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3・つかの間の幸せ
残業と会いたかった人 (3)
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「金沢先生? ごめんなさい。どうしても、迎えに来られなくて……!」
「ままー!」
延長保育終了から約30分後、園児の保護者が迎えに来たのだ。
園児はつぐみの腕の中で嬉しそうな声を上げるとブンブンと手を振り、母親との再会を喜ぶ。
愛娘に優しく微笑んだ女性はつぐみの腰を抱き寄せていた清広の姿を見捉えると、不思議そうに彼の名字を呼んだ。
「安堂海曹長?」
「ご無沙汰しております」
「どうして、ここに……」
「まま! かにゃじゃわせんせーと、らぶらぶ! それとねー? おともだち、できたの!」
「僕、金沢広春……」
訝しげな視線を向けていた母親は、娘の言葉を受けて3人を順番に見つめ――ようやく関係性を悟ったらしい。
「家族団欒の時間を邪魔してしまい、申し訳ありませんでした……!」
「い、いえ……」
「いつもすみません! 明日も、よろしくお願いします!」
「かにゃじゃわせんせ、ひろはぅくん! ばいばーい!」
「ばいばい!」
気まずそうな愛想笑いを浮かべた女性は女児を抱き上げ、頭を下げて去って行った。
「よかったな」
その後ろ姿を呆然と眺めていたつぐみは、耳元で囁かれた清広の声で我に返る。
「ご、ごめんなさい! 今すぐ、施錠するから……!」
「ゆっくりでいいぞ。待っている」
「ママ、慌てん坊さん?」
「大人しく、していられるな」
「うん! だって僕、いい子だもん!」
園児の迎えが来たなら、長々と保育園に居続ける理由がないからだ。
つぐみは慌てふためきながら息子の面倒を彼に任せると、入念に戸締まりを確認し、家族みんなで保育園の外に出た。
「ごめんね。待たせて……」
つぐみは誠心誠意、長時間待たせてしまった息子に謝罪を試みた。
しかし、その言葉が最後まで紡がれることはない。
彼の胸元に抱きかかえられ、すっかり眠りについていたからだ。
(もう、いい子は寝る時間だもの……。仕方ないよね……)
申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら暗い表情で眠る我が子を見つめている暇など、今の自分にはない。
もう1人、感謝を伝えるべき人がそばにいたからだ。
つぐみはどこか言いづらそうに、暗い表情で声を発した。
「本当はもっと早く、帰宅する予定だったの。だから、広春のお迎えも間に合う予定で……」
「仕事を押しつけられたんだな」
「うん……」
「披露宴で、揉めていた相手か」
つぐみはその通りだと言うべきか迷って、口を閉ざす。
清広がいないと何もできないなど、勘違いされたくなかったからだ。
だが、こちらの抵抗は無駄に終わる。
無言は肯定と受け取った清広は、歩きながら細い身体を抱き寄せた。
「ちょっと……。歩きづらいよ……」
「いくら徒歩10分程度の距離とはいえども、夜道は危険だ。俺が自宅にいる時は、迎えに行く」
「シフト通りに帰宅できないことも、多くて……」
「俺が一緒にいる時くらいは、つぐみを守らせてくれ」
「清広さん……?」
「つらい時や苦しい時は、声に出して助けを求めろ。そうしないと、俺はつぐみに手を差し伸べられない」
清広は職場でのつぐみの扱いに、心を痛めているようだ。
まるで自分が受けた被害のように悲痛な表情を浮かべた彼は、今にも泣き出しそうな声で懇願する。
「頼む。もう二度と、つぐみを失いたくないんだ……」
そんなふうに悔しさを滲ませた発言をされてしまえば、清広の好意を毅然とした態度で突っぱねられるわけもなく……。
小さく頷くことで、了承した。
「わかった……」
「本当か」
「これからも、よろしくね」
清広は自身の願いを受け入れてくれたことが、嬉しくて仕方ないようだ。
口元を綻ばせて腰元を抱き寄せる力を強めた彼に、つぐみは思わず鋭い目線を向ける。
「家に帰ってからじゃ、駄目なの?」
「ああ。つぐみとともにいる時は、身体を触れ合わせていないと気が狂ってしまいそうだ……」
清広がつぐみに触れたいと願うのは、彼女を愛している証拠だ。
そのため、悪い気はしない。
しかし――。
TPOを弁えてほしいと思う気持ちもあり、彼に複雑な感情をいだいているからこそ、素直に受け止められなかった。
(それは病気なのでは……)
つぐみはあらぬ疑いをかけながらも、これ以上清広と言葉を交わす必要はないと考えたのだろう。
わざわざ息子と一緒に保育園まで迎えに来てくれた件に対して感謝の気持ちを伝えるべく、無言でそっと彼に寄り添った。
「ままー!」
延長保育終了から約30分後、園児の保護者が迎えに来たのだ。
園児はつぐみの腕の中で嬉しそうな声を上げるとブンブンと手を振り、母親との再会を喜ぶ。
愛娘に優しく微笑んだ女性はつぐみの腰を抱き寄せていた清広の姿を見捉えると、不思議そうに彼の名字を呼んだ。
「安堂海曹長?」
「ご無沙汰しております」
「どうして、ここに……」
「まま! かにゃじゃわせんせーと、らぶらぶ! それとねー? おともだち、できたの!」
「僕、金沢広春……」
訝しげな視線を向けていた母親は、娘の言葉を受けて3人を順番に見つめ――ようやく関係性を悟ったらしい。
「家族団欒の時間を邪魔してしまい、申し訳ありませんでした……!」
「い、いえ……」
「いつもすみません! 明日も、よろしくお願いします!」
「かにゃじゃわせんせ、ひろはぅくん! ばいばーい!」
「ばいばい!」
気まずそうな愛想笑いを浮かべた女性は女児を抱き上げ、頭を下げて去って行った。
「よかったな」
その後ろ姿を呆然と眺めていたつぐみは、耳元で囁かれた清広の声で我に返る。
「ご、ごめんなさい! 今すぐ、施錠するから……!」
「ゆっくりでいいぞ。待っている」
「ママ、慌てん坊さん?」
「大人しく、していられるな」
「うん! だって僕、いい子だもん!」
園児の迎えが来たなら、長々と保育園に居続ける理由がないからだ。
つぐみは慌てふためきながら息子の面倒を彼に任せると、入念に戸締まりを確認し、家族みんなで保育園の外に出た。
「ごめんね。待たせて……」
つぐみは誠心誠意、長時間待たせてしまった息子に謝罪を試みた。
しかし、その言葉が最後まで紡がれることはない。
彼の胸元に抱きかかえられ、すっかり眠りについていたからだ。
(もう、いい子は寝る時間だもの……。仕方ないよね……)
申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら暗い表情で眠る我が子を見つめている暇など、今の自分にはない。
もう1人、感謝を伝えるべき人がそばにいたからだ。
つぐみはどこか言いづらそうに、暗い表情で声を発した。
「本当はもっと早く、帰宅する予定だったの。だから、広春のお迎えも間に合う予定で……」
「仕事を押しつけられたんだな」
「うん……」
「披露宴で、揉めていた相手か」
つぐみはその通りだと言うべきか迷って、口を閉ざす。
清広がいないと何もできないなど、勘違いされたくなかったからだ。
だが、こちらの抵抗は無駄に終わる。
無言は肯定と受け取った清広は、歩きながら細い身体を抱き寄せた。
「ちょっと……。歩きづらいよ……」
「いくら徒歩10分程度の距離とはいえども、夜道は危険だ。俺が自宅にいる時は、迎えに行く」
「シフト通りに帰宅できないことも、多くて……」
「俺が一緒にいる時くらいは、つぐみを守らせてくれ」
「清広さん……?」
「つらい時や苦しい時は、声に出して助けを求めろ。そうしないと、俺はつぐみに手を差し伸べられない」
清広は職場でのつぐみの扱いに、心を痛めているようだ。
まるで自分が受けた被害のように悲痛な表情を浮かべた彼は、今にも泣き出しそうな声で懇願する。
「頼む。もう二度と、つぐみを失いたくないんだ……」
そんなふうに悔しさを滲ませた発言をされてしまえば、清広の好意を毅然とした態度で突っぱねられるわけもなく……。
小さく頷くことで、了承した。
「わかった……」
「本当か」
「これからも、よろしくね」
清広は自身の願いを受け入れてくれたことが、嬉しくて仕方ないようだ。
口元を綻ばせて腰元を抱き寄せる力を強めた彼に、つぐみは思わず鋭い目線を向ける。
「家に帰ってからじゃ、駄目なの?」
「ああ。つぐみとともにいる時は、身体を触れ合わせていないと気が狂ってしまいそうだ……」
清広がつぐみに触れたいと願うのは、彼女を愛している証拠だ。
そのため、悪い気はしない。
しかし――。
TPOを弁えてほしいと思う気持ちもあり、彼に複雑な感情をいだいているからこそ、素直に受け止められなかった。
(それは病気なのでは……)
つぐみはあらぬ疑いをかけながらも、これ以上清広と言葉を交わす必要はないと考えたのだろう。
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