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しおりを挟む「……まさかとは思うけど、……お会いしたことが?」
「……まさか」
「よね」
小声で問いかけてくるセナにおなじく声を落として答える。
おかしな雰囲気を察したのだろう、今は夫妻と談笑している公爵令息を見つめながら「何なの?」と訝しむ。
「あなたのことを知っているみたいに思えたわ」
「初対面よ」
「一目惚れでもしたのかしら」
「あり得ない」
被せるように言うわたしにセナは肩を揺らしながら、揶揄い混じりに続けた。
「……まるであなたに恋でもしているみたいな表情だったわねえ」
そうではないだろう。
そうではないけど、何かしらの感情みたいなものは感じた。
正体はわからないけどーー
わたしは少し、ひとの感情というモノに過敏になっているからーー
率直に言って、いい気分ではないのはたしかだ。
それに忘れがちだがわたしにはいちおう、まだ、婚約者がいる。もちろんセナにも。
王太子殿下の公務の一環を担う末端として行動を共にするのは問題ないだろうけどーー慎まなければ。
これ以上どうでもいいことに、神経を擦り減らすのは御免だ。
「外国での生活に興味はありますか?」
侯爵邸の庭で軽めの昼食会を終え、迎賓の館へと向かう一行を見送るために歩いていた。
王太子殿下と侯爵夫妻。
側近方とセナ。
そして公爵令息と、わたし。
歩調を合わせるようにとなり合うひとの声もゆっくりと聞こえる。
「……どうでしょうか。……想像したことはあるかもしれません」
前世。
思いを馳せたことはある。
ここでなければ、ここ以外なら、
わたしは生き易く、いられたのではないかと。
それもまた遠い過去だ。
「……よければこのあと少し時間をもらえませんか?キュリオ殿下に許可はいただいています。」
ブライス・ノクト・リルムンド公爵令息。
エターナリア王国魔術師団所属。
王太子妃殿下の兄君でもある。
ーー昼食会の会話でわかったのは王太子夫妻の初の外遊に先駆けた視察でもあるらしく、側近も務めるご自身がいらしたとのこと。
ローブを脱ぎ、朗らかに笑う姿は親しみすら感じさせ、いい意味で側近、ましてや魔法国家の権威ある魔術師にはとても見えない。
時折り目が合えば、やわく微笑まれる。
その回数は多く、談笑しているあいだに感じた視線も隠す気はないと言っているようで。
きっと楽しめなかったのはわたしだけだろう。
いったい何だというのか。
「……キュリオ殿下が仰せならばわたくしは従うのみでございます」
断れるはずもない。
大丈夫?とでも言いたげなセナに目配せをしながらステップに足を掛ける。
さすがに同乗はできないからわたしは侯爵家が遣わせてくれた侍女と護衛とおなじ馬車へ。
さほど時間も経たず扉が開くと、公爵令息が手を差し伸べていた。
いっしゅん引いた反応に気づかれてしまっただろうか。
海が近い地域では漆喰や珪藻土を使う建物が多い。中心地はそうでもないと知っていたがさすがといったところか。
初めて訪れる迎賓の館は、高い塀に囲まれ二階建ての屋根には三神を司る彫刻。
白に近い象牙色の外観の、華美な装飾はそれくらいだが踏み入るには緊張してしまう荘厳さがある。
…王都のより、立派なのではないだろうか…。
「殿下方は執務の打ち合わせがあるそうです。
天気もいいですから庭をお借りして席を用意させてもらったんですが、…中のほうよかったかな…」
建物に圧倒されていただけなのをどう思ったのか、失敗したとでも言いたげな様子で最後につぶやく、砕けた口調に驚いた。
眉尻を下げ、こちらを見る。
「…?、わたくしはどちらでも、…ですがご用意いただいているならそのまま向かいませんか?」
刈り込まれた短い芝生。花の量が増える方向には、きっともっと素敵な景色があるんだろうし…、
……何より室内では息が詰まりそうだから遠慮したい。
そうですか、と。
公爵令息は言葉尻まで下げて、ひとこと言った。
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