か、オレ?
 特に理性面が……。
 子供には興味がないが、義姉さんの娘となれば話は別……になるかもしれない。

 辺りからはオレを称えているのか、拍手が沸いていった。
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