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高校三年 デートと噂
着せ替え人形
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海歌は見るからに線が細い。
一目で弱者だと認識されないよう、身体の線が出にくく隠しやすいオーバーサイズのダッフルコートを着ることが多いが、前回ダサいと駄目出しされてしまった。
今回は葛本が隣にいてくれたら、心ない言葉を掛けられることはないだろうと願いを込め――サイズの合う、Aラインのロングコートに身を包む。
少しはマシになった気はするが、あくまで海歌の感想だ。最終判断は、葛本に委ねられた。
「海歌」
五分ほど待っただろうか。
息を切らした葛本がやってきた。赤のダウンジャケットに、黒のスラックスとローファー姿の葛本は、海歌に及第点を与える。
彼は庶民の学生間で流行っている量販店へ、海歌とともに歩き出した。
「ブラウスにプリーツスカート……。学生服専門店でしょうか」
「学生服っぽい私服が売ってんだよ。真緑のプリーツスカートが、制服の学校にあって溜まるか。コスプレじゃねえんだから」
「こす……ぷれ、とは」
「意味は知らなくていい。覚える価値もねえから。海歌は着物着てる時より、制服姿の方が似合うんだよな」
迷路のような店内を早足で動き回っては、目ぼしいものを見繕い海歌へに渡してくる。
その動きは随分と手慣れており、思わず驚きの声をあげた。
「随分と手慣れているようですが。こうしたお店で、女性とデートの経験があるのですか」
「ねーけど。海歌に、俺が着て欲しかった服を選んでるだけだ。今は冬物セールの時期だからな。来年見越して買うのも悪かねえ。ひとまず……これ全部試着な」
「全部、ですか。3セットほどございますが……」
「組み合わせはこう。順番間違えんなよ。1セット着替えるごとにカーテン開けろ。手早くな。行って来い」
試着室へ洋服が投げ込まれた籠とともに、放り込まれた。
外側から試着室のカーテンが閉められてしまった海歌は、2帖ほどの狭い箱の中に立てかけられたフックへ、命じられた通りの順番で洋服をセットしていく。
(急いで、できるだけ。葛本を待たせないように……)
コートとワンピースを脱いだ海歌は、手早く試着を始めた。
(タイツを履いて着てよかった)
スカートを履く際、下着姿にならず済む。
まずは深緑のプリーツスカートに、黒色のワイシャツ、緑と赤のクリスマスカラーが印象的な星型のアーガイル柄セーターを上から羽織り、カーテンを開く。
「あー、緑を意識し過ぎてるか?」
「クリスマスツリーのようです」
「思った以上に丈が短えな。却下」
真冬にこの格好で、外に出るのは難しそうだ。タイツで膝が隠れているとはいえ、関節の窪みでどの程度の短さなのかを一瞥して把握した椎名は、有無を言わさずカーテンを閉めた。
二着目は緑のワイシャツ、黒のジャケット、紺色のロングスカート。
動きやすさの欠片もないが、足を動かすたびにひらひらと揺れるスカートが可愛らしい。
「スカートがやや、重い気がします」
「そりゃ、セール品なんてそんなもんだろ。軽量化されてたらそもそも売れ残ってねえよ。ジャケットのサイズも、もうちょっとぴっちりしてた方がいいんじゃねえの」
「そう……ですね。ゆとりあるデザインのようで……」
「海歌が痩せすぎなんだよ。普通の人間は着こなせんの。サイズ一つ落とせ。で、スカートもそっちのやつに替えろ」
「形が異なりますが……」
「いいから」
服のデザインにこだわりがあるわけではなく、サイズさえ身体にフィットしていればなんでもいいらしい。
指示を飛ばした葛本が、再びカーテンを閉める。
品出しの店員が微笑ましげにこちらを覗っていた姿を思い返しながら、海歌は三度目の着替えを行う。
(彼女の洋服を選ぶ彼氏に、見えていたのかな)
海歌と葛本は許嫁同士ではあるが、彼氏彼女ではない。
葛本のことが好きだと自覚してから、彼の特別になりたくて仕方がない海歌にとっては嬉しい勘違いだ。
だが……。
(忘れてはいけない。葛本が山王丸の血を引く息子でなかったら。私達は……)
浮ついた心を地に足つけて沈めるには、自分の犯した罪を実感するのが一番だ。
葛本と海歌の関係は、虐げられる側と見てみぬふりをする側。学校内で立場が入れ替わることはあれども、本来は友人にすらもなれない関係だった。
(私は、恵まれている)
許嫁として、大好きな人とデートができるのだから。
これほど、幸せなことはない。海歌は三着目に着替えると、試着室のカーテンを開ける。
「海歌?」
「……どう、でしょうか。悪くはないと思いますが……」
膝丈ロングのタータンチェックスカートに、ペプラム型のジャケットをかっちりと決めた服装は、カジュアルな学生と言うよりかは社会人のようにも見える。
着物でいると老け顔の印象を与える海歌は、子どもっぽい服装をしてバランスを取ったほうがいいはずなのだが……。
新たな自分の魅力を発見したことに目を丸くする彼女は鏡で全体を確認しながら、葛本の反応を見る。
「悪くはねえな。同い年とは思えねえ……」
それは、年老いていると言う意味か。
海歌がジト目で見つめれば、深い意味はねえと取り繕われた。やはり老けて見えるようだ。
着替えを終えた海歌は、今まで散々きせかえ人形扱いされた分だけ、葛本の服を見たいと提案する。
「男の服なんて見たってつまんねーぞ。大体似たようなもんだ。女子とは違う」
「私は葛本の好みに合わせて、試着しました。私の選んだ洋服を着ている姿も、見たいのです。お互い様は、難しいでしょうか」
「……しゃあねえなあ。1セットだけだぞ」
葛本は海歌のお願いに弱いのだ。
一目で弱者だと認識されないよう、身体の線が出にくく隠しやすいオーバーサイズのダッフルコートを着ることが多いが、前回ダサいと駄目出しされてしまった。
今回は葛本が隣にいてくれたら、心ない言葉を掛けられることはないだろうと願いを込め――サイズの合う、Aラインのロングコートに身を包む。
少しはマシになった気はするが、あくまで海歌の感想だ。最終判断は、葛本に委ねられた。
「海歌」
五分ほど待っただろうか。
息を切らした葛本がやってきた。赤のダウンジャケットに、黒のスラックスとローファー姿の葛本は、海歌に及第点を与える。
彼は庶民の学生間で流行っている量販店へ、海歌とともに歩き出した。
「ブラウスにプリーツスカート……。学生服専門店でしょうか」
「学生服っぽい私服が売ってんだよ。真緑のプリーツスカートが、制服の学校にあって溜まるか。コスプレじゃねえんだから」
「こす……ぷれ、とは」
「意味は知らなくていい。覚える価値もねえから。海歌は着物着てる時より、制服姿の方が似合うんだよな」
迷路のような店内を早足で動き回っては、目ぼしいものを見繕い海歌へに渡してくる。
その動きは随分と手慣れており、思わず驚きの声をあげた。
「随分と手慣れているようですが。こうしたお店で、女性とデートの経験があるのですか」
「ねーけど。海歌に、俺が着て欲しかった服を選んでるだけだ。今は冬物セールの時期だからな。来年見越して買うのも悪かねえ。ひとまず……これ全部試着な」
「全部、ですか。3セットほどございますが……」
「組み合わせはこう。順番間違えんなよ。1セット着替えるごとにカーテン開けろ。手早くな。行って来い」
試着室へ洋服が投げ込まれた籠とともに、放り込まれた。
外側から試着室のカーテンが閉められてしまった海歌は、2帖ほどの狭い箱の中に立てかけられたフックへ、命じられた通りの順番で洋服をセットしていく。
(急いで、できるだけ。葛本を待たせないように……)
コートとワンピースを脱いだ海歌は、手早く試着を始めた。
(タイツを履いて着てよかった)
スカートを履く際、下着姿にならず済む。
まずは深緑のプリーツスカートに、黒色のワイシャツ、緑と赤のクリスマスカラーが印象的な星型のアーガイル柄セーターを上から羽織り、カーテンを開く。
「あー、緑を意識し過ぎてるか?」
「クリスマスツリーのようです」
「思った以上に丈が短えな。却下」
真冬にこの格好で、外に出るのは難しそうだ。タイツで膝が隠れているとはいえ、関節の窪みでどの程度の短さなのかを一瞥して把握した椎名は、有無を言わさずカーテンを閉めた。
二着目は緑のワイシャツ、黒のジャケット、紺色のロングスカート。
動きやすさの欠片もないが、足を動かすたびにひらひらと揺れるスカートが可愛らしい。
「スカートがやや、重い気がします」
「そりゃ、セール品なんてそんなもんだろ。軽量化されてたらそもそも売れ残ってねえよ。ジャケットのサイズも、もうちょっとぴっちりしてた方がいいんじゃねえの」
「そう……ですね。ゆとりあるデザインのようで……」
「海歌が痩せすぎなんだよ。普通の人間は着こなせんの。サイズ一つ落とせ。で、スカートもそっちのやつに替えろ」
「形が異なりますが……」
「いいから」
服のデザインにこだわりがあるわけではなく、サイズさえ身体にフィットしていればなんでもいいらしい。
指示を飛ばした葛本が、再びカーテンを閉める。
品出しの店員が微笑ましげにこちらを覗っていた姿を思い返しながら、海歌は三度目の着替えを行う。
(彼女の洋服を選ぶ彼氏に、見えていたのかな)
海歌と葛本は許嫁同士ではあるが、彼氏彼女ではない。
葛本のことが好きだと自覚してから、彼の特別になりたくて仕方がない海歌にとっては嬉しい勘違いだ。
だが……。
(忘れてはいけない。葛本が山王丸の血を引く息子でなかったら。私達は……)
浮ついた心を地に足つけて沈めるには、自分の犯した罪を実感するのが一番だ。
葛本と海歌の関係は、虐げられる側と見てみぬふりをする側。学校内で立場が入れ替わることはあれども、本来は友人にすらもなれない関係だった。
(私は、恵まれている)
許嫁として、大好きな人とデートができるのだから。
これほど、幸せなことはない。海歌は三着目に着替えると、試着室のカーテンを開ける。
「海歌?」
「……どう、でしょうか。悪くはないと思いますが……」
膝丈ロングのタータンチェックスカートに、ペプラム型のジャケットをかっちりと決めた服装は、カジュアルな学生と言うよりかは社会人のようにも見える。
着物でいると老け顔の印象を与える海歌は、子どもっぽい服装をしてバランスを取ったほうがいいはずなのだが……。
新たな自分の魅力を発見したことに目を丸くする彼女は鏡で全体を確認しながら、葛本の反応を見る。
「悪くはねえな。同い年とは思えねえ……」
それは、年老いていると言う意味か。
海歌がジト目で見つめれば、深い意味はねえと取り繕われた。やはり老けて見えるようだ。
着替えを終えた海歌は、今まで散々きせかえ人形扱いされた分だけ、葛本の服を見たいと提案する。
「男の服なんて見たってつまんねーぞ。大体似たようなもんだ。女子とは違う」
「私は葛本の好みに合わせて、試着しました。私の選んだ洋服を着ている姿も、見たいのです。お互い様は、難しいでしょうか」
「……しゃあねえなあ。1セットだけだぞ」
葛本は海歌のお願いに弱いのだ。
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