私の痛みを知るあなたになら、全てを捧げても構わない

桜城恋詠

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高校三年 デートと噂

捕らわれる

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「虐げられている葛本を助けられない自分が歯がゆくて、見て見ぬ振りしかできない自分に嫌気が差していた」

 ずっと、後ろめたくて隠していた――自覚すらしていなかった。
 その気持ちを伝えるために、海歌は話を切り出す。

「私が生きてきた十数年間が間違っていると気づくまで、長い時間がかかってしまいましたが……」
「……やめろよ」
「世界が終わる瞬間に自覚して取り返しがつかなくなるよりは、マシ。そう思えば、これからの人生はもっとよりいいものになる」
「聞きたくねえ。その先は、」

 この時海歌は、葛本がいつものように勘違いをしているのだと軽い気持ちで考え、焦る彼の気持ちを読み取れなかった。

 この時海歌が、彼の言葉通りに従えば。海歌と葛本は、また違った人生を歩むことになっていたかもしれない。

「――葛本。私はどうやら、あなたをお慕い申し上げているようなのです」
「ばっ……! 馬鹿か、お前は!」

 一世一代の告白だったはずなのに、なぜか怒鳴りつけられた。
 海歌が全身を震え上がらせるほどに怯えれば、怒りを露わにした葛本に鞄を奪われる。

「葛本、ごめんなさ……」
「黙ってろ」

 鞄の中身を廊下にぶちまけた葛本の表情は険しい。
 海歌は何度も口元を抑えて頷くと、逆さにした貴重品の中から転がり出てきた見覚えのない熊のぬいぐるみストラップ、折りたたみミラー、万年筆を呆然とした表情で見つめていた。

(何、これ。誰の……?)

 海歌の鞄に、見覚えのないものが入っている。
 彼女がそれらを凝視していたことに気づいた葛本は、足で踏み潰せるものは粉々に破壊し、熊のぬいぐるみはハサミで切り刻んで綿の中から四角い謎の物体を取り出す。

(あれは……)

 世間に疎い海歌にも、それが何であるかはすぐにわかった。小型の盗聴器だ。
 葛本は、半狂乱になったのかと心配するような行動を繰り返しながら、海歌の鞄から不審物を取り除いている。

「破片が……」
「アクセサリー、つけてねえよな?」
「身につけていません。これは……」
「盗聴器だよ」
「盗聴……」
「ミツに筒抜け。だからやめろって言ったんだ。明日には俺が刺されてるか、海歌が監禁でもされて二度と日の目を見ることなんざできなくなってるかもな」
「嫌です」

 まさか盗聴器が仕込まれているなど、夢にも思わなかった。
 葛本がバラまいた私物を一つ一つ拾い上げて鞄にしまい込む姿を呆然と見つめながら我に返ると、海歌は彼の身体へしがみつく。

(口に出すべきでは、なかった)

 海歌が葛本の胸に飛び込んでくるなど初めてのことで、彼は困惑しているようだ。
 私物を鞄にすべて戻した彼は、海歌の背中を擦りながら問いかける。

「海歌?」
「葛本と離れるのは、嫌です。私は葛本のもの。山王丸のものではありません」
「俺だって、好きな女を誰かと共有するつもりはねえよ」
「……はい。私を、葛本のものにしてください」
「おう。海歌が俺を選ぶなら、俺だけのもんだ。ミツにも渡さねえ」

 海歌と葛本はお互いの愛を確かめ合う為に、ぬくもりを確かめ合う。

(このまま一生、葛本と一緒にいられたらよかったのに……)

 海歌のささやかな願いは、山王丸がいる限り叶わない。
 葛本は彼女の耳元で、これからのことを囁いた。

「間違いなく、ミツが出待ちしてる。隙を見て連れ出すから、余計なことせず黙ってろ」
「それは……」
「いなかったら……このまま二人で逃げるか」
「……逃げて、くださるのですか。私とともに」
「行く宛なんてどこにもねーから。幸せにはしてやれねぇかもしれないけど」
「構いません。地獄までお供いたします」
「はっ。違いねえ」

 山王丸から逃げる気ならば、このまま着た道を戻って涼風楓の手を取った方が、山王丸の元で過ごすよりよほどいい選択肢のように思える。

 だが……。
 葛本は得体のしれない涼風楓の手を取ることよりも、気心の知れている山王丸と立ち向かうことを選んだようだ。

 出待ちしていれば、海歌を引き渡す。出待ちしていなければ、行く宛もない二人旅。
 つまり、駆け落ちだ。

「俺、よく言われんだよ。運がねえって。確率系の賭け事は全部負けるし、助けを求めたって見て見ぬ振りされる」
「……勝負は、何があるかわからないから楽しいのです」
「そうだな。なんとなく、きっと今回もうまくは行かないと考えて及び腰じゃ、勝てる戦も負けちまう」

 葛本はこうなることを見越して、涼風神社で駆け落ちの話をしたのだろう。
 海歌は愛する人と一生ならば、そこが地獄だろうが天国だろうが、構わない。
 葛本さえいたら、どんな場所も楽園になるのだと、知っているから。

「俺は海歌に渡せるもんはねえが――この気持ちだけは、誰にも負ける気、しねえから。ミツに惚れんなよ」
「誰が、誰に惚れるのですか。あのような人間になど、興味すら抱けません。顔を見るだけで不愉快です」
「どうだか。海歌は優しいからな」

 葛本は海歌を、なんだと思っているのだろう。

 葛本と過ごした最初で最後の、穏やかな時間は風のように過ぎ去り――二人並んで、会場をあとにする。

「やぁ、若草さん。突然だけど、俺のものになってもらうよ」

 そして――当然のようにリムジンを背に出待ちしていた山王丸光和に、海歌は囚われた。
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