拾われ子のスイ

蒼居 夜燈

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第四章 南大陸

拾われ子と惨禍 三十一 ―咎人達―

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 ノズチが物心ついた時、既に父親はいなかった。いつも傍にいてくれたのは、ノズチと同じ蛇の鱗人である母親だった。
 ノズチが何度か父親の事を訊いても、死んだとも何処かへ行ったとも母親は言わなかった。
 教えてくれればと思ったが、知った所で死んでいても何処かで生きていても、どっちにしろ憎んだだろうともノズチは思う。

「ごめんね、ノズチ。母さんと同じ姿に産んだばかりに……」

 紫の眼に、闇属性を宿した鱗持ちの身体。母親と全く同じ特徴は、闇属性を恐れる者達の害意や悪意をノズチへと向けさせた。

「闇魔法で廃人にされるぞ!」

 精神干渉なんて位の高い魔法、ノズチも母親も使えなかった。

「悪魔への供物にされる!」

 悪魔を喚ぼうとした事も、喚ぶ事を考えた事も二人は無かった。

「近付くな! お前らは淫魔が先祖なんだろ! 生気を吸われちまう!」

 そんな事実は無かった。否定しても聞く耳持たずに殴られた。
 恐れは理解を拒む。誰かが捏造した噂は、自分の都合に良ければ真実として受入れ、伝えていく。
 大人の口に上る二人の噂は、子ども達の耳にも入り、歪んだ先入観を植え付けた。
 大人達は母親に、子ども達はノズチに。正義を大義名分とした悪意を振り翳しては殴り、石を投げる。

 夜、自分達はいつ来るかわからない暴力に怯え震えているのに、外からは家族団欒の声が聞こえてきた時は腸が煮えくり返りそうになった。
 罪なき者を咎人とし、傷付ける者が笑っている世界。ある日、ノズチは悟った。
 狂った世界に生きているから、奴等もまた狂っているんだと。当たり前の事だったのだと、心の底から納得した。

 直接手は出してこない人達もいたが、その誰もが二人に手を差し伸べずに見て見ぬふりをした。
 悪意から逃げて、安息を得る為に寄った村で傷付けられて、また逃げての繰り返し。罪も無いのに逃亡を続ける日々に、ノズチの中で確実に何かが歪んでいった。
 それを見透かしているかのように、ノズチが報復に出ようとする度に母親はノズチを宥めた。

「やり返せば、それを理由にして人はまた石を投げてくるわ。暴力に暴力で返していては、終わりはやってこないの」

 やり返して、そのやり返しをくらうのが自分だけならばノズチはまだ耐えられた。だが、母親が巻き込まれるのは我慢出来なかった。
 無知であるが故に、自分達の正義を疑わない人々。
 不満や苛立ちが募り続けるが、母親の為だけにノズチは耐え忍んだ。
 だが、とある村に来て間もなかった頃、それは起こってしまった。

「――――――!」

 闇の系譜を繋ぐ悪女。淫魔の子孫。人間を貶める蛇女。
 耳を塞ぎたくなる罵声を吐きながら、村人達はノズチの母親を拳で、武器で、農具で殴った。縛られ、殴られ、身動きが出来ないノズチの眼の前で。
 何度止めてと叫んでも、何度謝っても終わらない暴虐。
 痛みは闇の者を産んだ母親への罰であり、罰せられる母親を見ながら痛みに耐える事が、生まれてきたノズチへの罰なのだと正義を騙る村人達は醜く歪んだ顔で罵った。

「――ノズチ」

 血に濡れた顔を腫らし、涙を流して母親は息子の名を呼んだ。その後に続く言葉は、無かった。
 その後の事を、ノズチは覚えていない。気付いた時には、誰一人正気の者は居なくなった村の真ん中に座っていた。
 ノズチは、腕の中の母親に誓う。
 母親を殺した奴等を、助けてくれなかった奴等を――人間達を鏖殺すると。

「(怨敵……人類ノ、怨敵……カ)」

 左手や尾を失い、右目も潰れた。全身を被う鱗は幾つも裂け、雷が傷を焼いた。
 上手く動かなくなってきた身体を酷く重く感じながら、堕龍ノズチはフリーデの言葉を反芻していた。

 何も知らない癖に、知ったふうな口をきくイザベラに心底腹が立った。際限無く神経を逆撫でしてくるイザベラへの怒りが、残っていた躊躇いを粉砕した。
 イザベラへの殺意が、これまでノズチを虐げた者達への殺意を増幅させ、更にはあらゆるものへの破壊衝動へと変わった。
 堕龍の衝動に呑まれかけても、僅かばかりの理性じぶんは残っていた。故にノズチは自分が何をしたのか、断片的にだが憶えている。

「(……町を壊シ、人間達を殺シた俺ガ人類ノ怨敵なラ……)」

 母を殺した奴等が。罵声を浴びせた奴等が。
 それを見て見ぬふりして、助けてくれなかった奴等が。

「……人類お前等全員ガ、俺と母俺達ノ怨敵ダ……!! オオオオオオオオッ!!」

『うっ!?』

「耳が!」

 堕龍の咆哮が大地を揺らす。町中の魔法陣が光り、大量のモンスターが出現した。
 急に現れた多数の気配に、五つの部隊には属さなかった遊撃のハンター達が戦闘態勢に入ったが、戦闘にはならなかった。

「き、消えた!?」

「何だ!? 召喚が失敗したのか?」

 召喚されたモンスターの消失は、全ての魔法陣で起きた。粒子となったそれは、町の北東へと流れていく。

「(何だ? 倒したにしては速すぎる。何が起こっている?)」

 気配だけでは消失の理由が解らず、状況が把握出来ないフリーデは更なる不可解を目の当たりにする。
 何処からか飛んできた無数の粒子が堕龍に集まっていき、身体が歪に波打ち、変形を始めた。

「……再生、いや、これは……!?」

 失われた左手と尾が生え、右目と翼は再生した。生え変わった鱗は厚さと硬度を増し、もう一対の腕と翼が生えた。
 信じられない光景から眼が離せずにいるフリーデを、報告の為に走ってきた遊撃隊のハンターが呼ぶ。

「支部長!! 魔法陣から出てきたモンスターが突然消えた! 他の魔法陣でも同じ事が起きたそうだ!」

 現れてすぐに消えたモンスター達。飛んできた粒子。変形した堕龍。

「……まさか」

 前例が無い事の連続だが、眼の前の堕龍自体が前例の無い生まれ方をしたのだ。フリーデは自身の推測が恐らく正しいと認めざるを得ない。

「召喚したモンスターを贄にして進化したのか……!?」

 巨体を空に浮かせてハンター達を見下ろした堕龍ノズチは、紫の眼を妖しく光らせた。
 黒い霧と黄味がかった霧が辺りを覆う。

混乱毒コンフュージョン麻痺毒パラライズ

 目鼻口、耳からだけでなく皮膚からも侵入する闇属性毒魔法が堕龍討伐の面々を襲う。
 スキルや装備品、補助魔法で毒耐性が高い者には効かなかったが、混乱に陥った者は仲間を襲い、麻痺毒に侵された者は地に倒れ伏して動けなくなった。
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