エリート海上自衛官は秘密の息子ごと、保育士の妻に海よりも深い愛を注ぎ込む

桜城恋詠

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2・6年後に再会

彼の事情 (3)

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「早くつぐみを自分のものにしたくて、焦っている。それは、疑う余地もない。しかし……。その結果、君を怒らせてしまったのは誤算だった」

 目を伏せた清広は悪気などなかったのだと伝えるように、つぐみを見下ろす。

 (大嫌いになれたら、よかったのに……)

 彼に対する怒りは抱いても、嫌いにはなれない。
 それは心のどこかで、清広がまだ自身を好きでいてくれたことに対して、喜びを感じているからなのだろう。

「もっと言葉を交わし合い、心の距離を近づけてからプロポーズをするべきだったと、深く反省している」

 再び謝罪を受けたつぐみは、訝しげな視線を彼に向けた。

 (本当に、反省しているの……?)

 清広の瞳の奥底に浮かぶ感情には、嘘や偽りは感じられないが――彼は、一度やると決めたら、必ずやり遂げる男だ。
 つぐみにどれほど否定されようとも、自分だけのものにすると決めたのなら――嘘くらいは簡単につく。

「今日は、何もしない」

 清広を信じれないつぐみが唇を噛み締めながら黙り込めば、彼は深い溜息を零した。
 その後、どこか申し訳なさそうに眉を伏せる。

「だったら早く、この手を離してよ」
「逃げないと、約束してくれるのなら」

 互いに一歩も引かない、睨み合いが始まった。

 普段のつぐみであれば、面倒事を避けるために自分から頭を下げて会話を終えていた。
 しかし――今回ばかりは、絶対に譲れない。

 (口封じのために、唇を奪うような人だもの。このまま清広さんの思い通りに、なってはいけない)

 このまま既成事実を作り、結婚するしかない状況に追い込まれるのだけは嫌だった。

 (広春を糠喜びさせるなんて母親失格なのはわかっている。でも……)

 これは仕方のないことだと何度も自分に言い聞かせ、口を閉ざす。

 ――2人の間には、気まずい沈黙が落ちた。

 (このまま永遠に、最悪な雰囲気で居続けるのかな……?)

 内心そんな予感に恐れ慄いているこちらの感情が、伝わったのだろうか。
 清広は何かを言いたげな視線をつぐみに向けたまま、手首を拘束する手を離した。

「揉め事を解決してくれて、広春の父親だと名乗り出てくれたのは感謝してるよ。でも……」
「その先など、聞きたくない」
「清広さん……!」

 彼は不貞腐れたようにそう告げたあと、ようやくつぐみの上に覆い被さるのを止めた。
 その後、ごろりと隣に寝転がり、こちらの腰を抱き寄せる。

「は、離してよ……!」
「そばにいてくれ」
「広春をソファーで1人で寝かせ続けるのは、よくないでしょ……!?」
「君が寝たら、ちゃんとここまで連れて来る」
「何それ……!?」

 先程までとは異なる声音で懇願されては堪らない。
 清広が今にも泣き出しそうな表情をすると、広春が涙を流す光景を思い出してしまってどうにも弱いのだ。

 (親子で顔が似ていると、こういう時に面倒だな……)

 つぐみはここで屈するわけにはいかないと、最後まで奮起するつもりだった。
 しかし――。

「お願いだ。つぐみがいない生活は、もう耐えられないんだ……」

 清広の弱音を聞いてしまったら、その決意はあっという間にどこかへ消え去ってしまう。

 (清広さん……。相当、弱っている……?)

 このまま彼を拒絶したら、最悪の結末を迎える。
 そんな予感に苛まれたつぐみは、少しだけ信じてみようという方向に気持ちが傾く。

『清広さんが苦しくてつらい時は、私がそばにいてあげる』
『つぐみ……』
『だって私は、清広さんの婚約者だから!』

 幼い頃に交わした約束を、思い出したからだ。

 (心を許しても、すぐにまた捨てられるって、わかっているのに……)

 幼い頃、すべてを曝け出してもいいと思えるほどに愛した人だからこそ――。
 彼を突き放し切れず、渋々清広に問いかけた。

「ここ、1名宿泊で予約しているよね……? 人数が増えるのは、マズイんじゃ……?」
「それなら問題ない。事前にこの部屋は、3名で申請してある」
「なんで……」
「同僚と宿泊予定だった」
「ほかの人達は……」
「心配するな。埋め合わせは、きちんとする」

 つぐみは清広の思いつきによってたくさんの人に迷惑をかけていると知り、彼に批難の視線を向けた。
 しかし、元婚約者はそんな視線など諸共せず、優しく耳元で囁いた。

「安心して、俺のそばで眠ってくれ」

 清広は獰猛な狼のように、鋭利な牙を隠して哀れな子羊を虎視眈々と狙っているのだ。
 こんな状況で暢気に眠れたら、苦労はしなかった。

 (本当に、大丈夫なのかな……?)

 つぐみは不安な気持ちでいっぱいになっていたが、彼が自分を手放す気がなければどうしようもない。

「お休みなさい」
「ああ」
「ちゃんと、広春のこと……。約束、守ってね……」
「わかってる」

 観念したつぐみは清広に息子を連れて来るように念を押すと、ゆっくりと目を閉じた。
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