エリート海上自衛官は秘密の息子ごと、保育士の妻に海よりも深い愛を注ぎ込む

桜城恋詠

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1・別れ際に一夜の過ち

あなたが姿を消して

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 ――清広が別れを切り出したことに納得できないつぐみが、夢のような一夜を終えてから数か月後。

 彼は本人の意思を無視して両家の両親へ直談判し、婚約者の解消を終えていた。

「どうして、清広さんの言うことを聞いたの!?」
「これは、清広くんのためなのよ」
「そんなの知らない! 私は、嫌だって言ったのに……!」

 つぐみは母親になぜ清広を止めてくれなかったのかと、声を荒らげる。
 彼女が娘よりも彼の肩を持つような発言をした直後、不満が爆発した。

「私が子どもっぽいから、清広さんが愛想を尽かしたの? 別れを切り出されて、仕方ないですねってお行儀よく身を引けば、好きで居続けてくれた……?」
「これで、最後というわけではないのよ。時間が、解決してくれるわ」
「そんなの、待てるわけがないよ! 清広さんが戻ってきてくれる保証だってないのに!」
「つぐみ……」
「う……っ!」

 母親から憐れみの視線を向けられた直後、突如込み上げてきた吐き気に堪えるべく口元を抑えた。
 彼女は顔色の悪い娘を心配し、背中を擦る。

「顔色が悪いわ。少し休んだら……」
「ねぇ……。お母さん……。私が清広さんの子どもを妊娠していたとわかったら……。さすがに、復縁できるよね……?」
「あなた、何を言って……」
「清広さんはヤリ捨てなんて、そんな不誠実なことをするような人じゃないもの……」

つぐみはうわ言を口にしながら、己の空想が現実になる日を待ち望む。
心ここにあらずな様子を続けるこちらの姿に何かを悟った母親は、優しい言葉で促してくれた。

「私、ずっと、待ってるから……。たとえ、連絡が取れなくても……。清広さんだけを、思い続けるって……」
「病院に、行きましょうか」
「うん……」

 こうしてつぐみは母親とともに産婦人科へ向かい、診察を受けた。
 医者から妊娠の事実を言い渡された時、付き添いの彼女は随分と驚いていた。

 しかし、娘が愛した男性の間にできた子どもだ。
「堕胎してくれ」とは言えなかったようで、最終的には出産後のサポートを買って出てくれた。

 (清広さんと一緒なら、幸せな家庭を築けると信じていた……)

 彼が頑なに別れてくれと口にしたせいで、つぐみと清広の人生計画には大きな狂いが生じてしまった。

 (未婚の母、なんて……。かなり印象が悪いよね……)

 できることなら、今すぐに彼へ妊娠の事実を伝えてよりを戻したい。
 つぐみがどれほどそう思っていたとしても、こちらの連絡先を受信拒否するほどに清広が嫌っていてはどうしようもなかった。

 (お母さんも言っていた。時間が解決してくれるって。きっといつか、約束を叶えるために私へ会いに来てくれるはず……!)

 つぐみがこれから彼のためにできることがあるとすれば、必要以上に清広を求めるようなことはせず、お腹の子どもと一緒に元婚約者が姿を見せるのを待つだけだろう。

 (今度清広さんと顔を合わせた時、立派なお母さんになったよって報告できるような生活を心がけよう)

 ――こうしてつぐみは、彼が迎えに来てくれるのを生まれた子どもと一緒に待ち続けた。

広春ひろはる

 息子の名前は清広の名前を1字取り、春の訪れが来ることを願って名づけた。
 生まれたばかりの頃はただ泣くばかりの赤子だったが、2年も経てば2語程度は話せるようになっている。

「ママ」

 感情の起伏が乏しく大人しいところは、清広そっくりだ。
 愛する人の面影を息子に重ねながら、つぐみは彼と連絡が取れる日を待ち望む。

 (あなたさえいれば、ほかにはなにもいらない。そう、思っていたのに……)

 子どもを産んでから、つぐみにはある心境の変化が訪れていた。
 広春のことが、彼以上に大切な存在になってしまったのだ。

 (息子はまだ小さい……。私が母親として、守らなくちゃ)

 実家には母親がいるし、自分が働いている間の面倒を見てもらえる。
 だが、それにいつまで経っても甘えるのはよくないだろう。
 つぐみが清広との婚約者を解消したあとに息子を出産したことは、ご近所にも広く知れ渡っている。
 このまま保育園に通うことになれば、心ない中傷に晒されてしまう。

「お母さん。私、清広さんをここで待っているのは、もう止める」
「何を言っているの? 仕事をしながら、広春と2人きりで暮らすなんて……。あなたには、無理が……」
「できるよ!」

 ムキになったつぐみは実家から遠く離れた地に移り、息子と2人暮らしを始めた。

 最初のうちは慣れないことばかりで、広春に寂しい思いをさせている自覚はあった。
 しかし、泣き言を一度でも口にしたら、母親として息子を守り続けるのが困難になるような気がして――。
 どんなに苦しくてもぐっと唇を噛み締め、耐え続けた。

 そうして、気づいた時には――。
 彼と別れを告げてから、6年が経過していたのだった。
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