チートな転生農家の息子は悪の公爵を溺愛する

kozzy

文字の大きさ
115 / 277
連載

143 彼の受けた衝撃

しおりを挟む
最近は陽が昇るのが本当に早くなった。

この季節は明るい時間が多くて得した気分だ。こうして朝の日課である水遣りも1時間前倒しに出来る。つまりそれは他にまわせる時間も増えると言うことで…


…ィン…

「うん?何の音…?」

気のせいか…。
くどいようだが田舎の子は耳が良い。でも物音に過敏になるのはいつまでも警戒心が解けないからだ。
早く全てを解決して安らかに眠りたい…、しまった、縁起でもない…。

だけど相手が仕掛けてこない以上こちらからは何も出来ない。ここは法治国家だ。…これまでだって一応…。
今まではともかく大公が聖王となった今、親友である僕が法を破る訳にはいかない。大義名分が必要なのだ。アデリーナを退治するにしたって大義名分が。

だが何か証拠をつかんだその時は…








「アッシュ様、水やりは終えられましたか?ユーリウス様がお呼びです」
「ありがとうダリ。すぐ行くよーって伝えてくれる?」

「かしこまりました」


アレクシさんが家令へと華麗に転身を決めたことで、カイとダリは大公邸からこのリッターホルムに戻って来た。
あとはユーリについて実地で経験値をあげてもらうしかない。今はまだ見習い従者だけどね。
月の美神のようなユーリの側に子供従者が二人…、眼福だ…。お仕着せを着た子供ってなんて可愛いんだろう。

それにしても珍しいな。ユーリが水やりの最中に呼び出すなんて…



「アッシュ、コーネイン家の馬が見当たらないのだが何か見かけたかい?」

「ヘンリックさんちの馬?え?何も見かけてないよ?どうしたって?」

「今朝早くに厩舎から馬が消えた。自分の不手際だとコーディーが気に病んでいる。」

「あ…、さっきの…あれ馬の声…?1時間くらい前に声聞いたかも。敷地内に居るならすぐ見つかるよ」


コーディーさんは代々このリッターホルムに仕えてきた御者の家族のお父さんだ。ユーリの毒素騒動の時に逃げ出した奥さんを除いて、3人の息子たちと力を合わせて非常に献身的に仕えてくれている。とても真面目で朴訥な、信頼のおける人だ。

不手際で馬が逃げ出したって…?考え難いな。


「ボーイたちは探しに出したんでしょ?朝食がすんだら僕も行くよ」
「…フォレストに行くついでで良い。気に留めておいてくれ」


朝食も終わり細々した雑用をこなしながら昼食にはサンドイッチでも作ってフォレストで食べようかなぁ…なんて考えてた時だ。そこにそわそわしたノールさんがやって来たのは。


「アッシュ君、うちのロビンどこかに行くって言ってた?お昼前には出かけるって言っておいたのにいつまでも帰って来ないんだ。もう正午だよ…」
「どこも何も今朝は会ってないけど?」

「え?でも明け方「少し用を済ませたら君の水やりを手伝いに行く」と言って寝台を出て行ったんだけど…」
「…来てないよ。」



大慌てで屋敷中のボーイに確認を取ったところ彼は確かに部屋を出て花壇のある裏庭へと向かっていたようだ。だがそこから先の足取りが、突如としてぷつりと切れた…。


「ど、どうしよう…、まさかアッシュ君の時みたいに…」
「ノール、しっかりするんだ。君が狼狽えてどうする!」
「ヘンリック…でも…」

「かどわかし?だが彼は朝まで間違いなく屋敷に居たのだろう?屋敷に不審な人間は居ない。アッシュの件があってから塀は補強を済ませたし屋敷の安全には細心の注意を払っている。その為に下働きの末端まですべてヴェストが把握しているんだ」

「私にも把握できない人間は居ます。本日で言えばコーネイン家の御者です。もちろん彼は本邸で寝泊まりはしていませんが同じ敷地の中におりました」

「ヴェスト…、我が家の御者を疑うつもりか?」

「ヘンリックさん、悪いけど僕は人情で判断しない。疑いはしないけど信じることもしない。まずは確認だ」



そうして向かった厩舎。そこにコーネイン家の御者は居なかった。朝から見当たらないと言うその一頭の馬とともに…



「まさかそんな…、何故なんだ…」

「そうと決まったわけではない。気やすめだがな…。ヘンリック、その御者はどういった男だ」

「当家に仕えてすでに5年ほどになります。とある侯爵家からの紹介状を持ち当家へとやってきました。30ほどの年若い男ですがこれまで特に問題を起こしたことはありません。働きぶりも人間性もことさら問題になるようなことは無く信用していたのですが…」

「その人家族は?」

「あ、ああ。我が家でランドリーメイドをしている妻とまだ幼い娘が居る…、まさか君…」

「そのまさかだよ。家族を盾にとって言う事を聞かせる、脅迫者の常套手段だ。ここで起こる全ての危機、考えられる原因なんて一つしかない!」

「アッシュ!それはもしや…」
「ロビン…っ!」


狡猾なアデリーナは自分の手は汚さない。いつだって自分は高みの見物…なるほどね。強行手段に出たってわけか…


「…すぐ父に確認を取る。これがもし本当だとしたら…すまないノール、我が家の御者が、なんてことだ…」

「いいや、これは私の責任だ!私の考えが甘かったのだ!まさかノールの家族にまで…」

「二人そろって落ち込んでたって始まらないでしょ。しっかりして!ノールさん!ショック受けてる暇は無いよ!ヴェストさんの力は屋外で半減するんだ。僕とノールさんの頭脳が頼りなんだから!」

「あ…、そ、そうだね。しっかりしなきゃ…」
「歩けるか?ノール」

「アレクシ…」


ああは言ったけど今のノールさんに冷静な判断は難しいだろう。ならば僕がやらなければ!

考えろ…考えるんだ。
御者と一頭の馬、消えたロビン。裏の花壇で聞こえた馬らしき声、ああ、耳が良くて良かった。裏で聞こえたって事は北に向かったのか?
あの時間正面はもちろんのこと、どの裏口も朝早いヤードボーイがウロウロしている。人目を避けられるのなんて僕の花壇がある北側しかない。
ガーデンを抜け丘を越えて露天風呂のある観測所の向こう北側は、さらに丘を越え雑木林を抜け最後、…道すらない未開の山しかない。あの山から領外には出られない…。どういう事だ…?


「ヴェストさん、出来るところまででいいから裏の花壇から裏山までの認識してくれる?」


ヴェストさんの後に付いて何一つ見逃さないよう歩く僕に、アレクシさんに支えられ泣きそうになりながらもノールさんは必死について来る。

ヘンリックさんとユーリは屋敷に残って捜索の段取りにはいっている。人を集めて捜索開始までに何か一つでもヒントがみつかれば…。初動捜査は最初の鍵だ。限られた人員を有効に使うため捜索範囲を少しでも絞ることが出来れば…!

なのに初夏の元気な青葉は僕らに何も知らせてはくれない。嘘だろう?何の痕跡も無いなんて。ああ…


「アッシュ様。観測所の露天風呂、ここに馬が水を飲んだ形跡を認識しました。」

「ホッ…、じゃぁやっぱり方角は間違ってないって事か…。ノールさん、ユーリにすぐ伝えてきて。」

「私はアッシュ君と行こう。ノール、一人で大丈夫かい?」
「僕は大丈夫。それよりもロビンを…、一刻も早くロビンを見つけて…」


涙ぐむノールさんを一人で戻らせるのは忍びないが…、いかんせん戦力外だ。彼が自分は嫡男には向かない、そう言い張るのはこんな繊細な部分があるからなんだろう…。




そうしてさらに突き進んだ丘と林とそのまた向こう、山のふもとには一頭の馬が放たれていた…。




しおりを挟む
感想 392

あなたにおすすめの小説

なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?

詩河とんぼ
BL
 前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

主人公の義弟兼当て馬の俺は原作に巻き込まれないためにも旅にでたい

発光食品
BL
『リュミエール王国と光の騎士〜愛と魔法で世界を救え〜』 そんないかにもなタイトルで始まる冒険RPG通称リュミ騎士。結構自由度の高いゲームで種族から、地位、自分の持つ魔法、職業なんかを決め、好きにプレーできるということで人気を誇っていた。そんな中主人公のみに共通して持っている力は光属性。前提として主人公は光属性の力を使い、世界を救わなければいけない。そのエンドコンテンツとして、世界中を旅するも良し、結婚して子供を作ることができる。これまた凄い機能なのだが、この世界は女同士でも男同士でも結婚することが出来る。子供も光属性の加護?とやらで作れるというめちゃくちゃ設定だ。 そんな世界に転生してしまった隼人。もちろん主人公に転生したものと思っていたが、属性は闇。 あれ?おかしいぞ?そう思った隼人だったが、すぐそばにいたこの世界の兄を見て現実を知ってしまう。 「あ、こいつが主人公だ」 超絶美形完璧光属性兄攻め×そんな兄から逃げたい闇属性受けの繰り広げるファンタジーラブストーリー

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。