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青空
〈6〉
しおりを挟む「どっから来たの」
すすり泣きに変わってしばらくした頃、さっきの声が尋ねてきた。
「府中…、東京」
「246で?」
鼻をすすりながら、私はこくんと頷いた。
「ピカピカのメットで。よくやったね」
労うような優しい口調に、私はまた彼を見上げた。彼も私を見ていて、穏やかに笑っていた。
袖で涙をぐいっと拭いた。
「…もう3年もずっと悲しかったから」
「3年かあ。そりゃ、つらいよな」
彼は微笑みを浮かべたまま、隣で塀に背中を凭れさせた。
「でも、その彼は幸せモンだな。それだけ君に想われてたら」
「そうかな…」
「触ってもいい?」
「えっ」
「こっちだよ」
彼はバイクを指差して笑った。
蒼介さん以外の人に触らせたことはなかったが、彼にそう尋ねられても、不思議と嫌ではなかった。
私が頷くと、彼は優しい手つきでバイクに触れた。
『女並みに手がかかるから』
圭介の言葉を思い出した。
「あたしより手がかかるんだって。このコ」
「ははっ」
彼がおかしそうに笑った。
「それ、拗ねてんのか」
「意味わかんないよ。バイクじゃなくて彼女に手をかけろっての」
「大丈夫だよ。君は」
私がきょとんとしていると、彼はバイクに跨がった。サンダル履きだけど、乗り慣れている仕草だった。
「放っておけないから。嫌でも手をかけてしまう」
それはどういう意味かと聞きかけたが、私はさっきまで泣いていた自分を思い出して、恥ずかしさに頬が熱くなった。
「帰りはどうすんの」
「どうって、乗って帰るよ。置いていけないし」
「もう6時回ってるよ」
言われて気がついた。
夏だから日が長いだけで、夕焼けが見えているってことは、日没が近いってことだ。
私の運転じゃ、下手したら家に着くのは9時を過ぎてしまうかもしれない。
「預かっとくから電車で帰りなよ。明日また来れば」
「…新手の詐欺?」
「違うって」
彼は吹き出した。
「心配なの、君が。免許取りたてで交通量も多いし暗いし」
悪い人には見えない。
でも 何で…
「それに、悲しい思い出だけじゃつまらないだろ。俺のおすすめスポットも教えたいし」
あ そうか
ただの親切心じゃないんだ
私は塀から飛び降りた。
彼の笑顔に、一瞬でも優しさを感じたのが何だか悔しくなって、少し冷めた口調になった。
「せっかくだけど連れて帰るよ。夏休みだから遅くなっても平気だし」
「心外だなあ。そんな男に見えるか?」
彼の言葉にドキッとしたが、そのつもりで言ってしまったから、後には引けなかった。
「弱みにつけ込む気なら断る」
「無理すんな」
彼が私の頭をぽんと軽く叩いた。
「そんなの、時間で区切れるもんじゃねえから」
「…わかったようなこと、言わないでよ」
彼の優しさも伝わってきたけど、ずかずかと私に近づく彼に腹も立った。
「確かにわかんないけどさ。俺はただ、この街が君にとって、つらい場所になって欲しくないだけなんだ」
私はしばらく言葉を失う。
本当に、真面目なのかチャラいのかわからない。
「だって、海はあるし、夕陽は綺麗だし、史跡もたくさん残ってる。食べ物だって美味しいし、情緒ある電車も走ってて、俺はこの街が大好きなんだ」
彼はそう言って、子どものように笑った。
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