巻き戻し?そんなの頼んでません。【完】

雪乃

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侯爵代理①

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娘が死んだ。





目覚めてすぐ周りにいた人間に娘のことを訊いた。
無事なのか、と。
そのとき刺すような痛みに脳内をかき混ぜられたが、それを見つめる多数の目のなかに答えてくれる者はいなかった。
自分がどこにいるかも分からない。
だが見渡すとどうやら病院のような場所にいるようだ。


何が起きたんだ。事故にでも遭ったのか。

娘は、ルコラは無事なのか。
何故誰も答えない。
頭が痛い。


一体何が、どうなっているんだ。






何度問いただしても娘については教えてもらえず、無駄な問答を繰り返す日々。
頭痛に苛まれながら漸く起き上がれるまでに回復してきたある日、引き摺られるように連れて行かれた部屋で聞かされたのだ。





「ーーーーーーうそだ、」

「事実ですよ」


絞り出すような己の声とは対照的に、朗々と聞こえる声が真実だと告げていた。


脳内をかき混ぜられる痛み。





「ッ…………嘘だ、……ルコラ、……ルー……」

「…」

「……っ、……ルコラ……ッ」

「どんな気分です?」



男は続けた。


実の娘を手にかけた気分は、と。






クレソン侯爵代理ハルディオはソルト子爵家の三男だった。
前当主であった妻サリナとは学園時代に知り合い、貴族では珍しい恋愛結婚。
家格の差はあったが当人同士は想い合っており、ハルディオ本人も誠実で勤勉な男だったため、大きな障害とはならなかった。
当主の妻を支えながら睦まじく過ごし念願の子宝を授かったのは結婚してから四年後のこと。

白青色の髪に、妻とおなじアプリコットの瞳。
ルコラと名付けた娘は、ふたりの宝物だった。


『…泣いてるの、ハル』

『……しあわせで泣けてくるんだ。…愛してる、サリー。きみとこの子を、生涯をかけて守るから』


誰よりもうつくしい、母となった妻に誓った。

世界は明るく、与えられた幸福に感謝して。





そんな幸福の欠片が突然剥がれる。

最愛の妻が、脱輪した馬車の事故に巻き込まれこの世を去ったのだ。
仕事も手につかず酒量は増えた。
貴族街、平民街問わずフラフラと出掛けては酒樽を荒らす。


娘がいるのに後を追うことばかり考えていた情けない父親を、引き留めてくれたのはやはり娘だった。



手につかずとも、当然ながら仕事はしなければならない。
だが妻の執務室にはどうしても入ることができず、それでも近いところにいたいと隣の客間を自身の仕事場としていた。

物音が聞こえ、ペンが止まった。

気のせいかと動かしていればまた聞こえ。


執務室は妻がいなくなってしまった日からそのまま。
必要な書類や資料を取りに行かせることはあるがそれ以外、掃除なども許可なくさせていなかった。


ーー勝手に入室するなど。


怒りに任せて数ヶ月ぶりの室内に踏み入れば、

代々受け継がれているアンティークの執務机に。

その椅子に、小さく座る娘がいた。



『ーールコラ…?』


お父さま、と恥ずかしそうに笑いかける。


『勝手にごめんなさい……お母さまにお話しにきたの……。
はやくお仕事を覚えて、お父さまのお力になれますようにって…お父さまはお母さまがいなくってさみしいのに、わたしたちのためにがんばってくれていますって、だから、わたしもがんばるからって…。
ここにいたら、…お勉強もがんばれると思って…今日のお勉強むずかしかったの…ごめんなさい…』

『……どうして私のところに来なかったの……?』

『…セルゲイが…お父さまはお仕事ちゅうだって言ってたから…じゃましちゃいけないと思って…』

『……そうか。…一緒にお勉強しようか?それともお話する?』

『…っ両方…!一緒に…っ!』


うれしそうに飛び込んでくる娘を抱きしめる。

母が恋しいはずの娘に。

まだ幼い我が子に気を遣わせて、情けなさと不甲斐なさで瞼が滲んだ。
己の不始末を心のなかで妻に詫びた。


『……あぁ、……一緒に、』


サリー。
きみはその瞬間まで、しあわせでいてくれただろうか。
きみを、しあわせにできただろうか。
一緒にいてやれなくてすまない。
愛してる。
サリー。
いつまでもきみだけを。
愛おしい娘。
私たちの宝。

必ず、しあわせにするから。













何が、ーー何を、言っているんだ。私がそんなことをするわけがない。
最愛の妻が遺してくれた愛しい娘。
ルコラ。

、私のーー




「……侯爵代理、今は何年かわかりますか?」


頭を抱えていると壁際に立つ魔術師のローブを羽織る何人かのうち、最も若い男が言った。この国ではない紋章。


「…っ、何、「いいから答えて。何年ですか?」

「ッ……統一暦、…四百十一年…、っ」


答えた瞬間空気が重くなってゆく。


「……確認しなかったんですか」

「まさかーー。…申し訳ない、娘のことは記憶にあるようだから失念していた」

「基本的な認知質問でしょう…。それにしてもここまでのモノか…効果は人による…」

「黙ってくれ……ッ娘に会わせろ……!」


訳の分からない会話と、止まない頭痛に思わず叫んでいた。


「……侯爵代理、今は統一暦四百十九年です。
残念ながらルコラ嬢は亡くなっています。毒殺されたんですよ」



あなたが殺したんです。





理解し難い言葉と、
それから聞かされたのは自身の悍ましい鬼畜の所業だった。
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