私の痛みを知るあなたになら、全てを捧げても構わない

桜城恋詠

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高校三年 許嫁と私

そばにいてほしい

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「なんかもっと、ねぇのかよ」
「……このまま、首を絞めてくださいませんか」
「絶対に嫌だ。なんで俺が、人殺しにならなきゃなんねぇんだよ」
「……死ぬ時は一緒だと、約束してくださいましたよね」
「死ぬ理由がなくなったのに、なんでお前の命令を聞かなきゃなんねぇの」
「葛本にはなくても、私にはあります」

 海歌は瞳を潤ませ葛本に懇願したが、彼は不満そうにその申し出を断った。
 今まで散々海歌を虐げている様子を見てみぬふりして来たのだから、最後の望みくらい、叶えてくれないものだろうか。
 彼女がそう考えていると、葛本は低い声で吐き捨てる。

「俺に対しての嫌がらせかよ」
「私はあなたに助けを求めることばく、生きてきました。これからも……」
「あのな。今まで通りなんて、無理に決まってるだろ」
「ですが」
「絶対に嫌だ」

 葛本は海歌にこの場でとどめを刺すつもりはないようだ。
 それを残念に思う彼女は、苦しそうに唇を噛みしめる。

(私は、自分が死ぬことしか考えていない……)

 葛本が虐げられている姿を見ていた海歌は、何も出来ない自分の無力さを嘆き苦しんでいた。
 彼の何気ない一言でクラスメイトから虐められるようになったのはショックだったが、心のどこかでホッとしたのも事実なのだ。

(――やっと、あなたと同じ場所へ落ちたのに……)

 その気になれば、いくらでも地獄から抜け出せた。
 海歌が現状維持を選び葛本の隣で苦しみ続けているのは、苦痛を感じているのは一人ではないと自らの身体を張って証明したかったからだ。

 葛本からしてみれば、海歌が突拍子もないことをする異常者にしか見えなかっただろう。
 例えるならば、猛スピードで走る車が危険であるとわかっているはずなのに、自ら車へ突っ込んでいったようなものだ。
 この状況で殺してくれないかと迫る彼女は、当たり屋扱いされてもおかしくはない。

 海歌は葛本に同情するふりをして、死んでも許される理由を生み出そうとしていた。

(葛本は、私の醜い心を見抜いている)

 誰からも必要とされない海歌は、葛本と同じ場所まで落ちることによって存在意義を見出そうとしたのだ。
 彼はそれをよく理解しているからこそ、学外では権力者であるはずの彼女に望まれてもその通りはしないのだろう。

「なあ。一生、俺のそばにいるつもりで……俺に人生を捧げたんだよな?」

 海歌は今すぐ命を終えたくて、葛本の言葉に小さく頷き返す。
 彼女が頷いたのを確認した彼は、意味ありげに海歌の頬へ触れた。

「お前の意思なんてどうでもいい。生きる理由が欲しいなら。今まで通り、俺にすべてを捧げろよ」

 葛本は傲慢としか思えない強い口調で海歌へ命じたが、その瞳は今にも泣き出してしまいそうなほど揺れている。

 そのことに気づいた海歌は、頬に触れた葛本の手に自らの指を重ね合わせた。

(私は、誰かに必要とされたかった)

 口にできない、海歌の思い。
 きっとそれが、葛本の言葉に対する正しい回答だ。

「どこの誰かもわかんねえ奴と、結婚するのは許さねぇ。俺が死にたいと考えなくなるほどに……お前を、必要としてるって……なんで、わかんねぇんだよ……」

 なぜわからないのかと問いかけたいのは、海歌の方だ。

 言葉にしなければ、思いは伝わらない。
 彼女は彼の考えていることを想像することはできても、胸の奥底で抱く思いを窺い知ることなど不可能だった。

(……葛本の考えている思いが、口に出さずとも……理解できたらよかったのに)

 海歌が胸の内に秘めたる思いは、簡単に口へできないほど、醜い自覚がある。
 だからこそ――彼女は彼の望む言葉を紡げなかった。

 山王丸ほどではないが、葛本だって望めばいくらでも、交際したいと立候補してくる女子生徒がいるだろう。

(一族の女性達から虐げられているのを知るのは、この学校では私だけ……)

 優越感を引き換えに、海歌は葛本から豚と呼ばれ虐げられることに耐えてきた。

(葛本の気持ちを理解できるのは、似たような立場を経験した私しかいない……)

 葛本には、本当の意味での理解者が存在しない。

 光と影。その両方を知ることができるのは、一族の人間だけだ。
 学校内と外。
 どちらか片方だけを目にしただけでは、彼の理解者になどなれはしない。

 葛本と生きる道を選べば――海歌は彼の特別になれる。
 それは彼女にとって喜ばしいことではあったが、どうしても疑問が拭えないのだ。

(葛本は、どうして私がいいのだろう……)

 ともに生き続けることが、彼の幸せに繋がるとは到底思えない。
 海歌は幸せとは何かについて、一から考える羽目になった。

(葛本は、私がいなくなっても幸せになれるはずなのに……)

 このまま葛本の隣で生き長らえたとしても――。
 彼の求める幸せを海歌が与えられるイメージは沸かない。

 彼が必要以上に海歌を手元に置く理由がわからず、彼女は言葉を紡ぐことなく長い間沈黙を貫き続けた。

「そばにいろよ。一生。俺の許可なく死を選ぶことは、許さねえ。大学だって一緒だ。就職も、その先だって……」
「……葛本は……私と一緒に、居たいのですか」
「悪いかよ。ずっと、そうやって伝えてんだろ」

 彼は肩を落として、乾いた笑みを浮かべている。
 その言葉に、嘘はない。
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