拾われ子のスイ

蒼居 夜燈

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第四章 南大陸

拾われ子と惨禍 五 ―直視―

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 従魔は、野生のモンスターと違い、人間を害する存在ではない。それを示す為に、また、町や人々の安全を守る為にも、テイマーは従魔が無闇に暴力行為に及ばない様に監督する義務がある。

 従魔が正当な理由なく町や人間を傷付ける事は、人々を不安に陥れ、他のテイマーやテイマーズギルドへの信頼を著しく損ねる行為である。よって、その従魔は処分対象となり、主であるテイマーも処罰が下される。
 これはテイマーズギルドの規則であり、全てのテイマーはこの規則を遵守しなければならない。

 従魔の助命を嘆願したテイマー達も、どうする事が正しいのか頭では解ってはいるのだ。
 コハクとザクロを連れて町と町を行き来する以上、スイもこの規則の事は知っているし、何度も滞在申請や関門を通る時に念を押されている。

「…………」

 スイの様子を確認したアレックスは、その眼をコハクへ向けた。

「コハク、少しの間アタシと交代して」 

《解った》
 
 コハクが頷き、前に出たのを確認したアレックスは、スイの元へ向かう。
 不甲斐無さを責められるのだろう。そう思ったスイは、すぐに謝った。

『……ごめんなさい、集中します』

「スイ、考え方の問題だと思う」

『考え方?』

「スイは、盗賊は殺せるよね」

『……? はい』

 話の意図が読めず、スイはアレックスの言葉に耳を傾ける。
 アレックスは話しながら周囲を警戒している。空から襲ってきた鳥型モンスターは大剣で両断した。

「野生のモンスターも当然殺せる」

『はい』

「でも従魔は殺せない。従魔は家族や友達。テイマーがそう思う気持ちが、コハクと一緒に旅をしてきたスイには解るから」

『…………はい』

 アレックスは一度瞼を閉じた。

「(言えば、スイは色々な意味で傷付くかもしれない。それでも)」

 静かに、密かに覚悟を決めると瞼を開けてアレックスは告げる。

「盗賊も同じだよ」

『え?』

「盗賊も、誰かの家族や友達だ」

 スイの中で、一瞬時が止まった。半開きになった唇が何か言葉を紡ごうとするが、震えるだけで声が出てこない。

「物心ついた頃から天涯孤独の奴も多いけどね。だから盗賊なんてのに身を落としたんだろうけど。でも中には、所帯を持ったりして表向き普通に暮らしてる奴もいる」

『…………』

「モンスターも同じ。種族によって同族意識の強弱はあるけど、モンスターにだって家族はいるんだ。仔を守る為に絶対に逃げずに戦う種族もいる。それこそ、アサシンレオウルフがそうだよね」

 盗賊とモンスター。どちらも人間を害する存在で、それぞれに家族や仲間がいる。

「このふたつに違いがあるとすれば、種族だけだ。人間か、そうじゃないか。でもスイは、同族にんげんである盗賊は殺せる。じゃあ」

「グォォォォォ!」

「おぉっとぉ!」

 大剣が音を鳴らして空気と共にグリズリーも斬り裂いた。
 そのまま勢いを利用して血を振り払い、肩に大剣を乗せたアレックスは何事も無かった様に話を続ける。

「じゃあ、スイがただのモンスターに戻った元従魔を殺せない理由は何? 何がスイを躊躇わせている?」

『………………』

 アレックスの声はスイを責めてはいない。あくまで詰問ではなく疑問として訊いている。
 だがスイは答えられない。そんなものは無いのだと、元従魔だったモンスター達を斬れないのは無意識の内に差別してしまっていたからだと、気付いたから。

『……あ……』

 いや、気付いたと言うよりも突き付けられたという方が正しいかもしれない。
 扉の隙間から見えていたもの、視界の端にちらりと映っていたもの。今までハッキリと見る事はしなかったそれらを、眼の前に突き出された事で直視せざるを得なくされた。

『…………』

 本当はぼんやりと見えていたのに、薄々と勘づいてはいたのに、眼を背けていたのだ。
 愕然とし、心の動揺を表す様にスイの双眸が揺れる。

「気持ちは解るつもりだよ、スイ。でも、アタシ達は表面に見えているものだけに囚われちゃ駄目だ。見たくないからって眼を逸らし続けるのも駄目なんだ」

 アレックスは凛とした声で諭す。同じ道を歩む先達として、眼を逸らして歩く後進が道を踏み外して怪我をしない様に。

「見たくないもの、見えにくいもの。そういうものにこそ眼を向けないといけない。じゃないと、正しい判断が出来ない」

『……正しい判断が出来なければ、自分も仲間も危険に晒すから……』

「それもあるけど、罪人とはいえ人間相手にもアタシハンター達は現場の状況により生殺の判断を許されている。他人の生命に干渉する権限を与えられてるアタシ達は、尚更眼を曇らせる訳にはいかないんだ」

『…………』

 音無き音を立てて、スイの中に落ちたそれはじわりと滲んで吸収されていく。拒んでいた心が受け入れていく。

「……もう解ったみたいだね、スイ」

 今、本当に守るべきもの。
 ハンターとして、見なければならないもの。

「ゲギャッゲギャッ!」

「やべっ……アレックスとスイ!? お前ら何で一緒に、いやそれよりデケェのが一匹そっち行った! 気をつけろ!」

「了解! おっと」

「ゲギャッ!?」

 アレックスが大剣を持ち上げたが、振り下ろす前にスイの魔法剣がモンスターを貫いた。

「ゲ、ギャッ……!」

『――っ!!』

 跳び上がったスイは、ショートソードを逆手に持ち、そのままモンスターの頭に突き刺す。強く噛んだ唇から血が滲んだ。
 脱力したモンスターから離れて地面に着地すると、スイは剣身についた血を払った。

『(……見たくないものから眼を逸らすな。戦う理由を間違えるな)』

「大丈夫?」

『……はい。もう大丈夫です。もう、迷いません』

 そう言ったスイは、精度の高い魔法を放ちながら前に出てショートソードを振るい、コハクはスイの背を守るように戦い方を変えた。
 その姿を見たアレックスは、目を伏せて大きく溜息を吐く。

「その若さで上位ハイランクハンターの地位にいるだけの事はありますな」

「うわっ!? あっ!」

 背中から声を掛けられ、驚いたアレックスは反射的に振り向きざまに大剣も振り抜いた。しかし、その刃はぴたりと片手で止められてしまう。

「えっ!?」

「ほほっ、危ない危ない」

「ごめっ……え、いや、えぇ……?」

「そんな事よりも、お嬢さんには謝辞を述べなければなりませんな」

「そんな事……? まぁいっか……いいか?」

 引き気味のアレックスは何か言いたそうだが、ソウジロウは気にする事なく頭を下げた。

「本来なら、スイ様を戒めるのはわたくしめの役目。貴女には嫌な役回りをさせた。申し訳無い」

「いいよいいよ、謝らなくて。スイは、ああいう性格だからさ。いつかこういう時が来ると思ってたし」

「お嬢さんはスイ様と仲が良い。さぞ、お嬢さんも心中辛いものがあっただろうに」

「そりゃあね。でもさ、あのままじゃスイは長生き出来ないし、下手をすれば心が壊れる」

 優しいと言えば聞こえは良いが、より適切な言葉で表すならスイは甘い。同年代より大人びてはいる。戦闘能力など比べるまでもない。
 だが、精神面にまだ幼さがあるのだ。感情に引っ張られて物事の線引きが曖昧になるところがあり、割り切れない性格とも言える。
 年齢を考えれば、何らおかしくはない。しかし、ハンターとして生きていくならばこれは改善しなければならない欠点だ。

「えぇ、えぇ、まさしく」

「そうなる可能性があるって解ってて放っておくなんて、アタシは嫌だ。それに、別にアタシが言っても間違いじゃないでしょ」

「ほ?」

「だってアタシは、スイの先輩で親友で姉代わりだよ? 後輩で親友で妹分の手を引いてやるのは当たり前の事でしょ? 大好きなスイには元気に長生きして欲しいもの」

 目を細めて、ソウジロウは微笑った。

「……ほほっ、―――」

「え、何て?」

「いえいえ、お気になさらず。さて、そろそろ我らも前に……おや、終わっておりますな」

 暴走した元従魔はすべて倒されていた。テイマーとハンターも何人かが亡くなり、生き残ったテイマーは意気消沈している。
 コハクが心配そうにスイを見上げているのが見えて、ソウジロウはスイの隣に立った。俯いていて表情は窺えない。
 ソウジロウは手拭いを差し出したが、スイは首を振って手の甲で唇の血を拭った。

「他にお怪我はありませんか?」

『はい』

「心中、穏やかではないでしょう。よくぞ戦い抜かれました」

『……一番辛いのは、テイマーさん達ですから。私は、今まで表面しか見ようとしていなかっただけです。本当は……もっと早く気付くべきだったのに』

「あまりご自分を責められぬよう。今気付けて正せたのですから、それで良いのです」

『……はい』

 漸く顔を上げたスイの顔付きは、少し変わって見える。哀しみと覚悟が混在する眼に、ソウジロウは同情と敬服の念を抱く。

『……アレックスさんに、お礼を言ってきます』

「スイ様」

『はい?』

 振り向いたスイにソウジロウが伝えたのは、先程思わず零した愉悦の言葉。

「スイ様は、よき友達ともたちを得られましたな」

 一瞬眼を丸くしたスイは、眉を下げて微笑って頷く。

『はい。大事な大事な、存在です』

 そう言うとスイはアレックスに向き直る。瞬間、モンスターの咆哮と絶叫が響いた。

「おい、さっきも同じ様なの聞いたぞ!」

「同じ事が起こったんじゃねぇだろうな!?」

 嫌な予感というものは当たるものだ。そして、嫌な事というものは続くものでもある。
 テイマーとその従魔が軟禁されていたのは一箇所だけではない。たった今制圧した箇所以外の場所で、同時に従魔が暴走しだしたのだ。

「くそ、どうなってやがる!」

「知らん! 一般人に被害が出る前に制圧するぞ!」

『コハク、私達も行――!?』

 スイは走り出した足を止めて、進行方向とは別の方向へと勢いよく顔を向けた。そこにあるのは完全に倒壊した建物だ。視線を動かすが、瓦礫の山以外には何も無い。
 スイの隣で、コハクが頻りに耳の向きを変えている。

《……何かいたな》

『……やっぱり、そうだよね』

「スイ様も気付かれましたか」 

「ソウジロウさん」

 コハクとソウジロウの反応に、スイは先程感じたものが勘違いでは無かった事を確信した。

『……視線、だと思うんですけど……薄過ぎて判りづらいんです。闘技大会コロセウムの予選でも感じた気がするんですが……』

「ありましたな。私めも覚えがあります。先程のと同じものかと」

『! やっぱり……!』

「……良い気はせんな」

 ぼそりと呟いたソウジロウは、コハクに目配せする。

「スイ様、此度の大襲撃が完全に終わるまでは単独行動はなさらぬよう。必ず従魔か、赤髪のお嬢さん、このソウジロウめの誰かと行動を共にしてくださいませ」

『え?』

「良いですな?」

『は、はい』

 普段物腰柔らかなソウジロウにしては珍しく、有無を言わせない物言いにスイは頷く事しか出来ない。

「そういう事なので、お嬢さんもどうかご協力いただきたい」

「解った、任せて。あと、アタシの事はアレックスで良いよ」

「感謝する、アレックス殿。では、我らも参りましょう」

『……はい』

 前を行くソウジロウの様子に戸惑いながら、スイも従魔の制圧に向かうべく町の北西へと走った。
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