エリート海上自衛官は秘密の息子ごと、保育士の妻に海よりも深い愛を注ぎ込む

桜城恋詠

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3・つかの間の幸せ

家族3人で(2)

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「もう、忘れたの? 私は今日から、安堂つぐみだよ」
「それもそうだな」

 愛しい妻から指摘を受けた清広は、手持ち無沙汰だからだろうか。
 彼女の長い髪を優しく撫でつける。
 その心地よさに目を細めたつぐみは、彼に甘えた声を出す。

「それ、駄目……。眠くなる……」
「今日は疲れただろう。ゆっくり休め」
「広春よりも先に、寝るわけには……」
「とっくの昔に、息子は眠っているが……」

 夫の指摘を受け、胸元を確認する。

 (あれ? ほんとだ……)

 確かに広春は、一足先に意識を失っていた。

 (なら、もう眠気を我慢している必要はないか……)

 つぐみは全身から力を抜き、ウトウトと船を漕ぐ。
 意識を失いかけながら、うわ言のように問いかけた。

「明日も、私と一緒に……居てくれる……?」
「どうだろうな。約束はできない」

 清広は嘘をつかない。
 だからこそ、硬い声音で苦しそうに呟くのだろう。

 (わかっている。清広さんが海上自衛官である限り、私ではなく、お仕事を優先しなければならないって……)

 つぐみが彼にできること。
 それは――。

「そう、だよね……」

 浮気を疑わず、愛想を尽かすことなく。彼の無事を祈り、信じて待つことだけだ。

「だが……。忘れないでほしい。俺は仕事と家族。いずれか1つしか選べないのであれば、前者は捨てると」

 清広がつぐみを愛し続ける限り、彼の妻として夫を支えると誓う。

「ありがとう……。それでこそ、私の夫だよ……」

 彼に対する感謝を伝えたつぐみは、彼のぬくもりに包まれて夢の国へと旅立った。
 


 朝目覚めたつぐみの隣には、清広の姿はなかった。

 (やっぱり……)

 新婚翌日に、妻と子をほっぽりだして仕事へ向かう夫に思うところがないわけではない。
 計画的に物事を進めていれば、長期の休みだって取れただろうが――2人はどうしても、今すぐに結婚したい理由があった。

 (不満があっても、そう割り切るしかないよね……)

 今日は月曜日。
 清広が家にいたとしても、つぐみだって仕事がある。
 ずっと一緒にいられないのであれば、文句ばかりも言ってなどいられなかった。

「パパは……?」
「また、お仕事みたい」
「ええ……? またぁ……?」

 目覚めた息子は不満そうな声を上げたが、今までのように駄々を捏ねることはない。
 それはきっと、つぐみがこの現状を受け入れると決意を固めたからなのだろう。

「登園準備、しようね」
「うぅ……」

 清広がいる時は、1人の女に戻っても構わない。
 しかし、彼がいない時に息子を守れるのは自分だけだ。
 つぐみは苦笑いを浮かべて頼りがいのある母親を演じると、露骨に嫌そうな顔をした広春を抱きかかえてリビングに向かう。

「ママ! これ! パパの!?」

 すると――以前とは異なる異変が、テーブルの上で起きていると気づく。

『出かけてくる』

 四角いメモ用紙に、清広の直筆で文字が書かれていたのだ。

 (清広さん……。私のお願い、守ってくれたんだ……)

 それを目にしたつぐみはじんわりと瞳に涙を浮かべ、そのメモを大切そうに抱きしめる。

「ママ……?」
「こんなこと、している場合じゃなかったね……」

 広春の不安を煽り続けるわけにもいかず、つぐみはどこか困ったように苦笑いを浮かべたあと、ペンを手に取る。
 その後、紙切れの余白に今日の日付を書き込んだ。

 (次はいつ、帰ってくるんだろう……)

 半年後であれば、6月頃だろうか。

 (ちゃんと休暇、取れているのかな……)

 陸の上では労働基準法にて週休1日の休暇が義務づけられているが、それが海の上でも適用されるかはまた別の問題だ。

 (体調、崩さないといいけど……)

 つぐみはそれが、心配で堪らなかった。

 (私って、本当に無力だなぁ……)

 清広の書いたメモを冷蔵庫に貼りつけたつぐみは、紙に記載された彼の文字をなぞりながら、ゆっくりと目を瞑る。

『つぐみ』

 別れたばかりだからか、彼の顔と声は明瞭に思い出せた。

 (早く帰ってきてほしいなんて、言える立場ではないけれど……)

 清広が再び姿を見せるその日まで、つぐみは彼のいない生活を受け入れ――親子2人で支え合って日々を過ごしていくしかない。

 (よし。今日もお仕事、頑張ろう……)

 こうして己に喝を入れたつぐみは、息子とともに日常へと戻った。
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