巻き戻し?そんなの頼んでません。【完】

雪乃

文字の大きさ
6 / 40

侯爵代理②

しおりを挟む



「殺してくれ」

「最後に覚えていることを教えてください」

「殺してくれ」

「八年前ですから覚えている者は多くなかったですがいくつか証言は取れました。
ーー緋色の髪をした貴族の男が、毎夜のように酒場に現れていた、と。薄いブルーの瞳。
恐らくあなたでしょう。覚えていますか?平民街のかなり怪しげな店にも通われていたようですね。
その何処かで、あの親子に会ったのではないですか?」

「殺せ」

「背景を探ることも重要なんですよ。十中八九単独だとは思いますけどね。」



「殺してくれ……ーー頼む……」



「…」

「頼む……」



「あなたを殺して何になるんです?」



その通りだとハルディオは思った。
でもそれしか浮かばないのだ、とも思った。


暴れた瞬間拘束魔法で括り付けられ、舌を噛もうとした瞬間自衛魔法を発動された。
発狂されては困ると。そんなことはさせない。逃げるなと。

おかげで思考はどこまでも正常だった。



妻を裏切り悪魔を家に引き入れ家族ごっこに興じる夫。
幼い娘の成長を見守るどころか、
長年虐げて命を脅かし、それを奪った父親。

そして犯した罪すら覚えていない。



誰に謝まればいい。誰もいない。
妻も。娘も。



ルコラ。

どんな気持ちだったのか。
ひとりで。
狂った人間に囲まれて。
悪意にさらされて。
味方もいない孤独な世界で。
十歳になったばかりだった。
心まで疲弊したその小さな身体に、私は何をしたのか。
十八歳だったという。
八年。
八年もの、長い間。


どんな言葉でも言い表わせない。

何故覚えていない。





ルコラ。私の宝。

暗闇を恐れない子だった。
星の輝きを、月の穏やかさを、夜のうつくしさを、
そこに、大好きな母がいると知っていたから。
まぶしい太陽の下で、静かな雨の中で、
いつも笑顔を咲かせてくれていた。


それを根こそぎ奪って踏み躙った。

何故、覚えていない。



助けてと泣いただろう。
怖いと泣いただろう。
どんな気持ちだったか。
それが絶たれて、絶ったのが父親だと知ったとき。

子が、

親より先に死ぬなどあってはならないことなのに、それをしたのが実の父親だと知ったとき。




今見つめているこの手がそれをしたのだ。
震えが止まらない。
泣くことなど許されない。
そんな資格はない。
謝ることも。贖うことも。



「…………見方によってはあなたも被害者だと言えるでしょう。
夫人を亡くされ悲しみの淵にいた心の隙間を狙われた。奴らにすれば弱っていたあなたをどうにかするなど簡単だったでしょう。
だから精神干渉の類の魔術一切が禁止されているんです。当人の意思関係なく罪を犯させることもできるんですから」



ルコラ。私の、私たちの、宝。



「だからといって許されることじゃない。
そこにあなたの意思がなくとも事実はなくならない。あなたの娘は死んだ。あなたが殺した。
あなたはこれから真実を知って自覚しなければならない。覚えのないこと、記憶にないことすべて知らなければほんとうの意味で罪を理解するなんてできない。

ーー俺はルコラ嬢の死に顔を見ました」

「ーー」


顔を上げた自身の勢いに周りがざわめくが、眼前にいる変わった髪色をした異国の魔術師は意に介さない。


「何時までかかるかわからないし、拷問のような時間が続きます。終わるかもわからない。最後まで耐えられますか?もしそれができたら、どんな表情だったかお教えしましょう」


それと。


「殺せだの死ぬだのと戯れ言は今後控えるように。
あなたのそれと彼女のそれ、言ってて虚しくなるだけでしょう。……聞いてて吐き気がする。」


物音も立てずに立ち上がり見下ろされる威圧に、ハルディオは罪のはじまりを知った。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

前世で私を捨てた皇太子が、今世ではなぜか執着してきます。でも私は静王妃なので『皇叔母様』と呼ばせます

由香
恋愛
沈薬は前世、皇太子の妃だった。 だが彼の寵愛は側室へ移り、沈薬は罪もなく冷宮へ送られ――孤独の中で死んだ。 そして目を覚ますと、賜婚宴の日に戻っていた。 二度目の人生。 沈薬は迷わず皇太子ではなく、皇帝の弟である静王を選ぶ。 ただしその夫は、戦で重傷を負い昏睡中だった。 「今世は静かに生きられればそれでいい」 そう思っていたのに―― 奇跡的に目覚めた静王は、沈薬を誰よりも大切にしてくれた。 さらにある日。 皇太子が前世の記憶を思い出してしまう。 「沈薬は俺の妃だった」 だが沈薬は微笑んで言う。 「殿下、私は静王妃です」 今の関係は―― 皇叔母様。 前世で捨てた女を取り戻そうとする皇太子。 それを静かに守る静王。 宮廷を揺るがす執着と溺愛の物語。

婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです

鷹 綾
恋愛
王太子カイル殿下から、社交界の場で婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リュシエンヌ。 理由は―― 「王太子妃には華が必要だから」。 新たに選ばれたのは、愛らしく無邪気な義妹セシリア。 誰もが思った。 傷ついた令嬢は泣き、縋り、やがて戻るのだと。 けれどリュシエンヌは、ただ一言だけ告げる。 「戻りません」 彼女は怒らない。 争わない。 復讐もしない。 ただ――王家を支えるのをやめただけ。 流通は滞り、商会は様子を見始め、焦った王太子は失点を重ねる。 さらに義妹の軽率な一言が決定打となり、王太子妃候補の座は静かに消えた。 強いざまあとは、叫ぶことではない。 自らの選択で、自らの立場を削らせること。 そして彼女は最後まで戻らない。 支えない。 奪わない。 ――選ばれなかったのではない。 彼女が、選ばなかったのだ。 これは、沈黙で勝つ公爵令嬢の物語。

処理中です...