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船上の一コマ
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「本当に素敵なお式でしたわねリアム様」
「ああ。豪華ではないが温かな、慈愛の神託シャノン様に相応しい良いお式だった」
わたくしたちはこの夏プリチャード家のご厚意に甘え、妹のマリエッタ、ブラッド様と同乗し始めての館船で北部へと訪れていた。
婚儀の一週ほど前に北部へ入り、シャノン様の案内でシャローム広場へ遊びに行ったりたわいもないお喋りに花を咲かせたり…
すっかり北部に馴染んでおられるシャノン様に、こそりと安堵の息をついたりもした。
北部でのシャノン様は政務に携わる事を控えておられるようだ。
恐らくはこれこそが次代の在り方と、正王都のトレヴァー殿下へお示しなられているのだろう。
ご自分は外交と慈善を集中して担うのだと立場を明確にされ、その要になる保養施設『スパ』、そしてなんといっても北部のシンボルでもある『舞踏館』、そこに注力されている。
「あの丸い舞踏館もなかなか考えられているだろう?あれは今後いろいろな形で活用する予定なのだよ」
「活用?アリソンそれは?」
「聞きたいかいリアム。シャノン様はあの舞踏館でダンスだけでなく、市井の民を招き入れオペラや演劇を開催したり貴族の遊戯であるジュドポームの競技会を開催してはどうかとお考えだ」
「市井の民に見せるのかい?何故?」
「スポーツや芸能とは身分も国も関係ないものだから、と」
ホゥ…「なんと崇高なお考えなのでしょう…」
一歩引き、殿下を立てられながらも陰ながら成すべき事をする…、わたくしもかくありたいものだわ…
「それでアリソン、君は王都へ帰る我々と同行しても良かったのかい?」
「ああ。シャノン様と殿下はルッソまでハネムーンへ出かけられた。一月半ほど戻られない。その期間を利用して溜まった休暇を取るようにと仰せだ」
「ハネムーン…婚儀を終えた夫婦が二人だけで旅行へ出かける…素敵ですわ…」ホゥ…
「あ、あの…、じ、じゃあ…夫婦であればこの機会に子供を、夫夫は互いの絆を高めよ、そう言う意味なんでしょうか?」
「そうね。あらあなた…カーティスだったわね?こちらへいらっしゃい。アリソン様、隣を空けて差上げて」
「ああもちろん」
彼はアリソンの父であるクーパー伯の部下となったスタウト子爵家のご子息だ。わたくしたちの学院後輩である彼は卒業と同時にこの北部へ居を移す予定になっている。
だからこそ長期の休みとなる夏季はこうしてアリソンの下で、先んじて務めのお手伝いをしているのだ。
今回の帰路、彼は研修の一環として船員室に寝泊まりしている。その合間を縫ってはこうしてアリソンのもとへとやってくるのだが…
どうやらシャノン様は彼がお気に入りのようだ。
おかしいわね、彼の髪は黒く無いのに…でもまあいいわ。
「カーティスはもう三年次なのでしょう?論文のテーマはお決めになって?」
「それがまだ…」
「あら、いけませんわね。三年次の冬期は論文さえ提出してしまえばプロムの後はほとんど出席が要りませんのよ?ご存じないのかしら?」
「いえ、知ってます…」
「では頑張ってプロムまでに出してしまいなさい。シャノン様は一日も早い北部入りをお望みよ」
「シャノンさまがそんな事を?」
「ええアリソン様。シャノン様は今後西のスイミー川にも小型の館船を浮かばせたいお考えがあるようね」
「ああ!それなら私も聞いた。一領ずつ停泊していくドンコウ船だね」
「ドンコウ?リアム、なんだいそれは?」
「シャノンさまは従来の館船をトッキュウ、小型船をドンコウと名づけて区別しておられたのだよ」
セントローム川の屋形船は貴族向けの貸し切り船。シャノン様が今回発案したのは庶民が都度乗り合わせの出来る安価な船だ。
ロイドはその話を聞くや、北の船着き場まで七日ほどの館船に比べ、ドンコウは北部まで倍ほどかかりそうだと即座に試算してみせた。悔しいけれど出来る男ね…
「それでも陸路より早く賊や獣などの危険もない…、領ごとに停泊…そうか小口の行商人などを招き入れるためか…。だがシャノン様からも父からも何も聞いていないのだが…」
「まだ頭の中だけの話ですもの。宿泊中お話ししていて何となく出た話ですわ。けれどもいつでも進められるようにしておきたいのではないかしら?「カーティス君早く来ないかな」と何度も仰っていたもの」
「カーティス」
「は、はい!僕がんばります!頑張って冬期休暇から北部に入ります!」
「そうなさい。卒業式には休暇をくださるでしょうから。そうそうアリソン様。シャノン様は北部入りしたカーティスの住まいをクーパー邸にお願いしたいそうよ」
「我が家に?副王都邸には文官の宿舎も完成したと思ったのだが…」
「アリソン、君はよく朝食を抜いて出仕しているそうじゃないか。大方寝坊でもしているのだろう?カーティスに身の回りの世話を、シャノン様はそうお考えのようだね」
「いや、だがカーティスは従者ではないのだし…」
「あ、あの…、僕何でもしますからお任せください!朝はお起こししますし朝食もご用意します!」
「いいのかい?では頼りにしているよカーティス」
せせらぎと鳥のさえずる長閑な夏の船旅。
次にお会いできるのはいつになるかしら。しばらくお会い出来そうにないわね、残念だこと…。
でも大丈夫。
わたくしとシャノン様はいつでもあの頃に戻れる親友なのだから。
「ああ。豪華ではないが温かな、慈愛の神託シャノン様に相応しい良いお式だった」
わたくしたちはこの夏プリチャード家のご厚意に甘え、妹のマリエッタ、ブラッド様と同乗し始めての館船で北部へと訪れていた。
婚儀の一週ほど前に北部へ入り、シャノン様の案内でシャローム広場へ遊びに行ったりたわいもないお喋りに花を咲かせたり…
すっかり北部に馴染んでおられるシャノン様に、こそりと安堵の息をついたりもした。
北部でのシャノン様は政務に携わる事を控えておられるようだ。
恐らくはこれこそが次代の在り方と、正王都のトレヴァー殿下へお示しなられているのだろう。
ご自分は外交と慈善を集中して担うのだと立場を明確にされ、その要になる保養施設『スパ』、そしてなんといっても北部のシンボルでもある『舞踏館』、そこに注力されている。
「あの丸い舞踏館もなかなか考えられているだろう?あれは今後いろいろな形で活用する予定なのだよ」
「活用?アリソンそれは?」
「聞きたいかいリアム。シャノン様はあの舞踏館でダンスだけでなく、市井の民を招き入れオペラや演劇を開催したり貴族の遊戯であるジュドポームの競技会を開催してはどうかとお考えだ」
「市井の民に見せるのかい?何故?」
「スポーツや芸能とは身分も国も関係ないものだから、と」
ホゥ…「なんと崇高なお考えなのでしょう…」
一歩引き、殿下を立てられながらも陰ながら成すべき事をする…、わたくしもかくありたいものだわ…
「それでアリソン、君は王都へ帰る我々と同行しても良かったのかい?」
「ああ。シャノン様と殿下はルッソまでハネムーンへ出かけられた。一月半ほど戻られない。その期間を利用して溜まった休暇を取るようにと仰せだ」
「ハネムーン…婚儀を終えた夫婦が二人だけで旅行へ出かける…素敵ですわ…」ホゥ…
「あ、あの…、じ、じゃあ…夫婦であればこの機会に子供を、夫夫は互いの絆を高めよ、そう言う意味なんでしょうか?」
「そうね。あらあなた…カーティスだったわね?こちらへいらっしゃい。アリソン様、隣を空けて差上げて」
「ああもちろん」
彼はアリソンの父であるクーパー伯の部下となったスタウト子爵家のご子息だ。わたくしたちの学院後輩である彼は卒業と同時にこの北部へ居を移す予定になっている。
だからこそ長期の休みとなる夏季はこうしてアリソンの下で、先んじて務めのお手伝いをしているのだ。
今回の帰路、彼は研修の一環として船員室に寝泊まりしている。その合間を縫ってはこうしてアリソンのもとへとやってくるのだが…
どうやらシャノン様は彼がお気に入りのようだ。
おかしいわね、彼の髪は黒く無いのに…でもまあいいわ。
「カーティスはもう三年次なのでしょう?論文のテーマはお決めになって?」
「それがまだ…」
「あら、いけませんわね。三年次の冬期は論文さえ提出してしまえばプロムの後はほとんど出席が要りませんのよ?ご存じないのかしら?」
「いえ、知ってます…」
「では頑張ってプロムまでに出してしまいなさい。シャノン様は一日も早い北部入りをお望みよ」
「シャノンさまがそんな事を?」
「ええアリソン様。シャノン様は今後西のスイミー川にも小型の館船を浮かばせたいお考えがあるようね」
「ああ!それなら私も聞いた。一領ずつ停泊していくドンコウ船だね」
「ドンコウ?リアム、なんだいそれは?」
「シャノンさまは従来の館船をトッキュウ、小型船をドンコウと名づけて区別しておられたのだよ」
セントローム川の屋形船は貴族向けの貸し切り船。シャノン様が今回発案したのは庶民が都度乗り合わせの出来る安価な船だ。
ロイドはその話を聞くや、北の船着き場まで七日ほどの館船に比べ、ドンコウは北部まで倍ほどかかりそうだと即座に試算してみせた。悔しいけれど出来る男ね…
「それでも陸路より早く賊や獣などの危険もない…、領ごとに停泊…そうか小口の行商人などを招き入れるためか…。だがシャノン様からも父からも何も聞いていないのだが…」
「まだ頭の中だけの話ですもの。宿泊中お話ししていて何となく出た話ですわ。けれどもいつでも進められるようにしておきたいのではないかしら?「カーティス君早く来ないかな」と何度も仰っていたもの」
「カーティス」
「は、はい!僕がんばります!頑張って冬期休暇から北部に入ります!」
「そうなさい。卒業式には休暇をくださるでしょうから。そうそうアリソン様。シャノン様は北部入りしたカーティスの住まいをクーパー邸にお願いしたいそうよ」
「我が家に?副王都邸には文官の宿舎も完成したと思ったのだが…」
「アリソン、君はよく朝食を抜いて出仕しているそうじゃないか。大方寝坊でもしているのだろう?カーティスに身の回りの世話を、シャノン様はそうお考えのようだね」
「いや、だがカーティスは従者ではないのだし…」
「あ、あの…、僕何でもしますからお任せください!朝はお起こししますし朝食もご用意します!」
「いいのかい?では頼りにしているよカーティス」
せせらぎと鳥のさえずる長閑な夏の船旅。
次にお会いできるのはいつになるかしら。しばらくお会い出来そうにないわね、残念だこと…。
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