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第二章 死ぬまでにしたい【3】のこと
55話 そうだ、魔女に会いに行こう!③ここは魔女の領域
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食堂は、舞踏場と言われても違和感がないほどに広い。
バルクシュタインが席に着く前に耳元でささやいた。
「アシュフォード様、毒が入っているかも知れません。あたしにすこしください。後、あたしが食べはじめてしばらくたってから、食べてもらえませんか」
「そ、そこまでします? たしかにちょっと怖い方かとは思いますが、イザベラもいますし、毒を盛るなど」
イザベラを見ると、自分の城のはずなのに、かりてきた猫のようにかたかたかた、と震えている。
これ、いけないやつかも知れません……。
ものすごい圧を感じ、総毛立った。
「リリーちゃん。安心して。毒なんか入っていないわ。食事は楽しむものよ。わかった?」
会話さえ困難な、離れた距離で、ひそひそ声が聞こえるですって?
「大変な失礼を、申し訳ございません。黒闇の魔女様」
バルクシュタインが挨拶をするが、震えていた。
「いいの。恐れられ、忌み嫌われるのが魔女の仕事。リリーちゃんはずいぶんフェイトちゃんが好きなのね」
すでに席についている黒闇の魔女はあごに手をあてて、言った。
「はい」
「フェイトちゃんとアルトメイア、どちらかを選ばなければならないとしたら、どちらを選ぶ?」
「アルトメイアです!」
バルクシュタインは即答した。
黒闇の魔女はローブのフード部分を出して、はじめて顔を見せた。それを合図に、イザベラとベアトリーチェもおなじくフードをとった。
黒闇の魔女はほとんどイザベラと同じ顔をしていた。しかし、より妖艶で、目つきがきつい印象をうけた。
「流石、商人出身のご令嬢。とんだ、大嘘つきね。楽しい余興になったわ」
その言葉を合図に食事が運ばれてくる。料理はどれも最高の食材だったが、その雰囲気の不穏さから、まったく味を覚えていない。
機械的に食事を食べ終わると、黒闇の魔女が立ち上がった。ぬっと、テーブルに彼女の影がうつりこむ。
「さあ、みんなに部屋を用意しているわ。全員分の個室はあるのだけれど、女の子同士、相部屋のほうが楽しそうじゃない? そういうものなのでしょう。女の子同士というのは。私は友達がいなかったから、知らないけど。そうよね? 違うの?」
黒闇の魔女は、ふつうの人だと首の骨が折れる、急な角度で首をかたむけた。
「左様でございます。お気遣いありがとうございます」
わたくしが言って、席を立とうとすると。
「フェイトちゃん。私の部屋にひとりでいらっしゃい」
「お待ちください。あたしも! 一緒がいいなぁーと思いました。いま!」
やんわりとした言い方だったが、バルクシュタインの口もとには力が入っていた。
「リリーちゃんはフェイトちゃんのナイトなのね。フェイトちゃんの方が私に話があるんでしょう」
にぃぃぃ、と黒闇の魔女が笑う。
「ええ。いまからお願いできますか」
「いいわよ。どうぞ、いらっしゃい。イザベラ! 皆様を部屋に案内してさしあげて」
わたくしはひとり、黒闇の魔女についていく。
そのおおきな背中を見つめながら。
バルクシュタインが心配そうにわたくしを見つめる。大丈夫、という意味でうなずいた。
絨毯が引かれた暗い城内は、同じような扉がたくさんあり、迷ったら元に戻れなさそうだ。
「アニエス・アシュフォード。フェイトちゃんのお母さんにね。頼まれたの」
黒闇の魔女とわたくしは初対面ではない。お母さまが6年前に亡くなる前の話。お母さまは戦争を止めるため、何度も黒闇の魔女に会いに行っていた。わたくしはその時、連れて行かれ、黒闇の魔女と会っている。その時、本当に怖くて、失礼ながら、本人の前で泣いてしまったのだ。
「フェイトちゃんになにかあったら、力になってあげてって」
「お母さまが、そんなことを……」
いちばん奥の、巨大な扉に入っていく黒闇の魔女。
「フェイトちゃん、私を信じられる?」
急に、黒闇の魔女が振り返り、わたくしの目の高さと同じ位置までかがんだ。
その顔にはなんの表情も浮かんでいない。
「はい、だから、会いにきました」
「フェイトちゃんはとても良い子だわ。アニエスの子ね。私はね、アニエスの為、貴方にできることをずっと考えてきた」
扉がバタン、と急にしまる。
真っ暗になって、自分の足下も見えなくなった。
「ねぇ。ほんとうの、闇って、貴方、知っている?」
黒闇の魔女の声が横、上、下、斜め、前、後ろ、いろんな場所から聞こえてくる。
前後の感覚もわからなくなってきた。
いま、わたくしは立っているのか、座っているのか、寝ているのか、わからない。
「深淵を覗く時、深淵からも覗かれている。闇というのは、すなわち、自分の心、なのよ」
あれ、なんで、ここにいるのでしたっけ。
なにか、大事な用があって、来たはず、だったのですが。
「フェイトちゃんのこと頼むって言われたの。でも、無理よ。無理無理。だって貴方は弱いもの。無残に残酷に、魔女に殺されるだけの運命。それなら私が、痛みなく殺してあげようって思った。せめて、幸せな夢を見せて殺そうって。ごめんね。フェイトちゃん。こうするしか、ないのよ」
黒闇の魔女の涙声する。が、どこから聞こえてくるのか、わからない。
バルクシュタインが席に着く前に耳元でささやいた。
「アシュフォード様、毒が入っているかも知れません。あたしにすこしください。後、あたしが食べはじめてしばらくたってから、食べてもらえませんか」
「そ、そこまでします? たしかにちょっと怖い方かとは思いますが、イザベラもいますし、毒を盛るなど」
イザベラを見ると、自分の城のはずなのに、かりてきた猫のようにかたかたかた、と震えている。
これ、いけないやつかも知れません……。
ものすごい圧を感じ、総毛立った。
「リリーちゃん。安心して。毒なんか入っていないわ。食事は楽しむものよ。わかった?」
会話さえ困難な、離れた距離で、ひそひそ声が聞こえるですって?
「大変な失礼を、申し訳ございません。黒闇の魔女様」
バルクシュタインが挨拶をするが、震えていた。
「いいの。恐れられ、忌み嫌われるのが魔女の仕事。リリーちゃんはずいぶんフェイトちゃんが好きなのね」
すでに席についている黒闇の魔女はあごに手をあてて、言った。
「はい」
「フェイトちゃんとアルトメイア、どちらかを選ばなければならないとしたら、どちらを選ぶ?」
「アルトメイアです!」
バルクシュタインは即答した。
黒闇の魔女はローブのフード部分を出して、はじめて顔を見せた。それを合図に、イザベラとベアトリーチェもおなじくフードをとった。
黒闇の魔女はほとんどイザベラと同じ顔をしていた。しかし、より妖艶で、目つきがきつい印象をうけた。
「流石、商人出身のご令嬢。とんだ、大嘘つきね。楽しい余興になったわ」
その言葉を合図に食事が運ばれてくる。料理はどれも最高の食材だったが、その雰囲気の不穏さから、まったく味を覚えていない。
機械的に食事を食べ終わると、黒闇の魔女が立ち上がった。ぬっと、テーブルに彼女の影がうつりこむ。
「さあ、みんなに部屋を用意しているわ。全員分の個室はあるのだけれど、女の子同士、相部屋のほうが楽しそうじゃない? そういうものなのでしょう。女の子同士というのは。私は友達がいなかったから、知らないけど。そうよね? 違うの?」
黒闇の魔女は、ふつうの人だと首の骨が折れる、急な角度で首をかたむけた。
「左様でございます。お気遣いありがとうございます」
わたくしが言って、席を立とうとすると。
「フェイトちゃん。私の部屋にひとりでいらっしゃい」
「お待ちください。あたしも! 一緒がいいなぁーと思いました。いま!」
やんわりとした言い方だったが、バルクシュタインの口もとには力が入っていた。
「リリーちゃんはフェイトちゃんのナイトなのね。フェイトちゃんの方が私に話があるんでしょう」
にぃぃぃ、と黒闇の魔女が笑う。
「ええ。いまからお願いできますか」
「いいわよ。どうぞ、いらっしゃい。イザベラ! 皆様を部屋に案内してさしあげて」
わたくしはひとり、黒闇の魔女についていく。
そのおおきな背中を見つめながら。
バルクシュタインが心配そうにわたくしを見つめる。大丈夫、という意味でうなずいた。
絨毯が引かれた暗い城内は、同じような扉がたくさんあり、迷ったら元に戻れなさそうだ。
「アニエス・アシュフォード。フェイトちゃんのお母さんにね。頼まれたの」
黒闇の魔女とわたくしは初対面ではない。お母さまが6年前に亡くなる前の話。お母さまは戦争を止めるため、何度も黒闇の魔女に会いに行っていた。わたくしはその時、連れて行かれ、黒闇の魔女と会っている。その時、本当に怖くて、失礼ながら、本人の前で泣いてしまったのだ。
「フェイトちゃんになにかあったら、力になってあげてって」
「お母さまが、そんなことを……」
いちばん奥の、巨大な扉に入っていく黒闇の魔女。
「フェイトちゃん、私を信じられる?」
急に、黒闇の魔女が振り返り、わたくしの目の高さと同じ位置までかがんだ。
その顔にはなんの表情も浮かんでいない。
「はい、だから、会いにきました」
「フェイトちゃんはとても良い子だわ。アニエスの子ね。私はね、アニエスの為、貴方にできることをずっと考えてきた」
扉がバタン、と急にしまる。
真っ暗になって、自分の足下も見えなくなった。
「ねぇ。ほんとうの、闇って、貴方、知っている?」
黒闇の魔女の声が横、上、下、斜め、前、後ろ、いろんな場所から聞こえてくる。
前後の感覚もわからなくなってきた。
いま、わたくしは立っているのか、座っているのか、寝ているのか、わからない。
「深淵を覗く時、深淵からも覗かれている。闇というのは、すなわち、自分の心、なのよ」
あれ、なんで、ここにいるのでしたっけ。
なにか、大事な用があって、来たはず、だったのですが。
「フェイトちゃんのこと頼むって言われたの。でも、無理よ。無理無理。だって貴方は弱いもの。無残に残酷に、魔女に殺されるだけの運命。それなら私が、痛みなく殺してあげようって思った。せめて、幸せな夢を見せて殺そうって。ごめんね。フェイトちゃん。こうするしか、ないのよ」
黒闇の魔女の涙声する。が、どこから聞こえてくるのか、わからない。
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