コスプレ令息 王子を養う

kozzy

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僕の事情

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「そう言う訳だ!お前との婚約はこの場を持って解消する!」

ポタ…ポタ…ポタ…

頭から滴り落ちる水滴。これがほんとの寝耳に水…、って、合ってるか?

目が覚めた!と思った瞬間顔面にかけられたコップの水。これは「もう起きなさい」とブッかけられたわけじゃないってことは目の前の男が発する憤怒のオーラが物語っている。

けどいったいこれは…何事?
ここはどこ?これどういう状況?僕の身に何が起きたの?




僕は趣味と実益を兼ねてコスプレを楽しむ学生レイヤー。コスネームをイブと言うどっから見ても女の子…と見まごう、けどれっきとした男の子だ。子だ!娘じゃないよ。
けどコスの一環として女性キャラになりきることは当然ある。っていうか女キャラのが多い。だって小柄な僕には似合っちゃうんだからしょうがない。

ちょっとだけ家族の紹介するね。

僕は父母姉弟の五人家族に生まれた現在十八歳のいたって普通な(?)男の子。
父は痛車を乗り回すアニオタで弟は格ゲーをこよなく愛するゲーオタで、姉は社会人の皮を被ったドルオタで、母は何でも来いのオールマイティなオタだが、何を隠そうコス衣装の半分は母作だ。(もう半分は自作ね)

けどこれでもうわかったね。我が家はオタク一家。僕のコスを応援こそすれ、反対する野暮な家族は一人もいない。各々の布教活動とコスクオリティへのダメ出しがうるさいのだけがタマニキズといったところか。
そしてみんなもご存じなようにオタ活にはお金がかかる。お姉ちゃんだって給料のほとんどをつぎこんでるし。

ってことで僕の軍資金はバイト代とインスタでの僅かな、けど貴重な収益。けど毎月の収支はどれだけバイトを入れても常にギリギリだ。

僕は家族の理解の元、コスプレのために学校も通信制を選び、バイトとイベント、遠征からの時々スタジオ、という大変忙しく有意義な毎日を過ごしていた。
バイト先の人から「いつ寝るの?」「たまには休みなさい」と心配されるが身体の疲れを感じた事はない。けどお肌の疲れは少々感じる今日この頃…

そんな僕の日常だが、その日も僕はいつものごとくウキウキとコスイベントに参加していた。
本日の参加会場は年に数回ある、薄い本を売ったり買ったりする大きなお祭り会場。
何万人…という人がひしめくその会場の一角にコスプレ会場は用意されていた。

僕がこの日選んだのは最近かなり人気のBLゲー『ドッキドキ♡ナイト イケメンキャッスルにようこそ』に出て来る悪役キャラ。
この通称『ドキナイ』は近世ヨーロッパ風味の世界観を舞台にしたBL攻略ゲーである。
ヒロイン(♂)をめぐってお城の王子様、王子様の従兄でもある公爵子息、その公爵子息の従者たる子爵家の息子、騎士志望の伯爵令息、侯爵家の三男である学院の先生…などなどがドッキドキの争奪戦を繰り広げる健全なソシャゲである。

良くあるシナリオなのだが人気が出た理由はヒロインがテンプレ通りじゃないってことと、とにかく絵師が良い仕事をしたってこと。そして!挿入されるスチルの数が他ゲームに比べ群を抜いて多かったためだ!

絵の枚数はイメージを掻き立てるのに必須ではないが重要なファクターとなる。
最近流れてきた情報では、配信アニメ化、2.5次元舞台化の発表が間近だろうという話だった。

いやー、それにしてもこのゲーム…、BLゲーらしくメインキャラは絵師の作風もあるのだろうがもれなく全員キラキラした男ばかりで、本日僕がなりきる悪役キャラなんかも脇役だが顔だけならメインキャラより良かったりする。

ああそうそう。自慢じゃないが僕の顔(メイク後)はかなりの美形だ。今日の〝併せ”も「イブりんゴージャスにお願い」と頼まれたのがこのお邪魔キャラであるイヴァーノ侯爵令息なのだ。

実を言うと僕の素顔はもっとあっさりしている。けどコスメイクはあっさり顔の方が作りやすかったりする。個性を消してなりきれると言うか…

なので、一見貴族服風だが予算の都合上布のクオリティを下げたペラい衣装と(無念…)、気合の入ったアイメイク(カラコン、テープでツリ目作成、BLキャラらしいバシバシ上下のつけまつげ)は僕を完璧な侯爵令息へと変貌させた。

その人気たるや囲みが終わっていざ買い物へ向かう際にも

「すいません、写真いいですか?」
「いいですよ!あ、無断掲載はやめてくださいね」

パシャー、パシャー

「あー、イヴァーノだ!ヤーン、一枚撮ってもいいですか?」
「イヴァーノお好きですか?じゃポーズ決めますね、「そこをお退き!」ハイどうぞ」

パシャー、パシャー

こんな感じで思う存分楽しんでいたのだが、そんな最中それは起こったのだ。

「え、ちょ、企業ブースの待機列あんなに延びてんの?」
「うっわ、きっつ」
「でも数量限定の会場限定だし…絶対欲しい!」

けどそんなのはそこに居る全員の総意なわけで…なんとかしてそこに辿り着こうとする人の波は、暑さもあってついに幾人かの理性を失わせた。

「危ないってば!」
「お、押さないで!」

「きゃっ!」
「リンリンさん!あぶない!」

リンリンさん(本名鈴木)は男性コスだが一応(失礼)女の子だ。チームに男は僕一人。なら僕が盾にならないと!
そう思い彼女を庇って床に投げ出されたフェミニストな僕は、そのままバランスを崩した人波にもまれ…

気が付いたら顔に水をぶっかけられていたというわけだ。




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