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第四章 南大陸
拾われ子と惨禍 十一 ―堕龍―
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「オォォォォォォォッ!!」
『くぅぅぅっ……!』
吼える度に耳が痛む。動く度に地面が揺れる。常に突き刺さってくる強烈な殺気と相俟って、それらは戦うスイ達の集中力を乱し、動きを妨げる。
『うぁっ!?』
堕龍となったノズチの、丸太のように太く鞭のようにしなる尻尾がスイを襲う。辛うじて躱したが、その先で鬼の追撃をくらって血が舞った。
《スイ! お前ェ!》
「貴様!」
「グァッ……!」
コハクの牙とソウジロウの刀、それぞれに首と腹を貫かれて鬼は倒れた。
起き上がったスイにコハクが駆け寄る。
《大丈夫か、スイ!》
『だ、大丈夫……ちょっと油断した。ごめん』
「申し訳ございません、スイ様。私めの失態です」
討ち漏らしを詫びるソウジロウに、スイは首を左右に振った。
『失態なんかじゃありません。気にしないでください。ソウジロウさんが鬼を引き受けてくれているから、私達はずっと楽に戦えているんです』
一人で多くの鬼を倒し続けているソウジロウは、致命傷は無いものの全身に傷をつくっていた。その身体に触れて、スイは治癒魔法を掛ける。
「! スイ様、魔力を無駄遣いしてはなりませぬ」
『仲間の傷を治す為に使うのは、無駄遣いじゃありません』
そう言って次に自分の脇腹に治癒魔法をかけたスイの顔に、余裕は無い。何度か深呼吸をして息を整えると、また乱戦の中に入り、コハクと共にモンスターと戦い始めた。
「(いかん、呼吸を保てなくなってきている。一刻も早く鬼を殲滅せねば)」
上位モンスター達と戦いながら、ノズチの攻撃も気にしなければならない。体力と集中力が削がれていくこの状況は、長引けば長引く程スイ達を窮地に陥らせる。
「くそっ! 戦い辛ぇ!」
「師匠!」
アレックスは戦いの傍ら、イザベラに眼を向ける。ノズチと戦うイザベラは傷が増え、回避を余儀無くされていた。
「コイツはアタイに任せときな。だからそっちは任せたよ、アレックス」
「待って! 援護も無しで一人でその大きさのドラゴンと戦うなんて、いくら師匠でも無茶だよ!」
「アッハッハ! 一人前にアタイの心配かい?」
高らかに笑ったイザベラは、ノズチの踏みつけを避けるとアレックスに顔を向けた。
数多の激戦を超えてきたAランクハンターは、不安や焦りなど微塵も無い顔で笑っている。
「百年早い。するなら自分らの心配しな。アレックス、アンタがスイやニコを引っ張るんだよ」
「……っ、解ってるよ!」
ムッとした顔と声でそう返すと、アレックスは振り向きざまに透明状態のチェンジリザードを両断した。
弟子の成長と、我が子に未だ残る幼さ両方が見えてイザベラは楽しげに笑うと、ノズチの右脚に向けて斧を振った。
「チョコマカト! オトナシクシネ!」
「そう言われて死ぬ奴がいるかい?」
左手の爪を飛び退いて避けたイザベラは、今し方斬りつけたノズチの右脚を見る。
「(流石に硬いねぇ。斬れるが深手にはならない)」
堕龍となり、その身を被った鱗は鉄以上に硬い。
「(腹の方がまだ柔らかそうか)」
腹にも鱗があるが、色素が薄い。四肢や背中よりも刃が通りそうに見える。
「(……討伐はちと難しいね)」
イザベラはちらりと太陽を見た。もうじき太陽は山の向こうに沈む。
「(大襲撃だけなら、まだ耐え凌げたんだけどねぇ)」
近隣の町がメッセージバードに託した応援要請を聞いて、すぐに人員を寄越してくれたとしても数日は掛かる。
その間、誘魔アイテムを除去しながら防戦していれば、応援が来るまでの数日なら耐えられる筈だった。
だが、状況は変わってしまった。
堕龍が出現した場合、Aランクハンターを主攻とし、複数のBランクハンターがその援護をするのが討伐のセオリーだが、あくまで討伐出来る可能性が生まれると言うだけで、必ず討伐出来ると言う訳では無い。
Cランク以下のハンターは援護どころか討伐参加すら出来ない。足手纏いにしかならないからだ。
応援が来たとして、その中にBランクハンターはどれ程いるだろうか。堕龍出現を知らない状態では、大襲撃に備えた編成しかされていない筈だ。
その状況で大襲撃とドラゴン、二つの天災に対処出来るのか。
「(討伐は無理。撃退すら厳しい。それに、一度退けたところでコイツはまたやってくるだろう)」
ドラゴン討伐の為の人員編成と派遣は、大襲撃よりも時間が掛かる。それでも、派遣するのがリーディンシャウフの様な大きな町なら抱えているハンターが多く、指揮系統も確立しているので充分な戦力の早期派遣が望めただろう。
だが、そのリーディンシャウフが天災の中心地となってしまった今、それは期待出来ない。
もうひとつの政令指定都市から来てもらうにも、日数が掛かり過ぎる。
「(打つ手が無いとはこの事だねぇ。さぁて、どうしたもんか)」
絶体絶命の状況で、イザベラは考える。
考え始めて、すぐに考えるのをやめた。
「(どうするも何も、打つ手が無いなら――)」
先程傷をつけたノズチの右脚を、両手で持った斧で再度斬りつけると間髪入れずに、正確に何度も同じ傷に斧を振り抜く。
徐々に抉れ、血が吹き出した右脚にノズチが怒りの咆哮を轟かせた。
「何か手が生まれるまで打ち続ければ良い。どんなに太い木だって樵り続ければ倒れるんだ。流石の堕龍も、同じ所を何度も斬られれば堪えるだろう?」
頭上から降ってきた影に、イザベラはすぐにノズチの右脚から離れる。叩きつけられた拳は地面を割った。
「コロス……コロスゥォォォォォッ!!」
「やれるものならね。そら、かかってきなぁ!」
「グルォォォォォッ!」
掴もうと伸びてきた手を避けて斬りつけると、イザベラは走ってノズチの背後に回った。
翼を狙って跳ぼうとしたが、横薙ぎの尻尾に邪魔をされる。斧を盾代わりにして防いだが、勢いは殺せずに飛ばされた。
「(あの尻尾も邪魔だねぇ。せめて場所を変えられたら良かったんだけど)」
ドラゴン戦はどうしても激しくなる。このまま戦い続ければ、ノズチやイザベラの攻撃がアレックス達に飛び火する可能性が高く、本気で戦えない。
「(町の中にはまだ隠れてる住民がいるからねぇ……)」
教会に入りきれなかった人々は民家に残っている。アレックス達を巻き込まない様に此処から離れれば、今度は一般人を巻き込む事になる。
「(……やはり、一旦退けるのが最善か)」
手の痺れが消えた事を確認して、イザベラはノズチに向かって走った。
「グルオォォォォォッ!」
「そんなもん、アタイには効かないよ」
殺気をものともせず、イザベラは跳び上がるとノズチの顔目掛けて斧を振り下ろした。
「グァァァァァア!?」
「いくらドラゴンと言えど、そこが柔らかいのは他の奴等と変わらないね」
右目に走った亀裂。吹き出す血を押さえるノズチの左眼は、再び斧を振り上げたイザベラを映した。急いで左目を庇った左手の鱗が傷つく。
「チッ、遅かったか。だけど、どこまでもつかね?」
何度も斬り付けられる感覚に、ノズチの中で痛みと怒りが増幅していく。
「(ウザイ……ウザイウザイウザイ……、?)」
突如、攻撃が止んだ。そっと手をどければイザベラの姿は無い。しかし、次の瞬間腹部に激痛が走った。
「!? アグゥァァァァ!」
腹部に長く走った裂傷からは血が溢れ、煙が棚引いている。足元にはイザベラが炎を纏った斧を構えていた。
「どうだい、アタイの炎は。咎人を焼き尽くす炎だ、アンタにピッタリだろ?」
「トガビト、ダト……?」
「多くの罪なき人を殺めた。アンタの罪だよ」
ノズチの中で過去が蘇る。
拒絶の眼。止まない罵声。突き飛ばす手。蹴りつける足。
自分と母を嘲笑う人々。蔑む人々。そして――。
「ツミ」
罪無き人を殺めるのが罪。ならば、何もしていない人を傷つけるのは罪ではないのか。
明くる日も明くる日も自分達を傷つけた人達は。
「ツミジャ……トガビトジャナイッテイウノカヨ!!」
「!!」
開かれた口。その奥から炎の魔力を感じてイザベラは飛び退いた。吐かれた紫炎が地面を焼き焦がす。
「グォ……グルォォォォォォオッ!!」
「ぐっ……!」
『うぁっ!?』
耳を劈く咆哮はリーディンシャウフの中だけでなく、離れた町にまで響き渡った。
スイは激痛が走った耳を抑えて周囲を見回す。コハクやアレックスの口は動いているが、音がくぐもって聴こえ辛い。
堕龍ノズチが空を見上げて吼えている様に見えるが、やはり音が途切れたりくぐもって聴こえる。
耳の中で水が伝う感覚を覚えて触ってみれば、指先に血がついた。
『くっ!』
急ぎ、耳を治すべく治癒魔法を唱える。その最中、ノズチが此方に顔を向けているのが見えた。パカリと空いた口から感じた強力な魔力に、全身が粟立った。
「お――!」
「――まず――!」
アレックスもニコラスも、ソウジロウでさえも顔色を変えた。コハクがスイの前に立ち、その前にソウジロウが立った。
「ミ――ナ――ホ――!!」
揺らいで見えたのは炎の筈なのに、酷く寒気を感じた。何かを叫んだノズチから、紫炎が吐き出される。
『あ』
絶対に逃げられないと、確実な死をスイの本能が悟った。思考が止まり、紫炎がゆっくりと迫り来るのをただ見ていた。
生きなければならない理由はスイの中から消えていた。
眼前の死を、己の運命として受け容れてしまっていた。
「――――――っ!!」
『っ!!?』
最前にいたアレックスの前に、イザベラが飛び出した。真っ赤に燃える斧が振り下ろされ、猛炎が紫炎とぶつかる。
《ス――!? ――!》
『っ!』
コハクに揺すられ、自我を取り戻したスイは急いで治癒を再開する。残り少ない魔力、慣れない音の世界に感覚が狂っているのか治りが遅く、スイを焦らせる。
「――匠!?」
「イ――ル――ッ!!」
アレックスがイザベラに手を伸ばす。その先にいるイザベラは、斧だけでなく自身にも炎を纏わせると、斧ごと紫炎へと突っ込んだ。
『!!?』
魔力の大爆発。音の狂った世界で身体を叩いた爆風の強さだけが、どれ程威力の大きい爆発だったのかをスイに知らせたが直後にスイの意識は途切れた。
『……ぅ……っ!?』
爆風で飛ばされた勢いで身体を強く打ちつけたスイは、目を覚ますとすぐに起き上がる。
「師匠!!」
辺りを見回すと同時に、アレックスの叫び声が鮮明に聞こえた。近くにノズチの姿は見えない。
急いでアレックスの元に駆けつければ、アレックスの腕の中にはイザベラが横たわっている。
その身体に、スイは言葉を失った。
「師匠! し……しょぉ……!!」
涙混じりの声で呼ばれ、薄らと瞼を開けたイザベラ。
その両腕は炭と化し、肘から下は崩れ落ちていた。
脚も一部が焦げ、全身に酷い火傷を負っている。イザベラの愛用の戦斧も、大きくひび割れてしまっていた。
「……泣くんじゃないよ。……まったく……ギルに似て泣き虫な所は、大きくなっても直らないねぇ……」
「喋らないで師匠! 今、回復薬を……!」
アレックスはアイテムポーチから幾つもの極回復薬を取り出してイザベラに飲ませ、身体にも掛けていく。上回復薬よりも治癒効果が高い極回復薬だが、火傷は少しばかり薄くなっただけだ。両腕の状態は言うまでもない。
「そんな……そんな……!!」
零れた涙がイザベラの頬に落ちる。静かに腕を上げたイザベラだが、涙を拭える手は無い。剥落した炭の欠片を見て、やるせないと言うように目を伏せた。
「……情けないね。娘の涙すら拭えないなんてさ……」
「そんな事無い! やめてよ、そんな事言うの、師匠らしくないよ!」
「……アレックス。……スイも、そこにいるね?」
『は、はい……!』
知らず知らずの内にスイも泣いていた。
自分を見下ろし涙を流す二人に、イザベラは今出せるすべての力を振り絞って笑ってみせる。
「執着心が強い奴の事だ、また戻ってくるだろうさ。でもアタイが負わせた傷は深い。いくらドラゴンとは言え、そう簡単には治らない筈だ」
せめてどちらかの腕が残っていればと、イザベラはもどかしさを覚えながら見えない手で二人に未来を託す。
「アレックス、スイ。奴を斃して皆を守っておくれ。この町でアタイがそれを任せられるのは、アンタ達だけだ」
「…………っ!」
『イ、イザベラさん……っ』
「いいね? 確かに託したよ。アタイは……少し、休ませてもらうからね……」
閉じられた瞼に隠された桜桃色の眼。イザベラの肩を抱くアレックスの手が震えた。
「か、ぁさ……母さぁぁぁぁぁん!!!」
アレックスの悲痛な叫び声が、僅かに橙色を残しつつ夜闇が降りた一帯に響く。
堕龍出現、そして南大陸最強のAランクハンターイザベラの敗北。
ハンターズギルドに入ってきたこの二つの事実は、町を守ろうと奮戦してきた者達の希望と戦意を無情にも打ち砕いた。
『くぅぅぅっ……!』
吼える度に耳が痛む。動く度に地面が揺れる。常に突き刺さってくる強烈な殺気と相俟って、それらは戦うスイ達の集中力を乱し、動きを妨げる。
『うぁっ!?』
堕龍となったノズチの、丸太のように太く鞭のようにしなる尻尾がスイを襲う。辛うじて躱したが、その先で鬼の追撃をくらって血が舞った。
《スイ! お前ェ!》
「貴様!」
「グァッ……!」
コハクの牙とソウジロウの刀、それぞれに首と腹を貫かれて鬼は倒れた。
起き上がったスイにコハクが駆け寄る。
《大丈夫か、スイ!》
『だ、大丈夫……ちょっと油断した。ごめん』
「申し訳ございません、スイ様。私めの失態です」
討ち漏らしを詫びるソウジロウに、スイは首を左右に振った。
『失態なんかじゃありません。気にしないでください。ソウジロウさんが鬼を引き受けてくれているから、私達はずっと楽に戦えているんです』
一人で多くの鬼を倒し続けているソウジロウは、致命傷は無いものの全身に傷をつくっていた。その身体に触れて、スイは治癒魔法を掛ける。
「! スイ様、魔力を無駄遣いしてはなりませぬ」
『仲間の傷を治す為に使うのは、無駄遣いじゃありません』
そう言って次に自分の脇腹に治癒魔法をかけたスイの顔に、余裕は無い。何度か深呼吸をして息を整えると、また乱戦の中に入り、コハクと共にモンスターと戦い始めた。
「(いかん、呼吸を保てなくなってきている。一刻も早く鬼を殲滅せねば)」
上位モンスター達と戦いながら、ノズチの攻撃も気にしなければならない。体力と集中力が削がれていくこの状況は、長引けば長引く程スイ達を窮地に陥らせる。
「くそっ! 戦い辛ぇ!」
「師匠!」
アレックスは戦いの傍ら、イザベラに眼を向ける。ノズチと戦うイザベラは傷が増え、回避を余儀無くされていた。
「コイツはアタイに任せときな。だからそっちは任せたよ、アレックス」
「待って! 援護も無しで一人でその大きさのドラゴンと戦うなんて、いくら師匠でも無茶だよ!」
「アッハッハ! 一人前にアタイの心配かい?」
高らかに笑ったイザベラは、ノズチの踏みつけを避けるとアレックスに顔を向けた。
数多の激戦を超えてきたAランクハンターは、不安や焦りなど微塵も無い顔で笑っている。
「百年早い。するなら自分らの心配しな。アレックス、アンタがスイやニコを引っ張るんだよ」
「……っ、解ってるよ!」
ムッとした顔と声でそう返すと、アレックスは振り向きざまに透明状態のチェンジリザードを両断した。
弟子の成長と、我が子に未だ残る幼さ両方が見えてイザベラは楽しげに笑うと、ノズチの右脚に向けて斧を振った。
「チョコマカト! オトナシクシネ!」
「そう言われて死ぬ奴がいるかい?」
左手の爪を飛び退いて避けたイザベラは、今し方斬りつけたノズチの右脚を見る。
「(流石に硬いねぇ。斬れるが深手にはならない)」
堕龍となり、その身を被った鱗は鉄以上に硬い。
「(腹の方がまだ柔らかそうか)」
腹にも鱗があるが、色素が薄い。四肢や背中よりも刃が通りそうに見える。
「(……討伐はちと難しいね)」
イザベラはちらりと太陽を見た。もうじき太陽は山の向こうに沈む。
「(大襲撃だけなら、まだ耐え凌げたんだけどねぇ)」
近隣の町がメッセージバードに託した応援要請を聞いて、すぐに人員を寄越してくれたとしても数日は掛かる。
その間、誘魔アイテムを除去しながら防戦していれば、応援が来るまでの数日なら耐えられる筈だった。
だが、状況は変わってしまった。
堕龍が出現した場合、Aランクハンターを主攻とし、複数のBランクハンターがその援護をするのが討伐のセオリーだが、あくまで討伐出来る可能性が生まれると言うだけで、必ず討伐出来ると言う訳では無い。
Cランク以下のハンターは援護どころか討伐参加すら出来ない。足手纏いにしかならないからだ。
応援が来たとして、その中にBランクハンターはどれ程いるだろうか。堕龍出現を知らない状態では、大襲撃に備えた編成しかされていない筈だ。
その状況で大襲撃とドラゴン、二つの天災に対処出来るのか。
「(討伐は無理。撃退すら厳しい。それに、一度退けたところでコイツはまたやってくるだろう)」
ドラゴン討伐の為の人員編成と派遣は、大襲撃よりも時間が掛かる。それでも、派遣するのがリーディンシャウフの様な大きな町なら抱えているハンターが多く、指揮系統も確立しているので充分な戦力の早期派遣が望めただろう。
だが、そのリーディンシャウフが天災の中心地となってしまった今、それは期待出来ない。
もうひとつの政令指定都市から来てもらうにも、日数が掛かり過ぎる。
「(打つ手が無いとはこの事だねぇ。さぁて、どうしたもんか)」
絶体絶命の状況で、イザベラは考える。
考え始めて、すぐに考えるのをやめた。
「(どうするも何も、打つ手が無いなら――)」
先程傷をつけたノズチの右脚を、両手で持った斧で再度斬りつけると間髪入れずに、正確に何度も同じ傷に斧を振り抜く。
徐々に抉れ、血が吹き出した右脚にノズチが怒りの咆哮を轟かせた。
「何か手が生まれるまで打ち続ければ良い。どんなに太い木だって樵り続ければ倒れるんだ。流石の堕龍も、同じ所を何度も斬られれば堪えるだろう?」
頭上から降ってきた影に、イザベラはすぐにノズチの右脚から離れる。叩きつけられた拳は地面を割った。
「コロス……コロスゥォォォォォッ!!」
「やれるものならね。そら、かかってきなぁ!」
「グルォォォォォッ!」
掴もうと伸びてきた手を避けて斬りつけると、イザベラは走ってノズチの背後に回った。
翼を狙って跳ぼうとしたが、横薙ぎの尻尾に邪魔をされる。斧を盾代わりにして防いだが、勢いは殺せずに飛ばされた。
「(あの尻尾も邪魔だねぇ。せめて場所を変えられたら良かったんだけど)」
ドラゴン戦はどうしても激しくなる。このまま戦い続ければ、ノズチやイザベラの攻撃がアレックス達に飛び火する可能性が高く、本気で戦えない。
「(町の中にはまだ隠れてる住民がいるからねぇ……)」
教会に入りきれなかった人々は民家に残っている。アレックス達を巻き込まない様に此処から離れれば、今度は一般人を巻き込む事になる。
「(……やはり、一旦退けるのが最善か)」
手の痺れが消えた事を確認して、イザベラはノズチに向かって走った。
「グルオォォォォォッ!」
「そんなもん、アタイには効かないよ」
殺気をものともせず、イザベラは跳び上がるとノズチの顔目掛けて斧を振り下ろした。
「グァァァァァア!?」
「いくらドラゴンと言えど、そこが柔らかいのは他の奴等と変わらないね」
右目に走った亀裂。吹き出す血を押さえるノズチの左眼は、再び斧を振り上げたイザベラを映した。急いで左目を庇った左手の鱗が傷つく。
「チッ、遅かったか。だけど、どこまでもつかね?」
何度も斬り付けられる感覚に、ノズチの中で痛みと怒りが増幅していく。
「(ウザイ……ウザイウザイウザイ……、?)」
突如、攻撃が止んだ。そっと手をどければイザベラの姿は無い。しかし、次の瞬間腹部に激痛が走った。
「!? アグゥァァァァ!」
腹部に長く走った裂傷からは血が溢れ、煙が棚引いている。足元にはイザベラが炎を纏った斧を構えていた。
「どうだい、アタイの炎は。咎人を焼き尽くす炎だ、アンタにピッタリだろ?」
「トガビト、ダト……?」
「多くの罪なき人を殺めた。アンタの罪だよ」
ノズチの中で過去が蘇る。
拒絶の眼。止まない罵声。突き飛ばす手。蹴りつける足。
自分と母を嘲笑う人々。蔑む人々。そして――。
「ツミ」
罪無き人を殺めるのが罪。ならば、何もしていない人を傷つけるのは罪ではないのか。
明くる日も明くる日も自分達を傷つけた人達は。
「ツミジャ……トガビトジャナイッテイウノカヨ!!」
「!!」
開かれた口。その奥から炎の魔力を感じてイザベラは飛び退いた。吐かれた紫炎が地面を焼き焦がす。
「グォ……グルォォォォォォオッ!!」
「ぐっ……!」
『うぁっ!?』
耳を劈く咆哮はリーディンシャウフの中だけでなく、離れた町にまで響き渡った。
スイは激痛が走った耳を抑えて周囲を見回す。コハクやアレックスの口は動いているが、音がくぐもって聴こえ辛い。
堕龍ノズチが空を見上げて吼えている様に見えるが、やはり音が途切れたりくぐもって聴こえる。
耳の中で水が伝う感覚を覚えて触ってみれば、指先に血がついた。
『くっ!』
急ぎ、耳を治すべく治癒魔法を唱える。その最中、ノズチが此方に顔を向けているのが見えた。パカリと空いた口から感じた強力な魔力に、全身が粟立った。
「お――!」
「――まず――!」
アレックスもニコラスも、ソウジロウでさえも顔色を変えた。コハクがスイの前に立ち、その前にソウジロウが立った。
「ミ――ナ――ホ――!!」
揺らいで見えたのは炎の筈なのに、酷く寒気を感じた。何かを叫んだノズチから、紫炎が吐き出される。
『あ』
絶対に逃げられないと、確実な死をスイの本能が悟った。思考が止まり、紫炎がゆっくりと迫り来るのをただ見ていた。
生きなければならない理由はスイの中から消えていた。
眼前の死を、己の運命として受け容れてしまっていた。
「――――――っ!!」
『っ!!?』
最前にいたアレックスの前に、イザベラが飛び出した。真っ赤に燃える斧が振り下ろされ、猛炎が紫炎とぶつかる。
《ス――!? ――!》
『っ!』
コハクに揺すられ、自我を取り戻したスイは急いで治癒を再開する。残り少ない魔力、慣れない音の世界に感覚が狂っているのか治りが遅く、スイを焦らせる。
「――匠!?」
「イ――ル――ッ!!」
アレックスがイザベラに手を伸ばす。その先にいるイザベラは、斧だけでなく自身にも炎を纏わせると、斧ごと紫炎へと突っ込んだ。
『!!?』
魔力の大爆発。音の狂った世界で身体を叩いた爆風の強さだけが、どれ程威力の大きい爆発だったのかをスイに知らせたが直後にスイの意識は途切れた。
『……ぅ……っ!?』
爆風で飛ばされた勢いで身体を強く打ちつけたスイは、目を覚ますとすぐに起き上がる。
「師匠!!」
辺りを見回すと同時に、アレックスの叫び声が鮮明に聞こえた。近くにノズチの姿は見えない。
急いでアレックスの元に駆けつければ、アレックスの腕の中にはイザベラが横たわっている。
その身体に、スイは言葉を失った。
「師匠! し……しょぉ……!!」
涙混じりの声で呼ばれ、薄らと瞼を開けたイザベラ。
その両腕は炭と化し、肘から下は崩れ落ちていた。
脚も一部が焦げ、全身に酷い火傷を負っている。イザベラの愛用の戦斧も、大きくひび割れてしまっていた。
「……泣くんじゃないよ。……まったく……ギルに似て泣き虫な所は、大きくなっても直らないねぇ……」
「喋らないで師匠! 今、回復薬を……!」
アレックスはアイテムポーチから幾つもの極回復薬を取り出してイザベラに飲ませ、身体にも掛けていく。上回復薬よりも治癒効果が高い極回復薬だが、火傷は少しばかり薄くなっただけだ。両腕の状態は言うまでもない。
「そんな……そんな……!!」
零れた涙がイザベラの頬に落ちる。静かに腕を上げたイザベラだが、涙を拭える手は無い。剥落した炭の欠片を見て、やるせないと言うように目を伏せた。
「……情けないね。娘の涙すら拭えないなんてさ……」
「そんな事無い! やめてよ、そんな事言うの、師匠らしくないよ!」
「……アレックス。……スイも、そこにいるね?」
『は、はい……!』
知らず知らずの内にスイも泣いていた。
自分を見下ろし涙を流す二人に、イザベラは今出せるすべての力を振り絞って笑ってみせる。
「執着心が強い奴の事だ、また戻ってくるだろうさ。でもアタイが負わせた傷は深い。いくらドラゴンとは言え、そう簡単には治らない筈だ」
せめてどちらかの腕が残っていればと、イザベラはもどかしさを覚えながら見えない手で二人に未来を託す。
「アレックス、スイ。奴を斃して皆を守っておくれ。この町でアタイがそれを任せられるのは、アンタ達だけだ」
「…………っ!」
『イ、イザベラさん……っ』
「いいね? 確かに託したよ。アタイは……少し、休ませてもらうからね……」
閉じられた瞼に隠された桜桃色の眼。イザベラの肩を抱くアレックスの手が震えた。
「か、ぁさ……母さぁぁぁぁぁん!!!」
アレックスの悲痛な叫び声が、僅かに橙色を残しつつ夜闇が降りた一帯に響く。
堕龍出現、そして南大陸最強のAランクハンターイザベラの敗北。
ハンターズギルドに入ってきたこの二つの事実は、町を守ろうと奮戦してきた者達の希望と戦意を無情にも打ち砕いた。
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魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
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