巻き戻し?そんなの頼んでません。【完】

雪乃

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伯爵令息②

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ひとが。
その生を終えるとき、審判の門が現れるという。



正しい行いをしてきたか。

間違いを正すことができたか。

悔い改めたか。



正しく、生きたか。




俺がその門をくぐるのは、いつになるだろう。


















「学園は楽しい?」



人当たりのよさげな笑顔を浮かべた異国の魔術師が頬杖をつきながら問いかけてくる。


真っ白な尋問室にいれば、自分が穢れた存在に思えてきて目を背けたくなるが逃げ場はない。

どこに逸らしても真白な壁が迫ってくるだけ。



「…………はい。」



たった二言にこんなに時間を要すのが情けない。

駄目だ。


「もう少しで卒業だよね。式には出させてもらえるの?」

「はい。」

「そう、それは良かった。ーーこれできみも名実ともに・・・・・、大人の仲間入りだ」

「ーーはい。」





駄目だ。




反復。反復。反復。



噛み締めるように頭に思い浮かべ、握力の減った両手を握った。


俺がすることはそれだけだと決めただろう。
反論も弁論も弱音も愚痴も吐くことはしないと決めたはずだろう。


彼女の受けた仕打ち。彼女の置かれた境遇。
万分の一にも満たないそれを、受け入れるだけだろう。

それをくり返し、この身に刻むんだ。





魔術師の手のうえで、羽ペンがくるくると回っている。




健康状態、痛みの度合い、記憶の擦り合わせ。

いくつも質問され、それに答えてゆく。




ーー彼女については何度も、言葉に詰まった。




ふいにペンが止まり、



「きみはアレのことが好きだったのかな」




それが消える。




「いいえ。」



魔術師は笑みを深くした。



「おなじ返答だ。アレも、そんなわけないと大笑いしていたよ。ルコラ嬢の反応を愉しんでいただけだとね。…… きみとおんなじだ・・・・・・・・



空気が音を立て変わる。



「悪意が蔓延するのは本人の資質もあるけど、それに加え同調する者がいるからだ。
堕落するのは簡単だからね。正しい行いをするより悪事を働くほうがよっぽど楽だろう?
ルコラ嬢が苦しみ、傷ついた姿を見るのはさぞ快感だっただろうね……似合いのふたりだ。」

「…!」

「きみは自ら進んで婚約者を甚振った。これ幸いと、鞭を振るった。

そこに悪意はなかったなんて、言えるのかな?

……きみはほんとうに、被害者だと言えるのかな」





そんなことは、思ってない。
被害者だなんて。

そんなことは、


ーーでも、悪意だなんて、そんなーー



「だってきみだけなんだよ」



全身が粟立ち、冷や汗が止まらない。

何か見えないモノに押し潰されてるように、呼吸が苦しく目が、霞んでゆく。



「自分から、望んだのは」



そんな、こと、


好きだったから、恥ずかしくて。

情けなくて、気を、引きたかっただけだ。


上手く話せなくなってたから、ちょっと、


利用・・、しようとーー






「ーー」



「……気づいた、って、顔だね。」

「ーーお、ーーぼく、は、」

「どんな思惑があろうと醜くもきみたちは互いに求め合い、ひとりの女性を追い詰めた。
その女性はきみの友人で婚約者で、きみが愛し守らなければならなかった女性だ。」

「ーーおれは、」

「ルコラ・ミカ・クレソン侯爵令嬢は父親に飲まされた毒で内臓を腐らせ歯まで溶けていた。
異臭を放つ古い棺桶は隙間なく溶接され枯れかけた花で埋められていた。どうかな、きみの希望通りだったのかな」

「……やめろ」

「きみはなぜ葬儀にいなかったんだっけ…あぁ、その日の朝方まで動物のように盛っていたんだったね。アレは嬉々として参加したがきみは暖かい寝具の上で惰眠を貪り、ルコラ嬢は冷たい土の下で眠るしかなかった」

「やめろ……ッ」

「やめてくれ、と、ルコラ嬢も思っただろうね。
けれどきみも、誰も、聞いてはくれなかった」

「…ッ」

「彼女はもう何も言わないし、語らない」

「ーー」

「どうなのかな。きみの男らしい自尊心は満たされた?きみの望んだかたちになった?

ーー悪意はほんとうに、なかった?」



違うとは、


そんなこととは、


もうーー












「ーーさて、…と。そろそろ時間だ、行くよ。
自覚がないというのは害悪だ。ひとつ知れて、良かっただろう?
きみ次第だがどうか長生きしてくれと切に願うよ。
ひとりの人間の命を犠牲にして得たその大事なモノを後生抱えて、ね。」





卒業おめでとう。





感情の籠らない無機質な目で向けられる笑顔はまとう魔力と合わさり、とてつもない恐怖を感じた。











ーー門を、くぐるのが、怖い。


その門が眼前に現れるのが、怖い。



自分は悪人だったんだと、知ってしまったから。



くり返しても、もう遅い。
謝罪をしても、後悔しても、


穢れた魂は、元には戻らない。
失われた命は、戻ってこない。




ただ純粋に好きだと、思い描いていた自分はもうとっくに塵となっていた。
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