巻き戻し?そんなの頼んでません。【完】

雪乃

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21.

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その音は細い切間のひとすじから広がるように、曇りをはらい視界を開いた。



「ーー」



目の前に座っていたはずの彼女が消え、代わりに現れたのは王太子殿下だった。
呆然と見上げ、立ち上がることもできない。

それを咎めず、憐れみを含むような視線で告げられた。



「……混乱しているところ悪いが、全員拘束させてもらう。ーー連れて行け」



呆けたまま騎士に囲まれ、縺れる足を動かされている途中白いローブを着た男とすれ違う。
鋭い一瞥だけ寄越し、殿下とともに彼女が吹っ飛んだ方向へと向かってゆく。










「…っ、」



徐々に押し迫り、一気に襲いかかってくる雪崩のような怒涛の記憶が思考を埋め尽くす。



「っ、…ルコラ、…」



霧が晴れた先に進む足が竦むけれど、
立ち止まることも振り返ることも、できないとわかっていた。




















「ーー…死んでいないだろうな」

「なわけないでしょ。これ、首に嵌めてくれる?そのまま手首に通してーーそう、ありがとう。あと必要ないけど念のため目隠しはこれね」



ブライスが騎士に指示をだすのを確認しながら、キュリオは女を見下ろした。
ぐったりと動かない姿はドレスが裂け、所々血が滲んでいる。
芝生のうえに移動させたとはいえ、壊れた塀の残骸と土に塗れ無惨と言っていい。



「治療の必要はあるか?」

「大きい怪我はしてない。一応膜は張ったし。汚れてるだけでかすり傷だよ」

「そうか。…だが見た目があまりにもな…レンヴィ、頼む」



治癒師を呼ぶと、「殿下はお優しいですね」ブライスの嫌味が飛んだ。やはりその気はなかったかと、レンヴィを同行させて正解だったとため息で返した。

女の母親だけは親子揃ってだが、邸内にいる他の者たちはだいたい似たような状態らしい。
ーー先に連行した伯爵令息のような。
食べかけが散らばる菓子の山に顔を顰めたが、子息を見れば何とも言えない気になった。
まだ気づいていないのか、正に放心状態。

加害者であり、被害者でもある彼。

彼ら。



「……母親を探そう」



憐れだった。







騎士によって次々に運ばれてゆくのを尻目に、母親を探す。
窓の下に倒れているのを見つけたのは奥にある私室と思われる部屋。
まるで少女が好むような内装や家具の色と、相反し背けたくなる装い。異常さと、籠る空気の悪さに踏み込むのを躊躇うほどだった。
ブライスが手をかざし窓を割るのを心待ちにしてしまうほどに、異様な場所。

同様に枷をつけさせ、担がれいなくなってやっと、外からの新鮮な空気を感じた。

見回すほど、ドールハウスに閉じ込められたかのような閉塞感。奇妙さもありとにかく居心地が悪い。


まともな人間が住む場所とは、とても思えない。



「……酷いな……」

「うん。気持ち悪い。でも今は後回しかな…さ、俺たちももう出よ」



ブライスに押される背中からあたたかい魔力が巡り、息を吐いた。



「……あーキツかった……悪い」

「キュリオにはあんなモノ要らないからね。残さないよ」

「魔石持ってるのにな…さっきの騎士たちも後で視てやってくれ」

「もちろん」



騎士全員を一度呼び戻し目当ての騎士とブライスが話をしている傍ら、体調の良くない者はすぐ申し出ること、警備で残る騎士たちには邸内に入らないよう言い含める。
最後にもう一度ブライスが敷地全体に制御と浄化魔法をかけ、ともに馬車に乗り込んだ。

けっこうな人数を連行するため馬車の数も多い。
どのみち秘密裏の行動は難しく、多くが何事かと集まっていた。



「爵位等は彼女と相談のうえで決める予定だ。
……望みは可能な限り、叶えたいと仰っていた」

「……彼女次第・・・・、」

「……早く目覚めてくれるといいな」



こくりと頷く友人から、キュリオは視線を外へと移した。





ーーこの日。
禁忌魔法を使用した罪で罪人が拘束されたことと、クレソン侯爵邸が王命の元に閉鎖されクレソン家は一時的に王家預かりとなることが公表された。






それから半年が経過し、すべての処罰が決定した。


ミドル・キャーベリ伯爵令息は貴族籍のまま領地へ軟禁。ルコラ・クレソン侯爵令嬢との婚約は解消。

ハルディオ・クレソン侯爵代理は一切の権利抹消、実家に籍を戻し引き続き加療。
使用人は全員解雇。
クレソン家の爵位等については保留。


クレソン侯爵家後妻親娘、アニタとロレインは処刑。


そのふたりが小さくなり・・・・・、断剛石と呼ばれる魔力を遮断する石の筺に詰められたことを知るのは極一部であった。

















ーーブライスは、



その知らせを受け取ったとき子どものように泣きじゃくった。

キュリオは笑いながらその姿を抱きしめ、ひそかに目頭を熱くさせていた。



「……大丈夫、きっと大丈夫だ。……諦めるなよ、ブライス」



そう言って友人を見送った。

また会えると信じて。



今度はきっと、三人で。
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