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第五章 再会
拾われ子の隠密調査 前編
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奴隷となった二日目の夜。屋敷中の殆どの人間は寝静まっている。起きているのは見張りらしき者だろうが、動きのある気配はやはり少ない。
『(侵入者なんて来ないと思ってるのか、やる気が無いのか。どっちなんだろ?)』
相変わらず奴隷部屋の外に見張りはいない。中から開けられない奴隷部屋はともかく、屋敷の主であり商会長であるザーズリーの仕事部屋にもいなかったのはどういう事なのか。
この屋敷の基準が判らないのが色々な意味で不安になるが、突ける隙は突こうとスイは今夜もコハクの背を借りて天井裏に上がる。
《今日はどうする?》
『昨日見つけた地下を探りたい。でもザーズリーと鉢合わせになるのは避けなきゃいけないから、まずは仕事部屋に行こう。毎日地下に行くのかを確認する』
今夜の目的が決まった所で、音を立てないように天井裏を進む。構造を把握し、狭い空間の移動にも慣れたので昨日よりかなり短時間で着いた。そっと室内の様子を窺うと、話し声が二人分聞こえてくる。
『(ザーズリーとバールスだ)』
ザーズリーだけならまだしも、戦い慣れしていそうなバールスがいるならば油断は出来ない。スイは天井板をずらさず、聞き耳だけ立てる。
「まったく、次から次へと求められる質が高くなってくる。貴族ってものは強欲だな」
「この間買ったスイレンを売られては?」
「あれは駄目だ。白翡翠の髪に緑と青のオッドアイ……まるで御伽噺に出てくる、数百年に一度生まれてくる龍の子では無いか」
『!?』
龍の一族の話は、島の外には御伽噺として伝えられているらしい。
嫌な予感を覚えながら、スイは話を聞き続ける。
「本物なら言うまでもないんが、あれはあくまで御伽噺の存在。だがスイレンなら充分レプリカとなり得る。それを手元に置ける優越感。最高だ! あれはエトマと並ぶ最高級品として私の愛玩奴隷にする」
「銀とか白とか、本当に色の薄い髪のを好みますね」
『…………!!』
鳥肌が立った全身を、スイは両腕で抱き締めた。
とんでもない商人だ。絶対に潰さなければならない。
その為にも形のある証拠が必要だ。スイは片腕を腕を擦りながら、今は我慢の時だと言い聞かせる。影から頭だけ出したコハクを撫でる事で、自分自身と殺気を飛ばさない様に抑えているコハクの両方を落ち着かせた。
「で、だ。今回の注文は手元にある在庫で足りるが、その次が入ると心許ない。明日仕入れに行ってくるから、その間の留守は任せた」
「かしこまりました」
何か擦れる様な、小さな音が聞こえるとザーズリーとバールスの気配は衣擦れの音と共に遠ざかり、部屋から出て行った。
二人の気配が分かれてそれぞれ別の部屋に留まる。スイとコハクは暫く天井裏に潜んでいたが、ザーズリー達が戻ってくる様子が無いと見ると、漸く天井板をずらして明かりの消された室内へ下りた。
『……在庫と仕入れ……』
話の内容から、どちらも未成年奴隷の事だろう。人間ではなく、完全に商品としか見ていないザーズリーにスイは怒りを覚える。
室内に急激に冷気が降り、コハクが鼻先でスイを押した。
《スイ、寒い》
『……ごめん。コハク、部屋の外の警戒をお願い』
《うん》
深呼吸をしたスイは、暗い部屋の中を探し始めた。
几帳面なのは商人故だろうか。机の上は綺麗に整えてあり、証拠となりそうな契約書などは無い。
引き出しに手を掛けると、意外にもすんなりと開いた。書類らしき物を見つけ、幾つか折り目が付かないように気を付けて持つと窓際まで移動して僅かな月明かりを頼りに読んでいく。
《見えるか?》
『なんとか。新月が終わった後だから光が弱いけど、ぎりぎり見える……けど、これらは証拠にならないな……』
公的機関から許可を得ている奴隷商人らしく、奴隷の契約書はあるが記されている年齢はどれも十五歳以上だ。
他は魔宝石や魔道具などだが、大商人が扱う物としてはおかしくない。
スイは順番に引出しの中を検めていく。束から抜き取った書類は場所を覚え、戻す時はしっかりと元の位置に戻す徹底ぶりだ。
まるで泥棒だが、スイに隠密での調査について手ほどきをしたのはソウジロウだ。
元々は、商人に扮したソウジロウから商品として売られる形で潜り込み、内部を調査する予定だったので、事前に調査時の注意事項や簡単な鍵開けは教えられている。
最後の段を引こうとした所で、引出しはガチャリと音を立てて留まった。
《鍵か?》
『うん。他の引出しに鍵は入ってなかったから、別の所に無いかな? それともザーズリーが持ってるのかな……』
スイが部屋を見回し、棚に近寄るとコハクは静かに歩いてきて鍵の掛かった引出しを見た。
月明かりだけの暗い部屋の中で光るコハクの眼が、鍵穴を覗く。
《……細かいけど……こんな感じか?》
『え……え?』
スイの眼の前には、鍵穴に刺さった鍵がある。コハクに促されて恐る恐る回してみるとカチリと鳴り、引っ張り出す事が出来た。
スイは真ん丸になった眼をコハクに向ける。
『……鍵、何処に有ったの?』
《無いから造った》
『つくった?』
《鍵穴の中見て、合いそうな形を想像して造った》
リーディンシャウフの復興で、家造りで培った精霊術の経験を活かした産物だった。金属では無いが、表面は研いだ様に滑らかで強度面もしっかりしている。
『…………コハク』
《ん?》
『すごい。ありがとう』
《ん!!》
唖然としながらも、欠けた語彙力で心からの称賛を贈るとコハクは嬉しげに喉を鳴らした。
コハクの活躍で開いた引出しから書類を取り出し、微弱な月明かりに照らして文字を追っていたスイの眼が険しくなる。
奴隷の売買契約書だが、人名と併記されている年齢は何れも十四歳以下だ。一番上の書類には、比較的新し目のインクで「スイレン」と書かれている。
筆跡を見るに、昼間の仕事で見たザーズリーの字と同じだ。そこから数枚下の物には「クローディア」も書かれていた。
『これだ』
未成年奴隷の売買の決定的な証拠。スイは書類を確認すると一枚だけ抜き取り、他は折らない様に気をつけながら引出しに戻した。
《? 全部戻さなくて良いのか?》
『この一枚は他のに比べて劣化しているし、一番上でも下でもなかったから多分バレにくい。私達が調べている事がバレたら証拠を隠滅されるかもしれないから、そうなる前にこれは持っていく』
奴隷部屋の掃除はスイ達が行っている。仕事で奴隷部屋を出る前後で、布団やシーツの形に相違は無かった事から仕事中に誰かが入った様子は無い。
調べられる可能性は低いと見て、スイは奴隷部屋のソファーの隙間に隠すつもりだ。
《部屋に戻るまでオレが持つぞ。手に何も持ってない方が動きやすいだろ》
『影の中に入る時、邪魔にならない?』
《バンダナと耐性装備着けてても入れるから平気だと思う》
『そっか。じゃあ、お願い』
被毛とバンダナの間に挟み、少しだけキツめにバンダナを結び直す。動いても落ちない事を確認して、引出しの鍵を閉めた。
『ザーズリーは毎日地下に行く訳じゃないみたいだ。不定期なら、行ける内に行こう』
スイは仕事部屋を出ると、常夜灯で壁に浮かぶ影がなるべく目立たなくなるように慎重に屋敷の中を歩く。階段を降りると、一階奥の地下への隠し通路がある部屋へと向かった。
『(侵入者なんて来ないと思ってるのか、やる気が無いのか。どっちなんだろ?)』
相変わらず奴隷部屋の外に見張りはいない。中から開けられない奴隷部屋はともかく、屋敷の主であり商会長であるザーズリーの仕事部屋にもいなかったのはどういう事なのか。
この屋敷の基準が判らないのが色々な意味で不安になるが、突ける隙は突こうとスイは今夜もコハクの背を借りて天井裏に上がる。
《今日はどうする?》
『昨日見つけた地下を探りたい。でもザーズリーと鉢合わせになるのは避けなきゃいけないから、まずは仕事部屋に行こう。毎日地下に行くのかを確認する』
今夜の目的が決まった所で、音を立てないように天井裏を進む。構造を把握し、狭い空間の移動にも慣れたので昨日よりかなり短時間で着いた。そっと室内の様子を窺うと、話し声が二人分聞こえてくる。
『(ザーズリーとバールスだ)』
ザーズリーだけならまだしも、戦い慣れしていそうなバールスがいるならば油断は出来ない。スイは天井板をずらさず、聞き耳だけ立てる。
「まったく、次から次へと求められる質が高くなってくる。貴族ってものは強欲だな」
「この間買ったスイレンを売られては?」
「あれは駄目だ。白翡翠の髪に緑と青のオッドアイ……まるで御伽噺に出てくる、数百年に一度生まれてくる龍の子では無いか」
『!?』
龍の一族の話は、島の外には御伽噺として伝えられているらしい。
嫌な予感を覚えながら、スイは話を聞き続ける。
「本物なら言うまでもないんが、あれはあくまで御伽噺の存在。だがスイレンなら充分レプリカとなり得る。それを手元に置ける優越感。最高だ! あれはエトマと並ぶ最高級品として私の愛玩奴隷にする」
「銀とか白とか、本当に色の薄い髪のを好みますね」
『…………!!』
鳥肌が立った全身を、スイは両腕で抱き締めた。
とんでもない商人だ。絶対に潰さなければならない。
その為にも形のある証拠が必要だ。スイは片腕を腕を擦りながら、今は我慢の時だと言い聞かせる。影から頭だけ出したコハクを撫でる事で、自分自身と殺気を飛ばさない様に抑えているコハクの両方を落ち着かせた。
「で、だ。今回の注文は手元にある在庫で足りるが、その次が入ると心許ない。明日仕入れに行ってくるから、その間の留守は任せた」
「かしこまりました」
何か擦れる様な、小さな音が聞こえるとザーズリーとバールスの気配は衣擦れの音と共に遠ざかり、部屋から出て行った。
二人の気配が分かれてそれぞれ別の部屋に留まる。スイとコハクは暫く天井裏に潜んでいたが、ザーズリー達が戻ってくる様子が無いと見ると、漸く天井板をずらして明かりの消された室内へ下りた。
『……在庫と仕入れ……』
話の内容から、どちらも未成年奴隷の事だろう。人間ではなく、完全に商品としか見ていないザーズリーにスイは怒りを覚える。
室内に急激に冷気が降り、コハクが鼻先でスイを押した。
《スイ、寒い》
『……ごめん。コハク、部屋の外の警戒をお願い』
《うん》
深呼吸をしたスイは、暗い部屋の中を探し始めた。
几帳面なのは商人故だろうか。机の上は綺麗に整えてあり、証拠となりそうな契約書などは無い。
引き出しに手を掛けると、意外にもすんなりと開いた。書類らしき物を見つけ、幾つか折り目が付かないように気を付けて持つと窓際まで移動して僅かな月明かりを頼りに読んでいく。
《見えるか?》
『なんとか。新月が終わった後だから光が弱いけど、ぎりぎり見える……けど、これらは証拠にならないな……』
公的機関から許可を得ている奴隷商人らしく、奴隷の契約書はあるが記されている年齢はどれも十五歳以上だ。
他は魔宝石や魔道具などだが、大商人が扱う物としてはおかしくない。
スイは順番に引出しの中を検めていく。束から抜き取った書類は場所を覚え、戻す時はしっかりと元の位置に戻す徹底ぶりだ。
まるで泥棒だが、スイに隠密での調査について手ほどきをしたのはソウジロウだ。
元々は、商人に扮したソウジロウから商品として売られる形で潜り込み、内部を調査する予定だったので、事前に調査時の注意事項や簡単な鍵開けは教えられている。
最後の段を引こうとした所で、引出しはガチャリと音を立てて留まった。
《鍵か?》
『うん。他の引出しに鍵は入ってなかったから、別の所に無いかな? それともザーズリーが持ってるのかな……』
スイが部屋を見回し、棚に近寄るとコハクは静かに歩いてきて鍵の掛かった引出しを見た。
月明かりだけの暗い部屋の中で光るコハクの眼が、鍵穴を覗く。
《……細かいけど……こんな感じか?》
『え……え?』
スイの眼の前には、鍵穴に刺さった鍵がある。コハクに促されて恐る恐る回してみるとカチリと鳴り、引っ張り出す事が出来た。
スイは真ん丸になった眼をコハクに向ける。
『……鍵、何処に有ったの?』
《無いから造った》
『つくった?』
《鍵穴の中見て、合いそうな形を想像して造った》
リーディンシャウフの復興で、家造りで培った精霊術の経験を活かした産物だった。金属では無いが、表面は研いだ様に滑らかで強度面もしっかりしている。
『…………コハク』
《ん?》
『すごい。ありがとう』
《ん!!》
唖然としながらも、欠けた語彙力で心からの称賛を贈るとコハクは嬉しげに喉を鳴らした。
コハクの活躍で開いた引出しから書類を取り出し、微弱な月明かりに照らして文字を追っていたスイの眼が険しくなる。
奴隷の売買契約書だが、人名と併記されている年齢は何れも十四歳以下だ。一番上の書類には、比較的新し目のインクで「スイレン」と書かれている。
筆跡を見るに、昼間の仕事で見たザーズリーの字と同じだ。そこから数枚下の物には「クローディア」も書かれていた。
『これだ』
未成年奴隷の売買の決定的な証拠。スイは書類を確認すると一枚だけ抜き取り、他は折らない様に気をつけながら引出しに戻した。
《? 全部戻さなくて良いのか?》
『この一枚は他のに比べて劣化しているし、一番上でも下でもなかったから多分バレにくい。私達が調べている事がバレたら証拠を隠滅されるかもしれないから、そうなる前にこれは持っていく』
奴隷部屋の掃除はスイ達が行っている。仕事で奴隷部屋を出る前後で、布団やシーツの形に相違は無かった事から仕事中に誰かが入った様子は無い。
調べられる可能性は低いと見て、スイは奴隷部屋のソファーの隙間に隠すつもりだ。
《部屋に戻るまでオレが持つぞ。手に何も持ってない方が動きやすいだろ》
『影の中に入る時、邪魔にならない?』
《バンダナと耐性装備着けてても入れるから平気だと思う》
『そっか。じゃあ、お願い』
被毛とバンダナの間に挟み、少しだけキツめにバンダナを結び直す。動いても落ちない事を確認して、引出しの鍵を閉めた。
『ザーズリーは毎日地下に行く訳じゃないみたいだ。不定期なら、行ける内に行こう』
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