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レオニール・スカイスフィールド

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俺が彼女を殺した。















見下ろす中庭で楽しそうに笑っている彼女は俺を知らない。






『…ほんとうに、何も、……覚えていないのか……?』

『、申し訳ございません、…王太子殿下…』



胸が潰れそうに痛んだ。
終始すまなそうな表情で、戸惑っている表情で、
視線すら、殆ど交わらない。

ただ、王太子という存在に恐れをなしていただけだった。


誰よりも近くにいたのに、今は他人よりも遠い。


心が折れそうだった。
先に手折ったのは己だというのに。









陽光に煌めいて、月色が揺れている。
まばゆい笑顔の、碧色を淡く照らす。



周りの視線男たちなど、気にも留めないで。



「…っ」



ーーそんな、資格は無い。
握りしめる拳になど、価値は無い。


彼女は俺を知らない。
俺が彼女を殺したから、それを知る俺だけが
彼女のなかから消えたんだ。


きみへの想いを俺だけが、消せないでいるんだ。



どうしたら、消せるんだ。
…どうして、消せるんだ。



ティア。



どうして俺を置いていったんだ。
どうして俺を連れていってくれなかったんだ。
言い訳もさせてくれない。
文句一つも言ってくれない。
詰って罵倒して、嘘つきと罵って、大声で泣き叫んで、
裏切り者だと俺も、連れていってほしかった。



ティア、



きみの居ない世界で生きろとそれが与えられた罰なら。

償える気は永遠にしないのに。




「……ブライス、」

「何?」

「…………可能性はないのか」

「なんの?」

「……記憶が戻る事は本当にないのか」


ふう、とソファーから立ち上がり俺の見つめる先に視線を重ねて、ブライスはまたため息を吐いた。


「…ないよ。父上が言い切ってた。もし方法があるなら含みを持たせていたはずだ。
父上が断言するのは、意見それが変わらないときだけだから」

「…」

「ーー記憶って、」


ブライスは窓に背を向け、寄りかかりながら空中に円を描く。
指さきから白い煙のようなモノが、くるりと一周した。


「例えは何でもいんだけど。引き出しとかなんとかね。ーー些細なことでも、忘れていたことでも、
忘れそうなことでも、残っているから、思い出すことができるんだ」


白い円のなかで、きらきらした色鮮やかな粒子が踊るように舞っている。


「記憶喪失。…でも残っているからふとしたキッカケや、合図のようなもの。
身体的接触。体験。五感。何か一つでも条件が噛み合えば、思い出せる。時間はかかっても、きっとね。」


粒子は少しずつ、円の外へ出ていく。


「ーーでも、リアには。思い出すそれがない。
混ざり合って、隣り合う記憶でも、……レオのものだけは、ないんだよ。」


ブライスが指で弾くと粒子は霧散し、空っぽの円だけが残った。


「……うちの妹が、優秀すぎてごめんね」


それもやがて消えていく。

軽口を言いながら切なそうに笑う笑顔が、ほんの少し似ていると思った。








「…まったくだ。…ピンポイントで俺だけ狙うんだからすごい才能だよ」

「ふは、…まぁリアは頑固だし、レオは馬鹿だし。」

「……そうだな」

「馬鹿なのは俺もだけどね。なんなら父上だってみんな馬鹿だ。…気づかなかったんだから、誰も、」

「ブライス、」

「……リアだって馬鹿だ……あの頑固者……」


禁呪には、代償が必要なのに。






肩を震わすブライスを横目に、振り返る。

彼女はちょうど立ち上がり、去っていくところだった。





『ーー…娘の魔力はなっています』




話を聞いたとき、公爵は最後にそう言った。


俺には視えないから、それがどれだけ彼らの不安を煽っているか想像もできない。

俺にできることなど、ひとつもない。


遠くなる姿を見つめていることしか。



けれど、


けれど。



「ブライス俺は、……ティアを諦めるなんてできないんだ」

「…そんなん知ってるよ…レオは蛇竜よりしつこいでしょ、…」

国王父上たちにせっつかれてる。引き延ばすのも限界だ。でも俺は、ティア以外考えられないんだ…どうしたら、」

「…はぁ?そんなんいっこしかないじゃん。だよ」

「、は…?」

「魔法なんてダメだからね。あるとしても俺は知らないし使えない。
出会い、…はもう終わってるからまた好きになってもらえるように最初からぜんぶ自分の力でやり直すんだよ」

「ーーそんなの、」

「ぽんこつは今日で卒業しなよ。…ったくいつまでもうじうじしてそんなヒマあったらできることたくさんあったでしょ。」

「お前だって泣いてただろう…」

「泣いてませーん目に魔力が入っただけですー」


目に魔力ってなんだよ。そんな話聞いたことないぞ。
ぽかんとする俺にティアより淡い新緑の瞳を赤くさせたブライスがどうすんの、と問いかける。



考えた事もなかった。
もう駄目なんだと、なくなってしまった記憶ものにばかり囚われて。
自分の後ろめたさばかりに、気を取られて。



ほんとに、俺は馬鹿だ。

これ以上失うものはないのに。
これ以上、失わせるわけにいかないのに。



代償を払わなければならないなら、今後こそ、一緒にーー




「…足掻いてみるよ、最後まで」



フラれても?と笑うブライスの笑顔は、
やっぱり似ていた。



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