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3・つかの間の幸せ
彼氏とこれから(2)
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(これから私が声に出す話は、清広さんを悲しませる……)
愛する人が悲しんでいると聞かされたら、誰だって激怒するだろう。
清広はただでさえつぐみに対する執着愛の鱗片を時折垣間見せているのだ。
ここでいきなり自身の弱みを打ち明けたら、大きな騒ぎが起きかねない。
それは、つぐみの意図することではなかった。
(やっぱり、聞いていて楽しく盛り上がれるような話をするべきだよね……)
同僚達とうまくやれていないと弱音を吐いて清広から嫌われることを恐れたつぐみは、彼から視線を逸して口を閉ざした。
「交際するようになったからと言って、無理に打ち明ける必要はない」
唇を閉ざすこちらの姿を目にした彼は、勇気づけるように優しい言葉をかけてくれる。
「俺も仕事については、機密事項に該当することが多すぎて、詳細には語れない」
「そうなんだ……」
「ああ。だから、つぐみが気に病む必要はない。俺達は、お揃いだ」
幼い頃のつぐみは、なんでも清広と同じものを欲しがった。
身につける服、食べるもの、ともに過ごす時間、口調を真似するようになった頃には、さすがに辞めてくれと彼に止められたが――。
「私だってもう、子どもじゃないよ。昔好きだったことが、今も好きとは限らないんだから」
過去を引き合いに出されたつぐみは、清広と縮まりかけた心の距離が少しだけ遠くなったように感じた。
(やっぱり、信じるんじゃなかった)
どうやら清広は、頬を剥れさせて怒るこちらの姿すら愛おしいと感じているらしい。
彼は口元を緩め、つぐみを抱きしめる力を強めた。
「スキンシップを激しくされたって、私の機嫌は直らないんだから!」
「ああ。わかっている」
「なら……」
「怒っているつぐみがかわいすぎて、どうにかなりそうだ……」
――どうやらつぐみは、自分でも気づかぬ内に清広の新しい扉を開いてしまったらしい。
『清広さん!』
いつもニコニコ、小さなひよこのように清広が大好きで堪らなくて。
彼のあとをついていく己の姿はどこにもいないのだと、知ってほしかっただけなのに――。
(どうして、こうなるの……?)
清広に知ってほしい今のつぐみは、彼のやることなすことに異論を唱えて怒る自分の姿ではない。
(もっと、素直にならなくちゃ)
そうして何度も自分に言い聞かせたつぐみは、必死に人知れず努力を積み重ねていたのだが――。
「清広さんは、変わったね」
どれほど言葉を重ねても、どうしても彼に対する言葉の棘が抜けない。
自分が想像している以上に、厳しい言葉ばかりが紡がれる現状に絶望した。
(どうして清広さんを不快にする言葉ばかりが、口から飛び出すの……?)
つぐみは気まずい沈黙の中で自己嫌悪に陥りながらも、彼の言葉を待ち続けた。
「そうかもしれないな」
だからこそ、清広から肯定の言葉が聞こえて驚いてしまった。
つぐみは勢いよく彼と視線を交わらせ、彼の顔色を窺う。
(なんだか、寂しそう……)
瞳を潤ませた清広は、彼らしくもないか細い声で静かに告げた。
「つぐみの前でだけは、俺は安堂清広に戻れる……」
つぐみはその言葉の意味が理解できず、思わず息を呑む。
(どういうこと?)
聞こえてきた言葉を素直に受け取るのなら、彼は普段つぐみと同じように、外では相当無理をしていることになる。
(清広さんが弱音を吐く姿なんて、初めて見た……)
つぐみが彼にどんな言葉をかけるべきなのかと悩んでいると、こちらと視線を交わらせた清広がはっきりとした口調で告げる。
「俺はこれから何度も、つぐみを苦しませるだろう」
冗談ではなく、本気なのだろう。
その瞳は笑っていなかった。
真剣な表情で思わぬことを宣言されたつぐみは、一体何の話だと目を丸くするしかない。
「ある日突然何も言わずに、長時間家を開けることが殆どだ。つぐみがそばにいてほしい時、俺はそばにいられない」
「仕事の、都合で……?」
「ああ。だが、心配はしないでくれ。俺にもしものことがあれば、然るべき場所から連絡が行くはずだ」
「何、それ。仕事に行ったっきり、帰ってこないかもしれないなんて……」
つぐみは清広の口から紡がれた不穏な言葉に納得できずに反論するが、彼の顔色は思わしくない。
愕然とするこちらの姿を目にしながらも、申し訳なさそうに言葉を続けた。
「……何があっても絶対に戻ってくると、言えたらよかったんだが……。つぐみに嘘だけは、つきたくないからな。可能性がゼロではないことを、知っていてほしい」
彼の告白を受け取ったつぐみは、思わず心の中に押し留めておくべき言葉を、冷たく言い放ってしまう。
愛する人が悲しんでいると聞かされたら、誰だって激怒するだろう。
清広はただでさえつぐみに対する執着愛の鱗片を時折垣間見せているのだ。
ここでいきなり自身の弱みを打ち明けたら、大きな騒ぎが起きかねない。
それは、つぐみの意図することではなかった。
(やっぱり、聞いていて楽しく盛り上がれるような話をするべきだよね……)
同僚達とうまくやれていないと弱音を吐いて清広から嫌われることを恐れたつぐみは、彼から視線を逸して口を閉ざした。
「交際するようになったからと言って、無理に打ち明ける必要はない」
唇を閉ざすこちらの姿を目にした彼は、勇気づけるように優しい言葉をかけてくれる。
「俺も仕事については、機密事項に該当することが多すぎて、詳細には語れない」
「そうなんだ……」
「ああ。だから、つぐみが気に病む必要はない。俺達は、お揃いだ」
幼い頃のつぐみは、なんでも清広と同じものを欲しがった。
身につける服、食べるもの、ともに過ごす時間、口調を真似するようになった頃には、さすがに辞めてくれと彼に止められたが――。
「私だってもう、子どもじゃないよ。昔好きだったことが、今も好きとは限らないんだから」
過去を引き合いに出されたつぐみは、清広と縮まりかけた心の距離が少しだけ遠くなったように感じた。
(やっぱり、信じるんじゃなかった)
どうやら清広は、頬を剥れさせて怒るこちらの姿すら愛おしいと感じているらしい。
彼は口元を緩め、つぐみを抱きしめる力を強めた。
「スキンシップを激しくされたって、私の機嫌は直らないんだから!」
「ああ。わかっている」
「なら……」
「怒っているつぐみがかわいすぎて、どうにかなりそうだ……」
――どうやらつぐみは、自分でも気づかぬ内に清広の新しい扉を開いてしまったらしい。
『清広さん!』
いつもニコニコ、小さなひよこのように清広が大好きで堪らなくて。
彼のあとをついていく己の姿はどこにもいないのだと、知ってほしかっただけなのに――。
(どうして、こうなるの……?)
清広に知ってほしい今のつぐみは、彼のやることなすことに異論を唱えて怒る自分の姿ではない。
(もっと、素直にならなくちゃ)
そうして何度も自分に言い聞かせたつぐみは、必死に人知れず努力を積み重ねていたのだが――。
「清広さんは、変わったね」
どれほど言葉を重ねても、どうしても彼に対する言葉の棘が抜けない。
自分が想像している以上に、厳しい言葉ばかりが紡がれる現状に絶望した。
(どうして清広さんを不快にする言葉ばかりが、口から飛び出すの……?)
つぐみは気まずい沈黙の中で自己嫌悪に陥りながらも、彼の言葉を待ち続けた。
「そうかもしれないな」
だからこそ、清広から肯定の言葉が聞こえて驚いてしまった。
つぐみは勢いよく彼と視線を交わらせ、彼の顔色を窺う。
(なんだか、寂しそう……)
瞳を潤ませた清広は、彼らしくもないか細い声で静かに告げた。
「つぐみの前でだけは、俺は安堂清広に戻れる……」
つぐみはその言葉の意味が理解できず、思わず息を呑む。
(どういうこと?)
聞こえてきた言葉を素直に受け取るのなら、彼は普段つぐみと同じように、外では相当無理をしていることになる。
(清広さんが弱音を吐く姿なんて、初めて見た……)
つぐみが彼にどんな言葉をかけるべきなのかと悩んでいると、こちらと視線を交わらせた清広がはっきりとした口調で告げる。
「俺はこれから何度も、つぐみを苦しませるだろう」
冗談ではなく、本気なのだろう。
その瞳は笑っていなかった。
真剣な表情で思わぬことを宣言されたつぐみは、一体何の話だと目を丸くするしかない。
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「仕事の、都合で……?」
「ああ。だが、心配はしないでくれ。俺にもしものことがあれば、然るべき場所から連絡が行くはずだ」
「何、それ。仕事に行ったっきり、帰ってこないかもしれないなんて……」
つぐみは清広の口から紡がれた不穏な言葉に納得できずに反論するが、彼の顔色は思わしくない。
愕然とするこちらの姿を目にしながらも、申し訳なさそうに言葉を続けた。
「……何があっても絶対に戻ってくると、言えたらよかったんだが……。つぐみに嘘だけは、つきたくないからな。可能性がゼロではないことを、知っていてほしい」
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