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畜生

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「ぁ…あ…あー…ぁ"ー」




何も見えず、聞こえない。
臭いも、感覚も、どこかも、分からない。

睫一本も、動かせないわ。




いったいわたくしに、なにが起きたの。 


…はやく、思い出さなければ、気がするわ…

…間に合わない…?いったい、何、に、


ーーそう、そうよ、あなたが、来たわ。



わたくしのティリス。愛しい人。





あなたが、会いにきてくれた事を覚えてるわ。


恋文をくれたのよね。初めてのことよ。
いつもわたくしが情けをかけるばかり。

やっと身の程を知ったあなたが会いたいと慈悲を乞い、逢瀬に忍んできた。

あなたの色を纏ったわたくしは天上の者より美しかったでしょう?


あの女の一味が妙な事を企んでいそうだったから、その日に一網打尽にするつもりでいたの。

いい加減良い子でいるのも飽きていたし、早くあなたと二人っきりになりたかったのよ。



この国のお人形遊びは、つまらないんだもの。



今日は運命の日になる。

あなたがわたくしの手を取り、連れてゆく。
行き先はわたくしが選ぶわ。もう決めてあるの。ずぅーっと前から。



御伽噺のような世界で、

畏れ多くもわたくしに触れ、愛することをゆるしてあげるわ。
あなたの悲願を、叶えてあげる。



そう、思っていたのに。



あなたは一人じゃなかった。
また下賤を連れていた。前にも見たわ。
薄汚い血を持つ奴隷。
だからついカッとして躾けてあげないとと振り上げた手と、わたくしの唇をあなたは塞いだ。


『…させるわけにはいかないわ。貴女にはもう、これ以上何も』


とろりとした熱い魔力モノで、わたくしを貫いて。
決意を秘めた意思ある眼差しは、かつて何度も焦がれたそれ。


…ああ!ティリス…!わたくしの、わたくしのために存在する唯一…!
待っていたのよずっとずっとずっとずっとずっと待っていたの!!
早くわたくしの手を取って連れて行ってちょうだい…!


そう叫びたいのに塞がれたままの唇がもどかしくて、動かない身体がじれったい。


『ーーッ、~~……ッ!?』


そのうち呼吸が苦しくなり、立っていられなくなったわたくしは踏み潰された果実のようにべちゃりと床へ座り込んでしまった。
はしたないわ。けれどわたくしの意思とは裏腹に身体はちっとも動かずますます重くなってゆく。

何をしたの、と思っても動かない。



『転生術。もっと早く気づくべきだったわ。
……魔術とは己の血との契約。
捨て身で対価を払ったんでしょうけれど、…理解すべきだったのよ。
貴女は始祖様の血まで使い、また同じ時代をと望んだ。始祖様の血なら、より強くかかると思ったのね。でも産まれ堕ちたのは貴女だけ。当然だわ。契約違反術者以外の血を使用したんだもの。
…だから始祖様はほうっておいたのね…破滅すると知っていたんだわ』


……何を、言っているの、ティリス。


『失敗すると知っていたのよ。
代償は早い段階から払わされていたでしょう?得意の精神干渉は使えなかった。
だからまわりくどい方法しか選べなかった。
そうまでして貴女はこの国までやって来たけれど、其処にいたのは私。始祖様じゃない。
共鳴するほど似通った魔力を持っていても私は始祖様ティリスじゃない。

ーー貴女だって私の事をティアリアと呼んでいたじゃない。』


ーーちがう、ちがうわ、わたくしが失敗なんてするわけない!あなたはティリスよ!わたくしの!『ぁ"…が…ッ』激しい怒りで身の内が膨らんでいくのに、吐き出せない苛立ちにどうにかなってしまいそう。

生意気な事を言うこのを、一刻も早く躾直さないといけないのに…!


『……ッ、あ"、ぅ、』


この高貴なわたくしを、最下層の娼婦の穢れた胎から生まれた下賤が憐むように見下ろすなんてゆるさないわ…!
このわたくしが、お前なんかを気にかけてやってるというのに…!


『……独りぼっちの世界は、きっと虚しくて生きているのも嫌になるんでしょうね…でも貴女も私も、それがお似合いなんだわ…
……あなたのためあなたのためと言いながら結局、自分の事しか考えていないんだもの…』


お前のために、すべてを捧げてやったというのに…!


『…始祖様が貴女に何か与えたとしたならそれは、無の牢獄だわ。
肉体が滅んだあとの無限の刻を、自我を保ったまま魂が消失するまで過ごす特別な場所よ。……御伽噺の楽園とは、対極の。

…ふふ、でも始祖様はきっと、愛しいエターナリア姫とともにそこで過ごしているでしょうね。』


その糞忌々しい名前を聞いた時、獣のような醜い咆哮がやけに耳の近くで聞こえ。



『貴女が決して踏み入れられない世界で。
自分の始末は自分でつけなければいけないのよ。……貴女も私も、』




下賤がわたくしに指を向け、ナニかを掴む仕草をした時、



『ッう"!ぁあ"…ッッ』



ナニかが引き摺り出される強烈な痛みと、引き剥がされるように魔力が奪われるのを感じた。


『始祖様のものを、返してもらうわ。……さようなら』


もっともっと醜い雄叫びがいつまでもわたくしの耳を支配していた。
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